ルクジェミワンドロワンライ「キャンプ」 金属を金属で叩く小気味良い音が響く。都会の喧騒と無縁の山奥では、キンと透き通るようなそれはことさらよく響いた。
「ふぅ……」
ルークは額に浮かんだ汗を拭い、できあがったテントの完成度に大きく頷いた。
「よし! 完璧!」
「手際いいじゃねーか。意外と」
満足げなルークを茶化す声は彼のライバルであり恋人のジェイミー・ショウのものだ。近場の切り株に腰掛ける彼はジャガイモの皮を器用にナイフで剥きながらルークの作業を見ていたらしい。
そんな彼の本日のスタイルは、普段高い位置で結い上げた黒髪を緩めに纏め、キャップの後ろから黒馬の見事な尾のように流していた。服装もいつもと違い、ラフだが素肌を見せない長袖とハーフパンツの下にタイトレギンスを身に付けたアウトドアスタイルだ。
「〝意外と〟ってのは余計だよなぁ?」
厚い唇をむいと突き出しながら文句を言うルーク。いわゆるアヒル口というやつだろうが、何故かルークがやると「可愛い」と「面白い」が混ざってジェイミーは毎度笑いを堪えるハメになる。
「いやいやだってよぉ、普段のお前見てると作るより壊す方が得意じゃん?」
我慢できない笑みを滲ませながら指摘してくるジェイミー。脳内で咄嗟に浮かんだボロボロのサンドバッグ達をルークは一旦頭の隅に追いやって「そ、そんなことねーよ」と信憑性ゼロのどもった返事をした。
「にゃはは! まぁそういう事にしといてやるよ」
どちらが年上か分からないやりとりをして、ジェイミーは自分の仕事が終わったのかおもむろに立ち上がった。クーラーボックスから表面に汗をかいた二人分のボトル入りミネラルウォーターを取り出し、同じく汗をかいたルークに一本投げて寄越す。
「さんきゅ」
「ん」
並べて置いた青と黄色のアウトドアチェアにそれぞれ腰掛ける。広々とした自然の中にしては窮屈にも思えるほど隣り合って置かれたそれら。肘置きに腕を置くと、互いの指先がほんのわずかに触れ合いそうな距離だ。
「テント、どっかで練習とかしたわけ?」
ちゃぷりとペットボトルを軽く揺らしながらジェイミーがぽつりと聞く。
「……昔、親父が休みの日はよくキャンプしたんだ。そん時に教えてもらった」
父親というものに対して良い思い出がジェイミーに無いのは知っている。だからルークは一瞬躊躇った。問いかけに「まぁな」と一言で済ませても良かったが、ルークは正直に話した。
「親父さん、教えるの上手かったんだな」
ルークの心配に反して、ジェイミーはとても穏やかな顔でそう返した。目尻をゆるりと下げてこちらへ微笑むジェイミーの表情には、ルークの思い出を、彼の父親を尊敬する気持ちを共有したい。そう映してあった。
「ジェイミー……」
「ん?」
ルークのかさついた指先がジェイミーの指先に触れる。どちらともなく掌を重ね、指と指を交互に絡ませる。
「次は俺がジェイミーに教えるよ。親父が教えてくれたこと、ジェイミーにも知ってほしい」
きゅ、と優しく力を込めて握られた手を、ジェイミーは挑戦的にもっと強く握り返した。
「教官どのの教え方、お手並み拝見だな」
突如吹いた強い風にジェイミーの黒髪がたなびく。美しく、そして悪戯っぽく笑ったジェイミーの顔が赤いのは夕焼けのせい……だけではないだろう。
おまけ
「なんかよぉ、こーんな山奥でキャンプしてるとお前がこないだやってたゲームみたいじゃね? ゾンビパニックで人類滅亡した中でサバイバル生活するやつ」
「おまっ……そういう事言うなよ!」
「にゃっははは! なんだよビビってんの?」
「び、びびびってねーよ!」
「ははは! は〜ウケるわ〜……あ、でもよぉ」
「なに」
「ルークと二人なら、世界が滅んでもずーっと楽しそうだなぁ」
「………あの、ジェイミーさん、酔ってる?」
「んっふふふ…………ぐぅ」
「え、寝た? マジで寝た? 可愛い事言うだけ言って寝落ちとか冗談じゃねーぞおい色男」
「……ぅるせぇ」
「てめぇやっぱり起きてんじゃねーか!!」
その後、夜がとっぷり更けてもルークの作ったクソデカテントはどったんばったん揺れていましたとさ。
おわげき♡