方々を山脈に囲まれたとある大陸は、四つの氏神によって統治されているという。
大陸中央に聳える四つの山を起点として、北の地は山岳地帯の多い、雪と寒さの厳しい玄武領。南の地は海を抱く、熱帯気候の朱雀領。東の地は大河と花の咲き乱れる、温暖な地域の青龍領。そして西の地は平地が多く商人と旅人の街とされている、物流の都の白虎領。それぞれが独自の文化を築き上げながらも、四つの領はひとつの国として数百年、繁栄を見せていた。
今日は、そんな国の建国を祝う記念の日。日々自領の民草を守り、時には導く氏神たちへの感謝と敬愛を込めた大切な日だ。この国では近隣同盟国で使用している共通の暦とは別で旧暦が存在していた。旧暦では建国の記念の日がちょうど正月にあたる日だったため、この国では建国の記念の日を『旧正月』と呼び、従来の正月と同じかそれ以上に祝うのが毎年の恒例であった。
今年の旧正月も朝早くから年に一度のみ解放される、各領の氏神が住まうとされている神宮殿前の神社に沢山の参拝客が訪れていた。勿論氏神たちを民草が見ることは叶わないが、去年一年の守護のお礼と今年一年の加護をお祈りすべく、こうして長蛇の列を作っているのだ。氏神たちの眷属の中でも人型を取れる者たちは、朝から民草の対応に追われていたし、取れぬ者たちも裏方としてあちこちを走り回っては忙しそうにしているばかりだった。
では、件の氏神たちはというと。
「……相変わらず、ここちょっと眩しない?」
「まあ仕方ありませんよ。一応神廟なんですから」
大陸中央、一際背を伸ばす大山に位置するひとつの神廟にて。それぞれの服の色を取った薄手のベール布を肩にかけた四人の神は、天井のない吹き抜けの広間へと集まっていた。
氏神たちが住まう神宮殿より更に奥、山頂へと登った先にあるこの神廟は、その昔世界を創造し統治の神々を創ったとされる創造神に謁見するための場所であるとされていた。氏神たちも年に一度のみ顔を合わせることの出来る、自らの親とも言える存在。実際のところ、本人たちからすると親というよりは上司に近いわけだが。
年一の謁見の日というのは特段決められているわけではないにせよ、謁見時には創造神から氏神や大地へ祝福を貰えるため、それなら祝い日として定めてしまおうということになったため、過去定めた建国の日──今でいう旧正月の日に、年に一度の謁見を行っているというわけである。
吹き抜けた広間の中央へ、四人はそれぞれ向かい合うように正方形を作り立つ。肩にかけたベール布を腕全体にかけるように乗せ、少しばかりのゆとりを持たせながら握ると、彼らは同じように少し腰を落として、右足を半歩引いて頭を垂れた。
「我が尊き、全知の神よ」
「今の宵も命は巡りて、時は過ぎ、愛し子の声を聞き届けよ」
「明くる新しき陽に、四の神は集う。変わらぬ祝いを。変わらぬ福を」
「──青龍の名の元に」
「──朱雀の名の元に」
「──白虎の名の元に」
「──玄武の名の元に」
「此の地、息を纏うものすべてに、落ち往く陽の刻まで、祝福を授け給え」
とん、と半歩引いた右足を持ち上げ、その足先を床へと落とす。一度、二度、三度。伸ばされた身体はゆるやかに、蹴った右足の勢いでくるりと弧を描く。ふわりとたなびいたベールの布は鮮やかに四色を舞わせ、生まれ出でた風が途端──まるでベールが紐解かれるかのように、様々な色を零し始めた。
例えば青龍は、春の息吹を思わせる桜の花弁を。例えば朱雀は、夏の香りを思わせる潮騒の細かい水飛沫を。例えば白虎は、秋の彩りを思わせる紅葉を。例えば玄武は、冬の化粧を思わせる雪を。その裾から風と共に舞い上げ、旋風を作る。交じり合った四季折々の色彩は、彼らの舞を賑わせながら高く高く、空へと──そうして彼らの大切な民草の元へと、国の隅々へと、舞い落ちていく。
四つの氏神が織り成す、旧正月の舞。民たちはひらりと舞うそれらを受け取って、彼らに恥じぬだけの民で在らねばと、またひとつ決意を抱きながら、今年もまた彼らが自らたちを見守ってくれていることを確かめるのだ。
◇
「、ー……足、痛ったー……」
「甲斐田くん、運動不足じゃない? 老化?」
「誰がおっさんじゃい。ああでも……最近藤士郎にもっと外出ろって言われた気もする……」
「定期会議以外で外出てます?」
「………………」
「引きこもりや」
「引きこもりだ」
「うるさいうるさーい! 今年はもっと外出ますぅ!」
少しばかり日の傾いた、玄武領山間部。その道中でゆるい会話を繰り広げながら、四人は玄武領神宮殿へと足を運んでいた。数年前は毎度現地集合現地解散だった旧正月の謁見だったが、つい何年か前に朱雀が大寝坊をしたことがあってからは、毎度集合場所は朱雀領、終わった後はじゃんけんで負けた者の神宮殿で定例会議という名の昼飯を済ませるのがいつもの流れとなっていた。今年が玄武領なのは、言わずもがなである。
まだ寒さがひどく厳しい玄武領では、山間部も渦高く雪が積もり続けていた。しかしこの水が少し暖かくなった頃に溶け、水になり、冷たく新鮮で清らかな川水として山の麓や青龍領に流れる川と合流して、領の作物の成長に貢献するのだ。玄武領や青龍領だけではない、朱雀領の大きく開けた海から入ってくる他国の貿易船と、白虎領の大型都市の連携があるが故に両領は発展を幾度となく繰り広げている。それらはすべて、そこに住まう民たちの努力の結晶。彼らの生きたい、前に進みたい、そういう気持ちの表れなのだということを、四神は理解していた。
しんしんと降る雪の合間、きらりと輝いた陽の光に立ち止まった青龍は、少しばかり眩しそうに空を見上げる。ひとりだけ動きが止まったことを訝しんだ他の三人も足を止めて振り返ると、未だ空を見上げたままの青龍がぽつりと呟いた。
「……きっと、今年もより良い年になりますね」
それは祈りではなく、確かな肯定だった。確信とも言えるほどの、ただ真っ直ぐな。
「……ええ、勿論」
「当たり前ですよ。僕らの民たち、皆頑張り屋ですからね」
「無理はせんで欲しいけどなあ」
三種三様に笑った三人もまた、同じように頷く。自らの民たちのことを信じて疑わぬ表情で。
冬は芽吹き、春はほころび、夏は咲き、秋は実を付け、そしてまた巡った冬には芽をつけるために雪の中で陽を夢見る。この大地は、そうしてまた新たな年を幾つも幾つも重ねていくのだ。民の営みの中に──いつでも強く、賢く、優しく、聡明な氏神たちを傍に抱きながら。