口実/クレアデルネ【口実】
困った。僕はこの頃、シルバー先輩に会うため、いろいろなことを口実にしてきた。今日は雨で外で身体動かせないから、勉強教えてください、だとか、一緒に運動場で走りませんか、だとか、良かったら一緒にご飯とかどうですか、とか。シルバー先輩はそのどれも嫌な顔せず、都合つくときは僕に時間を取ってくれた。
でも、困ったことに、もうそんな誘いをする口実がない。ひとつひとつ言い訳に使っていったら、もう使える口実がなくなっちまった。どうしよう。もっと一緒にいたいけど、でも、これ以上は迷惑、だよな。
そう思って、シルバー先輩に言った。
「これからはちょっと、今までみたいに一緒にはいられないかもしれないです」
シルバー先輩は尋ねた。
「何故だ?」
「えっと……。その、なんていうか。先輩に会いたくて、一緒にいる言い訳探してましたけど、それがもうなくなっちまって」
そう答えたら、シルバー先輩は首を傾げた。
「他に理由などなくとも、一緒にいたいからいる、ではいけないのか?」
「ぼ、僕はいいですけど……。先輩は、いいんですか?」
恐る恐る尋ねると、シルバー先輩はふっと優しくほほ笑んだ。
「一緒にいたいと思っていたのは、お前だけではないということだ。……今まで口実を作ってくれたこと、感謝する」
僕はなんとなく気恥ずかしくて、頬が熱くなるような感じがした。
*おしまい
【クレアデルネ】
『今夜、夢の中へ迎えに行く』
初めにそう言われたときは、冗談だと思ってた。まさか、本気だったなんて。悪戯が成功した子どもみたいな笑顔で、目の前にその人は立っている。
「迎えに来た」
夜も更けたハーツラビュル寮の窓を叩いて現れたシルバー先輩は、まるで他の奴が起きないようにとでも言うかのように人差し指を口の前に当てて、窓を開ける僕の手を引いた。
それから僕が連れて行かれた先は、月明かりに照らされた薄青色の石畳だけが照り返す、人気のないメインストリートで。
「ここなら、誰もいないだろう。デュース」
「なん、ですか?」
そしてシルバー先輩は恭しく僕の手を取り、言うんだ。
「俺と、踊ってくれないか?」
「……僕、ダンス得意じゃないですよ。特に、こういうのは」
「かまわない。お前と、夜のひとときを過ごしたいだけだから」
そして僕たちは踊り始める。誰もいない夢の中、二人きりで、青白い月のスポットライトだけを浴びながら。
(ああ、僕はきっと。目が覚めたら、この素敵な夜も忘れてしまうんだろうな。僕はいつも、夢を覚えていないから)
勿体ないと思いながら、きっと、この夜が明ければ忘れてしまうワルツのステップを踏む。
そのうちに案の定、僕は踵を躓かせて転んでしまって。
「うわっ」
「大丈夫か?」
「大丈夫、ですけど……」
シルバー先輩が抱きとめてくれたから、大きく転んだり、怪我したりはしてない。でも、夢の中でまで僕は上手に踊れないのか、なんて落ち込み半分に拗ねていると、シルバー先輩が僕の頬を撫でた。
「なんだ。また上手く踊れなかったと拗ねているのか?」
「また?」
僕、さっきも同じようなこと言ったりしたか? ……してない、よな?
どういうことだろうとシルバー先輩を見つめていると、シルバー先輩は僕の目を見つめ返した。
「安心しろ。だんだん上手くなっている」
「え? それって……」
ひょっとして、先輩がこんな風に逢いに来たのは、この夜が初めてじゃ、ない?
「先輩、」
僕がそのことを尋ねようとすると、シルバー先輩は綺麗な微笑みを浮かべて、今度は僕の唇に人差し指を当てた。
「時間だ」
先輩が、人差し指越しに僕の唇へキスをしようとする。そこで、夢は途切れた。
……懐中時計のアラームで起きると、そこはいつものハーツラビュルの4人部屋、僕のベッドの上。
なんだか不思議な夢を見た気がしたけれど、やっぱりその内容は思い出せない。ただ、とても――ドキドキと、鼓動が波打つような感じだけが残っていた。
*おしまい