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    kototera237

    @kototera237

    文字系二次創作置き場。フーファンとか23/7とか。

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    kototera237

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    水無月が動揺する話
    ⚠️120%捏造しかない

    #フーファン
    hufan

    甘い寄り道 笑顔ほど便利なものはないと、水無月は常々思っている。
     相手の警戒心を解き、親近感を抱かせ、その懐に入り込む。その一方で、不必要にこちらに踏み込ませるのを牽制することもできるのだから、なんとも使い勝手のいい武器だ。
     もちろん誰に対しても通用するわけではないが、大抵の場合は笑みを浮かべていれば上手くいく。
     今回もそうだ。笑顔で近づき二三言葉を交わしただけで相手は簡単に気を許し、無防備な背中をこちらに向けた。自分が話している相手が、あの巫女の側にいた食霊だとも気づかずに。
    「…………」
     水無月は今しがた手にかけた男を静かに見下ろした。先程まで黒い憎悪を潜めていたその瞳には、悦楽の色が滲んでいる。
     男は皇族の生き残りだった。一件の混乱に乗じて逃げ延びていたようだが、それを許す水無月ではない。足取りをつかむまでにかかった時間を思うと、喜びもひとしおだった。
     土間に置かれた水瓶の水で汚れた手をすすぎ、水無月は晴れやかな気持ちで男が潜伏していたあばら家を後にした。

     ★

     無光の森は常闇に沈んでいる。昼も夜もないその暗がりを、水無月は霊力で灯した明かりを先導させ、奥へと進んでいく。
     たどり着いたのは小さな屋敷だった。元々森にあったものなのか、羊かんの望みの一部として顕現したものなのかは不明だが、今は生活の拠点として使っている。
     屋敷の中は各所に行灯が置かれているため、外に比べずいぶんと明るい。念のため異変がないか確認しつつ自室に向かっていると、中庭を取り囲む縁側に落雁の姿を見つけた。何かを探すように辺りを見回す様子が気になり声をかける。
    「ただいまー。どうかしたの?」
    「あ、水無月さんおかえりなさい。あの……実は先程から羊かんさんの姿が見えなくて……」
    「首領? あぁ、散歩でもしてるんじゃない? 心配しなくてもそのうち戻ってくると思うけど」
    「そ、そうなんですね……少し肌寒くなってきたので温かいお茶でもと思ったのですが……」
     なぜか決まり悪そうに視線を伏せるその手元には、茶器を載せたお盆があった。
     律儀だなぁ、と水無月は目を細める。ここに連れてきた際に伝えた”お世話係”というのは半ば名目のつもりだったが、彼女はその役目を全うすべく、日頃から羊かんのことを気にかけているようだった。
     何かを考えるようにしばらく茶器を見つめていた落雁だったが、やがておずおずと顔を上げた。
    「あ、あの、よかったらこのお茶一緒に飲みませんか。このままでは冷めてしまいますし、湯呑みもちょうど2つあるので……」
    「2つ?」
     ということは、元より羊かんと2人でお茶を飲むつもりだったのだろうか。森を訪れてまだ日が浅いというのに、人見知りの落雁がそのような行動を取るとは思い難いが。
    「えぇと……壊してしまったときのために念のため持ってきていたんです。緊張すると力加減がわからなくなってしまう時があって……」
    「あぁ、なるほど」
     見た目からは想像できない彼女の怪力をその身をもって体験した日を思い返して、水無月は深く頷いた。あえて負った傷ではあったし、食霊の治癒力をもってすればさほど時間もかからず治る程度のものではあったが、殴られたときのあの衝撃だけは今でも忘れられない。当たるはずないと踏んでいた攻撃が当たってしまった後の、落雁の慌てっぷりも。
    「そうだねー。首領もしばらくは帰ってきそうにないし、温かいうちに飲んでしまおうか。お茶請けちょうどいいものもあるし」
    「いいもの……ですか?」
     答える代わりに、水無月は手に持っていた紙袋を掲げてみせた。
    「落雁ちゃん、甘いものは好き?」

