湯殿十景 一
下駄箱へ靴をしまい、鍵を掛ける。鍵を持ち、靴下のまま券売機へ向かう。平日、それも午前中のスーパー銭湯は人がまばらで、エントランスは閑散としていた。
「ずいぶんと自動化された銭湯じゃのう」
「最近はどこもこんなものですよ」
入口の自動扉をくぐったところで、ほーう。と、白髪の着流しの大男は、自前の手拭いをを持って立ち尽くしている。それを見ていたスーツ姿の編集者──水木から微苦笑がこぼれた。水木はこの銭湯からほど近い、都内の出版社に勤める編集者である。天井を見上げる大男のまんまるな赤い目玉には室内灯の明かりが、彼──ゲゲ郎の好奇心を反映させたかのように、きらきらと光を写して輝いていた。水木が担当する小説家・田中ゲゲ郎は、無二の風呂好きであった。
初めて来るスーパー銭湯に高揚している作家へ、編集者が声をかける。
「券売機の使い方は分かりますか?」
「分かるわ。それくらい」
正しく下駄箱に赤い鼻緒の下駄を入れ、「駅の自動券売機と同じじゃろ」と、白く骨ばった指先が『大人二人』を押した。支払い画面になって、ゲゲ郎ががま口財布を開けようとしたところを、水木は手をやって遮った。
「うちの経費で落とすので」
「おぬしのう……」
落ちるのか? これが? と赤い目が胡乱げに水木を睨んでいる。口許から覗く犬歯の尖りが、ちろりと光って水木を責めた。
「でぇとじゃろ。これは」
「ッ、──そうならないように善処してください」
後で絶対、原稿の打ち合わせするんですからね。と念を押して、水木は券売機へよれた紙幣を捻じ込んだ。
二
下駄箱の鍵と交換に、館内着とタオルが入った手提げ、脱衣所のロッカーキーを受付で渡される。下駄箱の番号がそのままロッカーキーの番号になる銭湯だったようで、水木とゲゲ郎の番号は少々離れた場所になっていた。
「近くにしておけばよかったかのう」
「人も少ないですし大丈夫じゃないですか?」
迷子にはならないでしょ。と言う間にもするすると水木は臙脂色のネクタイを解いている。ワイシャツを脱いで現れたランニングシャツの肩口から覗く、大きな火傷痕の赤が、昨夜組み敷かれた閨で見た色よりも鮮やかで、ゲゲ郎は思わず目を逸らした。相も変わらずせっかちなやつじゃ。と眉間に皺を寄せながら、そそくさとこちらも縹色の長着と帯を解いていく。ふと、視線を感じて顔を上げると、とっくに湯殿へ行ったと思っていた水木がそばで待っていた。
「水木?」
「……ああ。いやすみません、癖で」
タオルを腰に巻いた格好で、しまったな、と言いたげに水木は軽く己の片頬をはたくと、
「会社の同僚に、山田って眼鏡の男がいるんですがね。これが極度の近眼で。こういう大浴場の時はだいたい湯船まで連れてってやってるんですよ」
でも、先生、目が良いんだから、特に待たなくても良かったな……等とごにょごにょ振り返っているデリカシーゼロ朴念仁の広めの額を、ゲゲ郎は思い切りデコピンで弾いた。
「っテェ!? 何なんだよいきなり!?」
「面白うない」
「ハァ!? ……妬かないでくださいよこんなので!!」
「妬いとらん!」
案内せえ。と、こちらも腰にタオルを巻いたゲゲ郎は、脱衣場で仁王立ちになっている。溜め息の塊をついて、水木はゲゲ郎の手を掴むと、その手を引いて歩き出した。ゲゲ郎の顔に、おっ、という驚きと共に僅かな喜色が宿る。
「別に、手を取ってまで案内せずとも良かったのに」
「……注文が多いなァ!?」
三
足を踏み入れた大浴場は広かった。大小さまざまな区画に割られた湯船が五つほどあり、大きな窓からは午前中の光が射し込んでいた。窓の一部は外の露天風呂へと通じるガラス扉になっており、室内には四、五人しか先客がいない状態だった。
