はじめてのともだち 初めての友達、はじめてのともだち、ハジメテノトモダチ。
友達だろ? と口にしたのはいつだったか。はっきりとこいつは友達だと思えたのはいつだったか。
おれが何しててもちょっとぉ! の一言で済ませて、決して捨てることはしない、瀬名泉という男。
どこで何をしてても、おれを探しに来ては、ほら行くよ、と手を引いてくれる、おれの唯一の友達。
いつ会いに行ってもひとりぼっちで、ひとりで頑張ってて、そのくせ誰にも心を開かない。それが面白くて、気づいたら好きになってた。知ってるか? あんなに冷たい目をしているのに、おれの前だと笑うんだぞ? お陰で音楽が溢れて仕方がないから曲にするしかないよな! って何曲も作ってたらまたセナが笑った。あんた変わってるねって。そんなおれと一緒にいるおまえも結構変わり者だと思うけどな? あ、おれたち変わり者同士だから、一緒にいてこんなに楽しいのか? 今日はどんな初めてをおれにくれるの、セナは? 毎日楽しくて仕方がないんだけど。
「あんたさぁ。俺のこと見つけたら毎日抱きついてくるけど、どういうつもりなのぉ?」
「ん? 特に意味なんてないけどな! セナが好きだから抱きついてるだけ!」
「また好きって……あんたの好きは軽すぎなんですけど。いっそ付き合ってみる?」
「えっ?」
「えっ?」
おれよりも、口に出したセナが一番驚いていた。咄嗟に手を口に当てて、目を見開いている。
「ほ、ほら! また新しい霊感とか生まれるかもしれないし! 別に深い意味はないから!」
「お、おお~!? なるほどな! セナが新しい刺激をくれるなんて益々無限に曲が生まれそうだ! セナは優しいな~! じゃあ付き合おう!」
「へっ?」
「ん? ダメなの?」
「そんな軽くて大丈夫なの?」
「えっ、だってセナのこと好きだし?」
「あ、あっそう」
セナが言い出したくせにいいよと返事したら、あっちの方が戸惑っていた。なんでだよ。付き合うって、ただ友達の延長みたいなものだろ? セナはおれともっと仲良くしてくれるし、セナはおれの特別なんだって証明してくれる魔法の関係じゃん。
「セナは? おれのこと好きじゃないのか?」
「まぁ……嫌いではないけど」
何やら難しい顔をしてセナがぶつぶつと答えた。なんだよ、相変わらずはっきりしないな、セナは。
「あー、えっと……よろしくね、れおくん」
「うん! こちらこそよろしくな、セナ!」
嬉しくなって満面の笑みでセナを見ると、頬ならず耳まで真っ赤にして彼も笑ってた。セナが嬉しそうだからおれも嬉しい。
こうして今日から、セナは初めての友達から初めての恋人になったのだ。
友達から恋人になったと言え、おれは普段と変わらずに過ごしていたし、なんならあまりに友達と変わらなくて、恋人であることすら忘れそうになっていた。
「あ、セナ! おはよ~!」
「おはよ~って、もう昼過ぎなんですけどぉ? 何してたわけ?」
「気づいたらお昼だったんだよな~! わはは!」
「笑い事じゃないからねぇ? お昼食べたの?」
「まだ! 朝から何も食べてない!」
「はぁ……。そう言うと思ってお弁当作ってきたけど、食べる?」
「えっ、おれのために? 食べる食べる! セナ愛してるぞ~!」
セナがわざわざおれのためにお弁当を作ってきてくれたのが嬉しくて、いつも通りセナに抱きついた。すごい! なんか恋人感がある! 今すぐ『セナのお弁当は世界一』の音楽を書き留めたい!
「わひゃっ!? えっ、えっ!? セナ!?」
いつもなら、暑苦しいから離れてとか言っておれを冷たく離そうとするセナだけど、今日は違った。セナがおれの背中に手を回して、ぎゅっとおれを抱きしめているのである。セナの香りがふわっとおれを包み込む。なにこれ。
「頭でも打った……? わっ、」
「はぁ? そんなわけないでしょ。こ、恋人だから、こういうことも……その、するのかなって」
もごもご、セナがおれの耳元でなんか言ってる。セナの息がかかりそう。むしろもうかかってるし、くすぐったくて、その上心臓の音が跳ねてうるさい。
「うわっ、あっ、」
「ちょっと、うるさいし変な声出さないでよねぇ?」
「耳元で喋んないで! おれ変な気分になりそう!」
「変な気分って何?」
「わかんない! でもダメ! 一回離れて! おれ死んじゃいそう」
脳内がパンクしそうになって、セナに一旦距離を取ってもらった。えっ、なに、恋人ってこういうことなの? なんか、うまく言えないけどやばい。目が回りそう。
「れおくん大丈夫? お腹空き過ぎて気分でも悪い? 保健室行く?」
「い、一回保健室行った方がいいかもしれない……」
「えっ、ほんとに? 今すぐ行こう。ほら」
変におれのことを心配してくれたセナが手を差し出した。おれはその手を素直に取って二人で立ち上がり、保健室を目指す。特に体調に異常はない。心臓の音がうるさくて、少し呼吸がしづらいだけだ。ちょっと休んだら大丈夫なはず。
「わぁぁっ!?」
「今度はなに?」
手を繋いだ。それはまぁいい。普通に繋いでいたはずなのに、セナの透き通った白い指がするするっと動いておれの指の隙間に入っていった。こ、これはいわゆる恋人繋ぎっていうやつじゃないのか?
「セナ、その、手が……指が……」
「なに? 恋人なんだから普通でしょ?」
フツウ。これが普通なのか? もうおれの心臓は爆発寸前なんですけど。
「明日には熱が出るかもしれない……」
「そんなに悪いの? 大丈夫? 家まで送ろうか?」
真剣に心配してくれるセナだけど、いつかそのセナに恋人っぽいことをされ続けて心臓を止められる日もそう遠くないと、今から違う心配をするおれなのであった。