Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    69asuna18

    ジョチェ🛹

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 33

    69asuna18

    ☆quiet follow

    7月のwebオンリー、CC福岡で発行したコピー本。
    『時は得難くして失いやすし』
    虎次郎と薫がお着物デートする話。

    時は得難くして失いやすし桜屋敷薫は唐突だ。いつも飯を作れとか、泊まらせろとか。今回は来週から福岡に行くから着いて来いで。今は展覧会に顔を出すからちょっと待ってろ、と。それで毎回ほいほいと着いて来るから、薫も調子に乗るんだろうが。

    「はい、出来ましたよ」

    ポンと腰に出来た貝の口を優しく叩かれた。シュルっと着物の擦れる音と共に、着物を着付けるスタッフの女性が立ち上がる。暇を持て余した虎次郎はふらりと商店街のレンタル着物の店に入り、瞳と同じ夜に近づいた夕日様な海老茶色の着物を着付けてもらったのだ。

    「おー、ありがとう。流石に綺麗だね」

    目の前の全身鏡にあちこち写して見る。動いてもずれたり依れたりする事もなく、体にフィットしている。着せてくれたスタッフもよくお似合いですよと褒めてくれた。まぁ、商売なのだから当たり前なんだろうが。

    いつもの派手な柄の開襟シャツでは、桜屋敷先生の隣に立つのは少しばかり気が引ける。展覧会に顔を出すという事は、多少お偉いさん方も居るだろうし。誰ですかなんて聞かれたら紹介しないわけにも行かないだろうし。別に大人しく待っていれば良いのだろうが、折角二人で遠出をしているのに一人で待っているのはそろそろ飽きてきた。早く帰ってこない薫が悪い。けど、迎えに行くならそれなりの格好をしてやろうと思って。…なんて、本当は自分が早く会いたいだけなんだけどさ。

    カランと草履を鳴らして外に出た。慣れない格好に少し背筋が伸びる。14時くらいに終わるって言ったのに、もう時計の長針は真下へ来ている。仕事の付き合いだから仕方ないのは分かっているのだが、急に付いて来いと言われて、待ってろと言われ放って置かれたら少しくらい腹も立つ。連絡くらいしてくれてもいいのに。そう思いながら神社の境内に有る展示会場へ足を向けた。場所は案内所でチラシを見つけた。ちょっと調べればすぐ分かる位、自分の恋人は有名人。恋人であろうが仕事の方が先になるのは分かる、分かるけど。ぐぐっと眉間にしわが寄るのが分かった。こんな顔して会えば薫だって不機嫌になる。最悪「嫌なら付いてこなければ良かっただろうが」なんて言いかねない。胸の奥へ渦巻く嫌な気持ちを吐き出すように深いため息をつき顔をパンパンと叩く。待ちくたびれたと甘えれば良いんだ。そう思って顔を上げると、桜色の綺麗な髪を揺らしながら、想い人が慌てたように早足で歩くのが見えた。

    「薫っ!」

    思わず声を上げると、彼は此方へ視線を寄越す。何を驚いているのか、口をぽかんと開けて立ち止ってしまった。今度は虎次郎の方が早足で駆け寄る。ハッとしたように瞬きを繰り返した薫に辿り着いて、虎次郎は薫の頬を流れる汗を指先で弾いた。

    「どうしたんだ、大丈夫か?」

    「どうしたんだはこっちの台詞だ、なんだその格好は…」

    格好と言われ下を向く。あぁそういえば着物を着ていたんだった。暇だったから?周りに文句を言われないように?なんて言えばいいんだ?顔を上げた先、視界に映った薫は珍しく頬を染め、なんというか少し嬉しそうで緩む口元を隠したいのかそこが少し歪んでいる。なんて言おうか頭を巡っていた言葉は吹き飛んで、さっきまで不機嫌だった嫌な気持ちもいつの間にか消えていた。