「思ったより開放的なんじゃのう……!」
銭湯といえば閉め切った窓のないタイル貼りで、田舎の狭い湯殿しか知らなかったゲゲ郎には、それだけで興味深いものだった。掛け湯をし、先に洗髪等を済まそうと浴場を見回していると、洗い場はこっちですよと水木に連れて行かれた。
「持ち込まずとも石鹸があるとは」
「そこからですか?」
水木が笑った。特に離れて座る理由もないので、水木の隣の椅子に腰掛ける。シャワー、鏡、シャワーと続く間に三つ並んでいる、背の高い押し出し式のボトルの文字を読もうとしていたところで、下腹部をさっさと洗い頭からシャワーを被っていた水木がいったん湯を止め、
「これがシャンプー。これがリンス。これが、……まあ液体石鹸みたいなやつです」
「ぼでーそーぷじゃな」
「はは。そうです」
こてこてのカタカナ英語を発したゲゲ郎に、また水木が笑った。明るい笑顔だった。
その明るさのせいだろうか。水木のものとは別に、炙り出されたように、ひたり──と、一瞬何か別の視線を感じた気がしたのだが、残念なことに、ゲゲ郎にはそれ以上の詳細が分からなかった。
元々、ゲゲ郎は気配を探すのがそこまで得意ではない。
(どこからじゃろう)
と深掘りしようとした矢先、「たまには石鹸以外で髪洗ってみたらどうですか」というあっけらかんとした水木の声に意識を取られ、「うむ……」と口内で違和感を転がすに留まった。
なお、シャンプーとリンスをほぼ初めて使って洗ったゲゲ郎の白鼠色の髪の毛は、触り心地がちゅるちゅるになった。あまりの湯切れのよさに、湯をかけられた白猫のように固まりながら水木を見るさまが、またも水木の大笑を誘った。
四
「内風呂と露天風呂、どっちから入りますか?」
と問われて、まずはまったりと内風呂に……という気持ちもあるにはあったものの、水木と話し始めるとやはり、ちくちくとした視線をどこからか感じて、押し出されるようにゲゲ郎は「露天」と答えた。
「おっ。涼しい!」
水木は露天へと繋がるドアを開けはなつと、快活に声を発した。先客が何人か居たが、こちらに気付くと入れ替わりに、内風呂へと出ていった。
かくして、外風呂はたまたま誰もいない状態になった。人目避けの高い壁が露天の四方を囲い、壁のそばには樹木が植っている。突き抜ける空に天井はなく、そのまま秋の青い空と繋がっていた。裸足の二人が踏む石畳を照らすのは、澄んだ空気が心地良い、銀杏色の日差しだった。外風呂にはスタンダードな露天風呂のほか、寝湯、壺風呂、打たせ湯等が見えている。
今一度、足に掛け湯をし、ゲゲ郎は中央にある大きな檜の露天風呂に爪先をさし入れた。ちょうど良い湯加減である。ざぶりと肩まで浸かり、ふーっと一息吐くと、タオルを頭に乗せた水木がほとんど自分と同じように寛いでいるのが目に入って、思わず少々笑ってしまった。
露天風呂のように視界が開けている風呂は、山で普段親しんでいる野湯のようで、ゲゲ郎に安心感をもたらした。
露天風呂の淵に背を預け、健康的な両腕をのけぞるように広げて、水木が、
「明るいうちからの飲酒も最高ですけど、明るいうちからの風呂! これも最高なんですよねえ」
「そうじゃのう」
縦に傷の入っている左目もろとも目許をとろかせ、両頬を湯で赤くしている。
「あー……手足が伸ばせる風呂は良い……」
「そうじゃのう」
「……世の中の風呂の全部が全部、先生ン宅の野湯くらいデカいと思ったら大間違いですからね」
「わかっておる」
「それで」
「うん?」
薄く上がる湯気の向こう、しとどに濡らした両手で豪快に顔を拭って、水木が言った。
「何か気掛かりなことでもありましたか?」
