企業努力 湯気のせいでめくれ上がったフタに持ち上げられた箸が転げ落ちる。置く角度を調整して、フタに乗せ直し、折り返しにキッチリと爪で跡をつける。
「カップ麺のフタはよ、昔はシールがついてたよな」
熱湯の上昇気流にイライラして、このフタの折り返しを考えたやつは、きちんと自分で使ってみたのかよ、と憤る。
「シールの方が良かった」
「あれは、包装の薄いビニールから取り外すのが面倒だった」
蜜柑はフタを押さえやすい、四角形の焼きそばをタイマーにかけている余裕から、シールの悪口を言う。
「大体シールで貼ったって、それ以外の部分が浮いてきて、結局箸で押さえてただろ」
「シール以外を押さえるだけなんだから、その方が効率的に決まってる」
大して変わらないだろう、と蜜柑はどうでも良さそうに立ち上がり、部屋の窓を開けて豪快にお湯を捨てる。お湯は、しとしと降る雨と混じって、館の裏手の断崖からこぼれ落ちていく。
「寒い。早く閉めろよ」
「ラーメン食って温まってるだろ」
そういうことじゃない、と思わず箸を振り回す。
「大体、洋館に閉じ込められて焼きそばを食うなんて、どんな神経してるんだ」
「それはどういう理屈なんだ」
「テレビ番組で、無人島生活とか見たことないのかよ。水の確保は死活問題なんだぞ」
「生活?長居なんてする気はないぞ。明日の朝には出ていく」
「焼きそばもうまそうだな。食いでがありそうだ」
「水が無駄になってるらしいからな。贅沢にできてるんじゃないか」
皮肉っぽく蜜柑が言う。
二人が山奥に死体を打ち捨てたのち、ポツポツと雨が降ってきた。
夜間、視界が悪く、山中、ろくな舗装もされていない道のぬかるみにタイヤを取られ、たまたま見つけた洋館で一晩を過ごすことにした。別荘なのだろう、豪華なつくりの家で、金のかかった外観とは反比例するようにキッチンにはカップ麺がいくつか保管されていた。水道も電気もガスも通っており、人もいないのに随分と贅沢なことをするな、と感心する。檸檬が水の確保、などと言ったのは、単に蜜柑のことを揶揄いたかっただけに過ぎない。
「こういう洋館ではな、おまえみたいな余裕ぶった態度でいると、大抵その逆のことが起きるんだぞ」
「あれか、洗車をすると雨が降る。ただし、雨が降ってほしくて洗車をした時を除く、という」
「ちょっと違う気がするな」
蜜柑は割り箸を焼きそばの中に突っ込みながら、何か考える様子を見せる。
「じゃあ、これは知っているか。ある女が、蕗を取りに山奥に入った時に、立派な門のあるお屋敷を見つける話だ。家の中ではお膳が並び、お湯が沸き、ただ人が誰もいない。」
「誰も人がいないのか。盛り上がってきたな」
「不気味だな。ただ、これはマヨヒガというんだそうだ。そういう家に行き当たったら、箸でも何でも、好きなものを持ち帰ると富を得るらしい」
へえ、蜜柑も怪談話するんだな、と思うとちょっと面白い。淡々と話をするあたり、少し怖いかもしれない。
「じゃあ俺たちは今、その、マヨヒガで飯にありついたわけだな」
「檸檬、おまえだったら何か持ち帰るか」
「シールの付いたカップ麺」