    「…薫が、喜ぶかなって思って」

    周りに聞こえないように、少しだけ腰を屈めて囁くと、真っ白な耳も髪に負けないくらい綺麗に華やぐ。

    「馬子にも衣装だな」

    扇子で口元を覆い発した言葉も瞳も、何時もより柔らかくて。

    「褒めるなよ」

    そう言って笑うと薫はいつものようにやれやれと、深いため息をついた。

    「それより、結構時間掛かったんだな。疲れただろ?」

    「あっ!今、何時だ?」

    尋ねられスマホの画面を見ると後15分程で15時になる所だった。

    「もう少しで15時だな」

    そう言うと、薫は虎次郎の手を取り歩き出した。パタパタと少し早い足取りで、ついて歩くのにも少し早足になる。

    「どうしたんだ?」

    「店を予約してあるんだ」

    いいから早く。と握る力が少し強くなる。それが嬉しくて虎次郎は店に着かなきゃいいのになと思いながら黙って後ろを着いて歩いた。

     

    10分か15分か覚えてないけれど、それ位の間でを握ったまま歩くと、その先には洒落た雰囲気の古民家があった。綺麗な藍染の暖簾を潜ると品の良さそうなスタッフが出迎える。今まで握られていた手はいつの間にか離されていて、薫はそのスタッフに「予約していた桜屋敷です」と名前を告げた。「お待ちしておりました」と中へ通されるとそこは、耳障りの良い音楽と新緑の美しい庭が見えるレストランになっていた。大きな窓からは赤や白、ピンクの色とりどりの躑躅も見えるし、壁には骨董品や書物も飾られていて、薫もその書を興味深そうに眺めていた。

    スタッフの後を歩き、奥の個室に案内される。ガラス張りの大きな窓の側、真っ白なテーブルクロスのかけられた席に案内され、木目の美しい深い茶色の椅子を丁寧に引かれて、腰をかけるタイミングで場所を整えられる。俺一人だったらこんな緊張する場所来れそうにない。レンタルだろうと着物を着て来て良かったと心の底から思う位、格式の高そうな場所だ。

    「お飲み物は何になさいますか?」

    コーヒーはアイスとホット、紅茶は茶葉が数種類ございましてと流暢に説明される。薫は、「コーヒーでいいよな?」と虎次郎に確認を取って頷いたのを見てから「コーヒーを2つ」と注文した。「かしこまりました」とスタッフがその場を後にしたのを確認して、虎次郎は薫に声をかけた。静寂という言葉が似合うその店の雰囲気に思わず声は小さくなる。

    「この店、なんなの?」

    どうしてここに連れてきたのかとか、飲み物以外に何か頼まなくていいのかとか。そう言う意味だった。それを組んでくれてたのか、薫も優しいトーンで話始めた。

    「このあたりで有名なフレンチのレストランだ。アフタヌーンティーをやっていると聞いてな、予約しておいたんだ。…お前と、来たかったから…なかなか帰して貰えないから予約していた時間に間に合わないかと思って冷や冷やした。待たせて悪かったな。」

    ふふふと笑みを浮かべて、薫は嬉しそうに笑う。本当に楽しみにしていてくれたんだなと分かる笑顔で、いつもならあんまり言わない謝罪までするりと口から溢れる。

    「そか、別に…待つくらい、どうって事ないさ」

    1時間前の自分に言ったら怒られそうだけど、本当にどうでも良くなった。いつもこうだ。なんだかんだと、薫が自分を想ってくれるのが分かるから誘われたらすぐに付いていってしまう。惚れたら負けっていうのは本当だな。そう思ったら同じ様に、ふふふと笑っていた。

    「お待たせ致しました。」

    運ばれてきたコーヒーの香りが部屋に溢れて思わず深く息を吸う。美味そうだと思っていると続けて、大きなケーキスタンドが運ばれてきた。ドルチェと軽食14種類になっておりますと、乗っているメニューを見せられるが沢山ありすぎて目移りしてしまう。ごゆっくりお召し上がり下さいと、頭を下げられそのスタッフは部屋を後にした。