さっきから返事が上の空だ。と指摘してきた。ゲゲ郎は舌を巻いた。いつから気に掛けていたのだろうか。水木の青みを帯びた黒い目が、じっ、とゲゲ郎の次の言葉を待っている。内風呂なら天井に声が響いて、躊躇ってしまうようなことも、外風呂にいる今なら言える気がして、
「その、……のう」
ゲゲ郎はもつれた舌をほどいた。
──何やら先ほどから、非難するような視線を感じて。
ということを、小さく喉から絞り出した。
「……ああ」
水木は厚みのある片手で手柄杓を作ると、ぱしゃりと己の肩へ湯を掛けた。それから、
「俺じゃないですか?」
と、けろっとした口調で言った。
「ん、……んんっ?」
耳を疑って聞き返すと、
「先生じゃなくて、俺を見てるんだと思いますよ」
そう言って唇を尖らせた。忌々しそうな顔つきだった。先ほど湯を掛けていた肩から胸へと走る火傷痕が、より血色良く赤らんだ。
「胸の目立つところに、これだけ大きな傷跡と、この左耳。極め付けに、左目のこの人相だ。脛にキズ持つ身ではないですがね。そう捉える人が居ても、まぁ仕方ないかなとは思っていますよ」
「う………うむ?」
ゲゲ郎にはピンと来ない。ゲゲ郎にとっては、水木の火傷痕も、左耳の欠けも、左目の裂傷も、すべて彼という人物の人品骨柄を損ねるものではないからだ。
「刺青ではないから、こうして公衆浴場には入れますけど。……人目を煩わしく思う時はあります」
──これだから、せっかく平日の午前中に来たのに。全く。
水木はぶつくさと文句を垂れている。
「先生だって」
「なんじゃ」
勢い込んで話す彼へ視線を差し向けると、一拍、水木は激情を堪えたような表情になって、
「……堂々としてりゃいいんです。銭湯の規約を破っているわけでも、病気持ちなわけでも無いんですし」
「そうか」
「そうですよ」
拗ねたようにそう言う水木の口吻で、ようやく、この時ゲゲ郎は悟った。平日、それも人の少ない午前中を選んでゲゲ郎を銭湯へ連れてきたのは、水木自身の見目のためもあるのだろうが、白子風体に赤眼が珍しいこの身が、少しでも不特定多数の無遠慮な視線に晒されないように──ひいては、風呂好きなゲゲ郎に、最大限、気楽に湯浴みしてもらえるように──だったのだろう。
なんじゃ。そうか、そうか。と笑って、いまだぷりぷりしている水木のそばで、しばらく誰も入ってこない露天風呂を楽しんだ。
五
どうにも身体を洗っている際から、この先生──ゲゲ郎先生が浮かない顔をしている、と思って見てはいたのだが、それは的中だったようだ。心のつかえが取れたのか、このしなやかな白皙がより柔らかな顔で露天風呂に浸かっているのを見とめた水木は、ほっと胸を撫で下ろした。自分達が入ってきた時から外風呂は人が減って、今やもう、二人占め状態になってしまっているのだが、もはや勝手にしやがれと思う。
(これだから平日朝にしか来られないんだよなァ)
水木に長湯の楽しみを教えたのは目の前の文豪である。ゲゲ郎の草庵からほど近い、野湯でのみ憩っていた際には気付く余地もなかったが、いざ都内に戻って市井の銭湯に親しむようになると、水木の傷だらけの容姿は三白眼気味なのもあってか、無駄に威圧感があるらしい。
ゲゲ郎同様、同僚の山田も気のいいやつなので、初回で「うわ吃驚した! ……温泉浸かっちまって、痛まねえの? じゃあいいか」と言ったきり何も言ってこない。しかし、水木の事情を知らない客の大勢からしたら、こんなものなのだろうと諦めている。
露天風呂はあの後のぼせかけたので、木製ベンチで休んで、今はそのまま外風呂の壺の形をした風呂へ浸かっているところである。「こんな風呂もあるんじゃのう」と白く長い、優美な手足を折り畳んで、愉しそうに壺風呂に身体を沈めているゲゲ郎を見ていると、連れてきて良かった。と水木は思う。