     ★ ★

     水無月から受け取ったそれをまじまじと見つめ、落雁は小さく首を傾げる。
    「魚を模したお饅頭……ですか?」
    「あれ? もしかして知らない? たい焼きって言うんだけど」
    「な、名前だけは聞いたことが……でも、鯛を塩焼きにしたものだとばかり思っていました」
    「あはは、まぁ名前だけじゃ甘味だってわからないかもねー」
     程よく温かいお茶に口をつけ、水無月は笑いながらたい焼を齧った。薄めの生地の中には餡子がぎっしりと詰まっており、一口目から優しい甘みが口の中に広がる。一仕事を終えた体に染み渡るようだった。
     当初は寄り道などするつもりはなかったのだが、帰りがけに通りかかった神社で祭りが行われているのを見かけた水無月の足は、無意識のうちにそちらへと向かっていた。
     夕刻に差し掛かったばかりだというのに、境内にはすでに多くの人出があり活気づいていた。石畳を挟んで色とりどりの提灯と屋台が並ぶ光景は、否が応にもあの日を思い起こさせた。外の世界を知りたがった彼らの笑顔のために奔走した日々は、水無月にとって最初で最後の、何よりも幸せな記憶だ。
     りんご飴、たこ焼き、かき氷……それから、楽しそうにはしゃぐ子どもたちの声。記憶を辿るように境内を歩いていると、熱心に客引きをしている男に声をかけられた。それがたい焼きの屋台だったというわけだ。
    「食べないの?」
     水無月に促され、落雁も恐る恐るたい焼きを口へと運ぶ。ゆっくりと咀嚼し飲み込むと、頬を緩ませ、先程よりも大きな口でニ口目を齧った。
    「どう?」
    「おいしいです……! 中に餡子が入っているのはお饅頭と同じですけど、それとはまた違った感じで……この生地、餡子とよく合うんですね」
     感想を述べるその声は珍しく弾んでいる。たい焼きを両手で包み幸せそうに微笑む顔を見て、水無月も知らず表情を和らげていた。
     脳裏に浮かぶのは、水無月がもたらす外界の情報をいつも嬉しそうに聞いていた彼らの笑顔。今はもう失われてしまった穏やかな時間。記憶の中に置いてきたはずの温かな気持ちが胸の内に生まれるのを、水無月は静かに感じていた。
     今目の前にいるのは計画のために近づいた相手にすぎないというのに、単純な自分に呆れてしまう。それでも、その感覚を拒むことはできなかった。
    (………………ん?)
     いつの間にか、手にしていたはずのたい焼きが消えていた。どうやら上の空のまま食べ進めていたらしい。
     口内を満たす甘さが今になって意識され、水無月は湯呑に手を伸ばす。それから、じっとこちらを見つめている落雁に気がついた。
     目が合った途端、わざとらしく顔を逸らされてしまう。気になる反応だった。
    「落雁ちゃん」
    「な、なんですか……?」
    「何か僕に言いたいことでもある?」
    「え!? そそそそんなことは……」
     わかりやすく狼狽える姿に内心苦笑しながら、水無月はにこりと笑ってみせる。
    「だって僕のことじーっと見てたでしょ。何かなーと思って」
    「……」
    「別に怒ったりしないし、言いたいことがあるなら言いなよ。それにほら、僕らはもう仲間みたいなものなんだからさ、思ってることは言い合わないと」
    「ち、違うんです……さっきのはたまたまで……」
    「えー誤魔化されると余計気になるなー」
    「うぅ……」
     普段であればここまで食い下がることもしないが、今日の水無月にはひとつの懸念があった。
     人の顔を見て何かを言い渋るような素振り。例えばそれが、口に付いた餡子に気づいたが指摘するのを躊躇っている、なんてことであれば笑って済ませばいいだけの話である。
     だが、もしも彼女が目にしたものが男を始末した際に付いた何らかの痕跡だったとしたら――
     もちろん返り血は浴びないよう気をつけてはいたし、服の乱れも確認してから戻ってきたが、万が一ということもある。これがきっかけで不審がられるようなことは避けたかった。
     この森で行う計画については頃合いをみて伝えるつもりではいるが、復讐はあくまで水無月が単独で行なっていることだ。血に濡れた因縁にまで彼女を巻き込むつもりはない。それに心の優しい彼女なら、たとえそこにどんな理由があったとしても、人命を奪うことを良しとしないだろう。
     水無月は思考の間にいくつか言い訳を用意し、今度は直接確かめることにした。
    「えっと……もしかして僕の顔に何か付いてる?」
    「……」
    「落雁ちゃん?」
    「ごめんなさい!!」
     追求に耐えかねたように声を上げ、落雁が勢いよく立ち上がった。そのまま踵を返した部屋の隅に大きな箱が置かれているのを見て、水無月ははっとする。
    「ちょっと待って!」
     咄嗟に身を乗り出して止めようとするが、落雁は構うことなく箱に飛び込んでしまう。流れるように蓋が閉じられ、静けさだけが辺りに残された。
     一度箱に閉じこもってしまった彼女がなかなか出てこないことは、これまでの経験からわかっていた。かといって無理矢理蓋を開けたところで余計に拒絶されるのは目に見えている。
     水無月は大人しく座り直ししばらく箱を眺めていたが、ふと思い立って辺りを見回した。運良く近くの箪笥の上に手鏡を見つけ、そっと手に取る。そこに映る自分の顔には血痕どころか餡子すらも付いていないかった。念のため服に目をやるも、特に気になるようなところは見当たらない。
    (なんだったんだ一体……)
     安堵とともに謎が深まるが、疑念が晴れた以上問いただす必要はもうなくなった。残りのお茶を飲み干すと、水無月は沈黙する箱を横目に腰を上げた。
     思えば、出会ったときも彼女は箱の中だった。暗くて狭い場所が落ち着くらしく、なにかあったときはいつもそこに隠れてしまうのだ。水無月は以前、そんな落雁を猫のようだと形容したことがあったが、今は自らの殻で身を守る貝といったほうが適切かもしれない。
    「落雁ちゃん、さっきはごめんねー。もうあれ以上訊いたりしないから、気が向いたらまた出てきてよ。あと、急須と湯呑は片付けておくから」
     そう声をかけ部屋を出ようとしたときのことだった。箱がかすかに動いたかと思うと、蓋がゆっくりと持ち上がった。一寸ほどの隙間から、小さな声が聞こえてくる。
    「か、片付けは私がしますので置いておいてください……それから、その、先程の件なんですが」
    「うん?言いたくないならそれはもういいよ?」
    「いえ、やはりどうしても気になってしまって……」
     懸念は杞憂に終わったはずだが、妙な緊張感があった。水無月は息を呑み落雁の言葉を待った。
    「あの……」
    「……」
    「……水無月さんはたい焼きがお好きなんですか?」
    「………………は?」
     思わず声が出た。落雁の問いかけを反芻し、文字通りの意味にしかとれないことを確認した後、水無月は脱力しながら問い返す。
    「まさかとは思うけど、言うのを躊躇ってたのってそのこと?」
    「そ、そうです……」
     箱越しだというのに身をすくめている様子が目に浮かぶようだった。それでも安全地帯にいるが故か、続く言葉に澱みはない。
    「たい焼きを食べているときの水無月さん、なんだかとても幸せそうな顔をされていたので、そんなに好きなのかなと……」
    「…………」
    「あ、ごめんなさい……気になったからといって人の顔をじろじろ見ていい理由にはなりませんよね……でも私、水無月さんがあんなふうに笑っているところ初めて見た気がしたんです」
     次第に尻すぼみになっていく声を、水無月は立ち尽くしたまま聞いていた。
     目的のために上辺だけの笑顔で本心を偽る水無月の本質に落雁が薄々気づいていることは察しがついていた。怖がりで人見知りの彼女は、だからこそ他人の機微に敏感だ。こちらに対して未だ一線を引いていることからも、笑顔の下に隠したものを警戒していることは明らかだった。
     だから、水無月が困惑している理由は、何も作り笑いを見透かされていたからではない。
    「僕……あの時そんな顔してた?」
    「わ、私にはそう見えました……」
     全く自覚がなかった。確かに笑ってはいたとは思う。だが、あくまでいつも通りの、体裁を整えるための笑顔であったはずだ。
     それを否定されたとなれば、自ずと答えは限られる。
     あの日、あの時、彼の体から溢れていく温もりと共に水無月の中から抜け落ちていったもの。そして、そのまま捨ててしまったはずのもの。それなのに、こんなにも簡単に……
    「……ははっ」
    「あの、水無月さん……?」
    「あぁ、ごめん。自分でもちょっと予想外というか、驚いちゃって」
     箱の奥から困惑と共にこちらに向けられているであろう視線を感じ、水無月は自嘲する。どう返したものかとわずかに逡巡したのち、全てを偽る必要はないと判断した。
    「そうだなぁ……落雁ちゃんが幸せそうに食べてたから僕もつられちゃったのかも」
    「な、なるほど。水無月さんでもそういうことってあるんですね」
    「落雁ちゃん、僕のこと何だと思ってるの?」
    「えっ、そ、それはその……」
    「冗談だよー」
     真に受けて謝られる前に先回りする。狼狽える様はからかい甲斐があるが、謝罪されるのは本意ではなかった。
     なにも意趣返しをしようというわけではない。不覚にも隙を見せてしまったのは、自らの落ち度だ。
     気が抜けていた。これでは駄目だと水無月は思う。
     この感情はまだ不要だ。