    「どれから食えばいいんだ?」

    マナー云々より、どれから食べたら良いのか、自分がどれを食べたいのか分からない位美味しそうで虎次郎は思わずそう呟き、薫へ視線を送る。すると予約をした張本人も至極嬉しそうに眼を輝かせていた。どうしよう、と二人で悩んだ結果端から順番に食べる事にした。チーズケーキにクリーム大福、どら焼きにミルクレープ。

    「美味しいなぁ、次はどれにする?そっちも美味そうだ」

    そう楽しそうに話す薫は、いつもの少しピリついた雰囲気とは違って可愛らしい。可愛らしいけれど、他の人間が作ったものを美味い美味いと言うのは少しだけ妬ける。美味しいのは分かるけど、でも。

    「でも、お前のティラミスのほうがいいな。」

    ふと、さも当たり前のように。聞き間違いか?と思って顔を上げるもそれを紡いだ張本人は未だにミルクレープを頬張っている。虎次郎が瞬きを繰り返していたせいか、どうしたんだ?と首を傾げる。ミルクレープを咀嚼するのは止めないが。

    「なんでもない」

    そう言って、虎次郎はコーヒーを含みながら窓の外へ視線を移した。まるでここだけ世界から切り離されたみたいな静かな空間。当たり前の風景から1歩足を踏み入れただけでまるで全然別の世界に来たみたいだ。古民家に、美しい緑、目の前に居る恋人も自分も着物を着ていてまるで物語に入り込んだみたいで、叶うならずっと二人でこうして居られたらいいなと、帰りたくないなと。

    「虎次郎っ!これっ…!」

    名前を呼ばれそちらへ視線を送る。薫は口元を手で押さえ、スプーンで皿の方をさす。皿の上には透明なガラスのカップに入った抹茶色のムースがあって、その表情から相当に美味しかったんだろうと察しがついた。

    「そんなに美味いのか?」

    聞くとうんうん、と首を縦に降る。虎次郎は自分の分を手に取り皿にのせる。その間も薫はとても美味しそうに蕩けた瞳でそれを堪能している。

    「薫、俺のも食べるか?」

    カチャとガラスが鳴る。持ち上げて差し出そうとすると薫は慌てて口の中にあるそれを飲み込み頭を降る。

    「いや、お前が食え」

    そう、いやに真剣な顔で言う。そんなに美味かったなら食べても良いのに。そう言おうとするのに、薫はスプーンをピッとまっすぐ虎次郎に向けて続ける。

    「お前が食え。それで覚えて作れ」

    「は?」

    「お前が作ったほうが上手いだろ?」

    好戦的というか、得意気というか。そんな顔で此方を見る。

    「ほら、食ってみろ」

    3口か、4口で無くなりそうな程の小さな器。それを食べて作れだなんて、無茶を言う。けど、まぁそれでお前が喜んでくれるならと、スプーンで掬う。柔らかく、ムースというよりクリームみたいに柔らかで舌触りが滑らか。甘さは控えめで一口食べると抹茶の良い香りが口いっぱいに広がる。少しだけ柑橘の味がするのは上に乗っていたグレープフルーツだろうか?もう一口。今度は上に乗っていたクリームと一緒に。生クリームかと思っていたそれはクリームチーズで、中にレモンの皮が入っている。さっきの酸味はこれだ。うん、すごく美味い。目を閉じて真剣に味だけに集中していたのに、痛いくらいに視線を感じる。

    「作れそうか?」

    さっきまで可愛い顔して食べていたくせに、その顔はいつもの鋭い表情へ変わっていた。

    「任せろ」

    って、いい抹茶が手には入ればの話だけど。桜屋敷先生に頼めばそれはクリアできる。作れたって、薫にしか出すつもりは無いのだから、それ位協力してくれても良いだろう。

    「そうか、楽しみにしてる」

    そう言って、嬉しそうな瞳はまたケーキスタンドへ戻っていった。1番下の皿には、パテやマリネなんかの軽食ものっていて飽きる事なく食事は進んだ。日頃コーヒーを飲む機会が多い薫は珍しく色んな茶葉の紅茶も飲み比べていたし、緑茶をベースにした桃の香りのするフレーバーティーは特に気に入ったようで、何度も飲んでいた。ラストオーダーの時間ですと告げられ、時計を見るともう17時に近く、そんなに時間が立っていたのかと驚いた。一人で待っている時はあんなにも長かったのに。