口笛を吹くように唇を尖らせ、機嫌よく壺風呂に浸かるゲゲ郎を、隣り合った壺風呂から見つめている。秋のそよ風が涼やかに、ゲゲ郎の桃色の頬を吹いていくのを見て、水木はゆっくりと瞬きをした。
大男であるゲゲ郎が入ると、壺風呂は壺というより、まるで茶碗のようだった。
「壺風呂というが」
そんなことを思って眺めていた水木の心の動きを見透かしたかのように、
「壺と言うには、わしには小さいのう」
──茶碗風呂じゃ
そう言って自前の、お気に入りの手拭いを頭に乗せ、ケケケッと声を立てて笑っていた。開けた口許から、エナメルの眩しい犬歯が、あどけなく覗いている。こういうのを特等席で見られるのだから、たまの長湯も悪くないと、水木は目を細めて思うのだった。
六
打たせ湯で肩をほぐしつつ原稿の話や、最近の四方山話をしていると、「そろそろ中の風呂にも入りたい」とゲゲ郎が言い出した。外の景色にも飽きてきたので、連れ立って内風呂へと戻る。
先ほど素通りした内風呂は五つの区画に分けられており、源泉から湯を引いた広めの風呂の他に、水風呂、電気風呂、微量の放射能を発するラジストンタイルが血行を良くするラドン風呂、プールのように回遊ができるジェットバスがあった。昔から存在している電気風呂やラドン風呂はいざ知らず、ジェットバスはゲゲ郎にとって初めて見るものだったようで、
「滝が噴きつけてくる風呂がある……」
と、湯船の前で、おっかなびっくり固まっていた。
「さっきの打たせ湯みたいなもんですよ」
打たせ湯が上から叩きつけてくる湯であるなら、ジェットバスは横から叩きつけてくる湯であると言い換えてしまっていいだろう。
「……本当か?」
「俺は嘘はつかん」
このジェットバス初心者の年上が、一体どうなってしまうのか。悪戯心から、水木は一瞬舐めた口をきいた。ムゥ、と口許を縛り身を固くしているゲゲ郎を浴槽の外へ置いて、水木はざぶざぶと胸の下ほどまである流れの強い風呂へ分け入ると、見本を見せるように、
「ほら」
と背後を振り返った。しかし──
ゲゲ郎がいない。
死角へ目を走らせると、なんと、水木に続いてすぐ入ったのであろうゲゲ郎が、ジェットバスの噴流に(助けて)という顔のまま流されていっていた。思わず、水木は腕を伸ばしてその五指を掴んだ。腕の力だけで引き寄せて、流れの緩やかなところへ誘導して立たせてやる。
「何してんですか」
「こ……こんなに強いと思わなんだのじゃ……!」
「はははっ!」
まだ心音が落ち着かないのか、ゲゲ郎は自前の手拭いをギュッとお守りのように握って猫背になっている。
ああ、こういう時、
(同性同士で良かった)
と思うのだった。風呂場が違えば確実に助けられなかったし、見られなかった景色だろう。面倒なことも多いが、こういう時ばかりは役得かもしれん。と、垂れ目の眦をゆるめて眉を下げた。
七
その後、強めの電気風呂に入った水木が、ふくらはぎに派手にこむら返りを起こしてゲゲ郎の爆笑を買ったり、水風呂へ浸かって火照った身体を休ませたり、ラドン風呂でゲゲ郎が温泉蘊蓄を語ってきたりと、あれこれ湯めぐりをしていた二人だったが、
「流石に喉が渇きませんか」
「わしもそう思うておった」
ということで、とうとう大浴場から出ることとなった。このスーパー銭湯は敷地内から出なければ、日に何回でも入浴して良い仕組みになっている。「贅沢な話じゃ」とゲゲ郎は温泉でいっそう透けるような白さになった肌から、ほこほこと館内着越しに湯気を立たせながらそう評した。
「自販機、何飲まれますか」
