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    美晴🌸

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    ひとつの箱の話

    #くりつる
    reduceTheNumberOfArrows

    大倶利伽羅のカラクリ箱 鶴丸の部屋には一つ、カラクリ箱が置いてある。四角い、木製の小さな箱だ。鶴丸は時たまそれを開けようと挑戦していたが、うまくいかないようだった。
    「昔は、開いたんだがな。仕掛けがどこかで引っ掛かっているのかもしれん」
     箱はなにか入っているようで、中で硬い物がぶつかる音がする。
    「まあ、今はきみを育てるので忙しいしな」
     にっと鶴丸は笑う。
     大倶利伽羅はこの本丸の中では比較的遅い顕現である。そのため、日々この鶴丸によって厳しく鍛えられていた。鶴丸の練度は頭打ちで、今は出陣よりも新人教育の方に深く携わっている。
    「貰い物だったんだ。何度もひっくり返して、いじって、初めて開けられたときはそれはもう驚きだったものさ」
     鶴丸は愛おしそうに箱を撫でる。
    「そうだ、きみ。そろそろ顕現して一年経つだろ。お祝いに、なにか欲しいものはあるかい」
     大倶利伽羅は考えた。しかしゆっくりと首を横に振る。
    「特には、ない」
    「欲のないやつめ」
     鶴丸が唇を尖らせる。
     欲しい物は、あるような、ないような。
     けれど敢えて口にするようなことでもなかった。
     暇があれば鶴丸はカラクリ箱をいじっている。そこまでして開けたいのであれば壊せばいいだろうと思ったが、そんなのつまらんと一蹴されてしまった。ここまで来ると、意地のような物なのだろう。
    「中に、何が入っているんだ」
    「昔は花の種が入っていたな。ほら、俺が育てているやつ」
     ああ、と大倶利伽羅は思い出した。竜胆である。鶴丸が大切に育てているのを、大倶利伽羅は知っていた。
    「種から育てたから結構大変だった。初めて咲いた日のことはよく覚えているぞ。きみが顕現した日だ」
     なにかの兆しというやつを感じたんだと鶴丸ははにかんだ。
    「今はなんとなく別のものを入れているんだが、取り出せなくなってしまったなあ。いっそ、このままであるのが一番いいのかもしれないな」
     それでも、時間があるたびに鶴丸は箱を開けようと触れている。

     ある日のことだ。本丸中が慌ただしくなり、久しぶりに鶴丸に招集がかかった。
    「厳しい戦になるな」
     鶴丸が戦装束を身につけていく。これくらいは、と大倶利伽羅も怪我した身体に鞭を打ち支度を手伝った。なんとなく、予感があったのかもしれない。
     第一部隊はほぼ壊滅の状態で帰還した。第二部隊はまだ戦場に取り残されている。仲間の救出と、敵の殲滅。その目的のため、鶴丸は久方ぶりに戦場に立つ。腕が鈍っていなければいいなと鶴丸は笑うが、それは杞憂であることはこの本丸で育てられた大倶利伽羅がよく知っていた。
    「もし、あの箱が——」
     鶴丸は口を開き、いや、と首を横に振った。
    「なんでもない。行ってくる。主たちを、よろしく頼む」
     大倶利伽羅に言い残し、鶴丸は出立した。
     そして、戻っては来なかった。見事、敵の総大将と相打ちになる形だったという。

     破片が回収できただけでも、幸運だったのだろうと思う。
     大倶利伽羅がこの破片をあのカラクリ箱に納めようと考えたのは、当然の流れだった。
     鶴丸の部屋に入り、箱を手に取る。振ると、硬い物がぶつかる音がする。
     ずっと、わかっていた気がするのだ。この箱の中身が。
     縁側に座り、鶴丸がそうしていたように、触れ、何度もひっくり返し、弄っているうちに、意外にもあっさりとその箱は開いた。
     そこに入っていたものは、見間違えようもない、予想通りの物だった。大倶利伽羅は箱の中に鶴丸国永の破片を入れ、もう一度箱を閉じる。
     振ると、音がふたつぶん、鳴った。

    「伽羅坊、なにしてるんだ」
     大倶利伽羅が自室で箱に触れていると、ひょっこりと鶴丸が覗き込んできた。
    「なんだい、これ」
    「……カラクリ箱だ」
     以前開いた箱は、再び開かなくなってしまった。前はこのような手順で開けたような、と記憶を辿ってみても、やはりうまくはいかない。
     へえ、と鶴丸が大倶利伽羅の手から箱を取り上げ、弄ってみるが、早々に諦めて畳に寝転がった。
    「駄目だ、俺には向いていない。この間だって、知恵の輪を壊して解いてしまったからな」
     同じ鶴丸国永でも、以前ここにいた鶴丸とはやはり違う。
     あの鶴丸が折れて数ヶ月後の秋のことだ。竜胆が咲いた日、兆しというものを大倶利伽羅は感じていた。
     そうしてその通り、この鶴丸は顕現した。
    「開かないのかもしれないな」
     大倶利伽羅は鶴丸から箱を取り上げる。
    「必要なときに、開くんだろう。そしてもう、必要なときはこない」
     大倶利伽羅の言葉に、へえ、と鶴丸は声をあげた。
    「そいつぁ、幸せなことだな」
    「幸せ?」
    「その箱は、役目を終えたんだ。道具にとって、本望なことだろ」

     そうだな、そうかもしれない。
     大倶利伽羅は箱から手を離す。

     箱は二度と、開くことはないだろう。
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