おやすみからおはようまでそんな事があっておれは寝ているセナに話しかけることにハマってしまった。
「おやすみ」から「おはよう」までセナはかなりの確率で「おれ」と話しているっぽい。なんだかそれがくすぐったくて、面白かった。そんな理由で今日も窓の外の星空を眺めながら彼が寝入るのを待つ。今日もセナはおれが同じタイミングに寝ない事に慣れているので、あんまり疑問に思わずに「早く寝なよぉ」と言うだけだった。まさか寝言で会話してるなんて思ってないんだろうな。なんてニヤニヤしながら考える。
「――行かないで!」
寝室から突然聞こえてきた声に驚いて、慌てて寝室に入る。
「セナ?大きい声なんか出してどうしたの?」
おれの声によろよろと起き上がるとセナは小さくおれの名前を呼んで、徐に両手を伸ばしてきた。
「ん?どうした?」
深く考えずにおれも両手を伸ばして吸い込まれるように彼の元に駆け寄ると、ギュっと抱きしめられた。フワリとセナの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「お〜よちよち。怖い夢でも見たのか?」
頭を撫でようとしたけど、ナイトキャップに阻まれて髪は撫でられなかった。この帽子になんの意味があるんだろうか。考えたらインスピレーションが湧きなので今は我慢しておく。
「大丈夫だよ。怖いことなんて何も起きない」
安心させるために呟いた言葉に返事は返ってこない。まぁ、性格的にどんな夢を見たかとか言うタイプでもないだろうし仕方ないか。頭を撫でていた手を背中に移動させてポンポンと優しく叩いてやる。
「ふんふふ〜ん♪」
頭に浮かんだ音を子守唄がわりに口ずさんでいると、ずるりとセナの体から力が抜けたのが分かった。そのままゆっくりと体を横にしてやると、案の定セナはもう眠ってきた。
「おぉ!さすがはおれ!天才だな!」
安らかな寝顔にそんな独り言をもらす。
ひょっとして昔のおれが夢に出たのかな。なんだかそんな気がして、セナが可哀想になってくる。今のおれはこんなにも優しい音に包まれているのに、セナはまだあの過去に追いかけられているのかも。
どうせ過去のおれの夢を見るなら楽しい気持ちになってほしい。また眉間に皺の寄ったセナの表情を見下ろして少し考える。
やっぱりそういうのは音楽が一番だ。
もう一度あの子守唄を歌うと、面白いくらいにセナの表情が柔らかくなる。
「えへへ」
なんだか嬉しくなってリズムを早くする。
「ふふ……なぁに……そんな楽しそう……れおくん」
続いた寝言はおれを喜ばせるには十分だった。
「〜♪〜♪」
もっと楽しませたくて、寝ているセナに喜んで欲しくてリズムを出鱈目にしてみる。
「んん……っ……」
再び眉間に皺が寄ったかと思うと、瞼がゆるりと開いて綺麗な空色の瞳がおれを捕らえた。
「ちょっとぉ」
起きたらいつも通り不機嫌なセナで思わず「あらら」と笑ってしまう。
「夜中に騒がないの。近所迷惑でしょお?」
むんずと頭を掴まれたかと思うと思いっきり睨まれちゃった。これにてゲームオーバーだと苦笑いするおれにセナは大きなため息をつく。
「せっかく寝室に入ったんだから寝るよぉ。あんた最近、夜更かしばっかりだよねぇ?」
「わっ!」
そのままグッとベッドに引き込まれる。
「おやすみぃ。良い夢みなよ」
おれを抱きしめてセナはそんな事を呟いて目を閉じた。綺麗な寝顔が数センチの距離にあって眠れる人間がいるだろうか。いや、いるわけない。
「インスピレーション!」
これを逃したら世界的な損失な気がする!
「あんた良い加減にしなよね!今日は寝るの!」
ベッドから抜け出そうとしたら、セナにギュッと抱きしめられて阻まれてしまった。
「まったく……本当に手がかかるペットなんだから」
セナはそんな事を言って、ポンポンとさっきおれがしたように背中を叩いてくれた。それがなんだか心地よくて、まぁ今日くらい良いかと彼の胸に頬を擦り寄せる。
「おやすみ、セナ」
「おやすみ、れおくん」
暗い室内に二人の声が静かに響く。今夜はすごくいい夢が見れるような気がした。