     ★ ★ ★
     
     不意に、よく知った霊力の気配が屋敷に近づくのを感じた。落雁もそれに気づいたようで、様子をうかがうように箱の蓋が押し上げられる。
    「首領が戻ってきたみたいだね。報告したいことがあるから僕はもう行くよ」
    「はい。あの……私、もう一度お茶を淹れましょうか? たい焼き、羊かんさんの分もあるんですよね」
    「あぁ、うん、ありがとう」
     座卓に置かれた袋に入ったままのそれを一瞥し、水無月は短く答える。すっかり意識から離れてしまっていた。
    「では、後程お持ちしますね。とても美味しかったので、羊かんさんもきっと喜んでくれると思います」
    「……そうだね」
     期待を含んだ嬉しそうな落雁の声。今はそれが煩わしく、逃れるように障子戸を閉じた。
     いつの間にか随分と気温が下がっている。どこかで雨でも降っているのか、僅かに湿り気を帯びた風が木々を揺らしていた。森を満たすざわめきを聞きながら、水無月は静かに瞑目する。
    「………………さて」
     深呼吸し、小さな呟きと共に歩き出す。一歩踏み出すたびに、固く冷たい床板が身体の温もりを奪っていくのが心地よい。邪魔なものが流れ落ちていくような気分だった。
     戸口を出るのと同時に、木々の陰から淡い光をまとった人影が現れる。
     水無月はいつもと変わらぬ偽りを携えて、計画には欠かせないこの森の主を出迎えた。
     
    「やぁ首領、おかえり」


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