こちらも館内着に着替えた水木が、早くも自動販売機コーナーで硬貨を持ち、我が作家が何を選ぶのかを待っている。
「ン……。水はさっき、脱衣場の冷水機で飲んだしのう」
うろうろと自動販売機を見比べると、昔ながらの瓶の牛乳やペットボトルの水、成分のほとんどを甘味に振り切った炭酸飲料などがあった。
「まだこんなの売ってるんですねえ」
通常の瓶牛乳、フルーツ牛乳、コーヒー牛乳がディスプレイされた並びを斜めに見ながら、水木が手の中で小銭を弄ぶ。
「これ」
「はい? ──ああ。ここもうちで出しますよ?」
「そうではのうて。せっかく湯に浸かったのじゃ。さっきの今でそれでは手に小銭の臭いがつくぞ」
「……あー」
それ、もうあんまり関係ないかもしれません。
そう言って、水木はゲゲ郎の長身を盾に取り、他の客からは見えない角度で、こてんとその肩へ黒髪の頭を寄せた。寄せられた頭皮と館内着からは薄く、Peaceの甘苦い香りが立ち昇っている。鼻へ匂いが届いたゲゲ郎は短い眉をしかめた。
「おぬし……」
「我慢できなくて」
身体を離した年下のヘビースモーカーは涙袋を厚くさせ、悪い顔で笑っている。さっさと着替えて、脱衣場に、姿が見えないと思ってはいたが。
「しかし、牛乳が百六十円とはのう」
「こういう施設の価格ってお楽しみ価格じゃないですか?」
「そうかもしれぬが」
ゲゲ郎は唇を揉む。
「昔は、四十円や八十円じゃった。知恵の回る銭湯は、百円の設定にしておったかのう。下駄箱や脱衣場に鍵をかける小銭を消費させるために、それひとつで済む価格設定だったのよ」
「良い時代ですね」
「なんの。今の時代も面白くはある。ほれ」
わしはこのフルーツ牛乳がよい。と指差して、水木に購入を催促した。
「昔は銭湯の冷蔵庫から、直接瓶を取り出したものじゃが。これはどうやって動くのかのう。……なんと! この鉄の細腕が動くのか!?」
押したボタンの牛乳瓶目掛けて、自動販売機の鉄製アームが透明なディスプレイ越しに動いていく。機械下部から瓶が提供されてくるのを、作家は興味津々に観察していた。飽きねえなぁ。と眺めながら編集者は、「俺の分も押しますか?」と、コーヒー牛乳用の小銭を追加で投入してやっていた。
八
湯上がりの体温がほどよく下がってくると、急激に腹が空いてきた。
「これは一度外へ出ねばなるまいのう」
「その必要はありませんよ」
館内にあります。と水木は食事処の看板を雑に親指で示した。
「銭湯なのにか」
「銭湯じゃなくて、スーパーな銭湯なので」
「ほー」
という、両者あまり頭に栄養の回っていない会話をしながら、ずんずんと食事処へ突き進む。
席へ着いてメニュー表を開くと、
「ここは系列店ながらに飯も美味いんですよ」
「ほう! では期待しようかの。しかも、今日は水木の奢りじゃ!」
「はいはい」
二倍美味いですね。と軽くいなして、水木がメニュー表をめくっていく。男達二人の指が主食で停まるより先に、酒類のページで同時に停まった。
「……飲みますか?」
「飲む」
「よし来た」
ゲゲ郎先生が飲むなら俺も飲まなきゃなあ。と調子のいい言い訳をつけて、酒も同時に頼むことにした。昼から接待という名の飲酒である。
酒と干渉しないよう、刺身の盛り合わせや枝豆、天麩羅やにゅうめんを頼んで注文を終える。「そういえば」とゲゲ郎が口を開いた。
「すーぱー銭湯と言ったか。これは健康ランドとは何が違うのかのう」
「何が、……ですか。言われてみれば、一体何が違うんでしょうね……?」
健康ランドという懐かしい響きに唸りつつ、日本酒と枝豆が運ばれてくるまで、二人は短い調べ物に没頭していた。
<もうちょっとだけ続くんじゃ>