    「本日はありがとうございました。」

    来た時と同じ様にスタッフは丁寧にお辞儀をして、俺達のことを見送った。来た時とは違い、スタッフはレジで待っていたから、廊下に並ぶ絵や書をゆっくりと見ながら歩いて。俺はよく分からないから、薫の真似をして見上げていただけだが、何か得るものがあったらしい。薫はふむふむと頷いていた。

    「虎次郎、今日はありがとな。着いてきてくれて、美味しいと聞いていたから…どうしてもお前と食べたかったんだ」

    「あとでまた食べたかったからだろ」

    思い出して、小さく笑う。本当はすぐにでも試してみたいが、今日は泊まりだから難しい。帰るまでにまた色々食べるのだろうし他にも作りたくなる料理があるかも知れない。味を覚えて居られるだろうか。なんて考えながら空を見上げる。未だに夢心地なのに、空は梅雨も近いせいかすこし淀んでみえるが少し思い出すだけで美味しかったのを思い出して笑みが溢れる。

    「虎次郎」

    不意に名を呼ばれ着物の袂を引かれる。その指は着物の上を滑り、指に絡まった。

    「別に、そういうつもりで、連れてきたんじゃない…別に作れなくてもいい……また来れば…。着物も、似合ってる、から…次に来るまでにプレゼントする。誕生日にでも…」

    珍しく、沢山喋る。その顔は長い髪に隠れて見えないが、手に絡まった細い指に力が入ってドキリと胸が跳ねた。そんな風に言わなくてもちゃんと分かっているのに、言葉にしてくれたのは普段と違う場所に来ているせいかも知れない。離れてほしくなくて、その指をぎゅっと握りしめる。本当は今すぐ抱きしめてキスしていろんな事がしたいくらい愛おしいけど、着物がレンタルなことを思い出して、冷静になる。とりあえずこれを返してホテルに戻るまでは我慢しよう。手を握ったまま耳元へ唇を寄せる。

    「早く帰ろうぜ」

    そういうと恋人は小さく頷いて。手を繋いだまま、来た道を戻る。少し早足で。1分1秒惜しい位、早く愛していると伝えたいから。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏💖👏❤🍰🍰🍰🍰🍰🍰❤☺💖❤☺💖💖🍰
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    69asuna18

    MENU新刊『甘い香りに包まれて』

    前回のイベントでのコピー本『花の香りのする方へ』とその続きをまとめたものになります。
    (加筆修正有り)
    コピー本で出したものの、途中までをサンプルとしてアップします😊
    甘い香りに包まれて生を受けた世には、バース性と呼ばれる新たな性別が誕生していた。男女の性別とは別の第二の性。男と女とは別にα、β、Ωと三つの性別が存在し、全ての人間は六種類に分けられる。αはエリートが多く、βは一番多い所謂普通。そしてΩには発情期なるものが存在し、その体質が故に世間から冷遇されている。その為、性別による差別が目立ち、第二性がΩである人は悩みが尽きない。
    生まれ変わる前と違う事象が起きている事に、興味があった踪玄はバース性の研究に勤しんだ。しかし、調べれば調べるほど、その新たに備わった性別が、人間そのものに嫌悪を抱かせる。
    薬を飲み、体調を管理すれば、Ωであっても社会的に問題なく過ごせるはずなのに、理解が進んでない事もあり、定職につくのも難しく給料も少ない事の方が多い。働ける時に働きたいと思う人も多く、病院に定期的に通う人も少なくない。…出来るのは理解のある人間に囲まれていて、給料が安定している者だけ。そのせいで、発情期に倒れたり、身体に合わない安い薬を飲んで体調を崩す者も少なくない。
    13532