墓標、あるいは。『伽羅坊、好きだぜ』
庭の隅、今日も今日とて穴を掘って言葉を埋める。言霊というものがあるとして、それを埋める自分はなんなのだろう。
しっかり死んでくれよと穴を埋め、数日後再び穴を掘る。
想いが死んでくれる日はまだ来ない。掘り返されてもいないのに。
大倶利伽羅が鍛錬に使っている場所には紫陽花が咲いている。庭の隅にあるため、人気はあまりないので気に入っていた。誰も周りにいない静かな場所。
なので、その声を聞いたのも大倶利伽羅だけであった。
『伽羅坊、好きだぜ』
まずは紫陽花が喋ったことに驚いた。次にその内容に驚いた。
そしてそれが誰の声なのか気がつき——もっとも大倶利伽羅を坊と呼ぶのはたった一人だけなのだが——驚いた。
紫陽花の影を見てみても鶴丸が隠れている気配はない。となると、やはり紫陽花が喋っているのだ。
『伽羅坊、好きだぜ』
幻聴だ。そうに違いない。まさかここに誰かを連れてくるわけにもいくまい。そのときは幻聴でなかった方が困る。鶴丸が大倶利伽羅に告白をしている。まるで録音機器のように紫陽花はその言葉を再生している。しかしそれは本当に鶴丸の気持ちなのか。
紫陽花の声は悲壮に満ちている。好きだぜ、というくせに、まるで断罪を待つかのような声である。
『伽羅坊、好きだぜ』
幾度も幾度も、紫陽花は繰り返した。
「なにじろじろ見ているんだ」
内番の際、鶴丸に指摘された。野菜の収穫をそっちのけで鶴丸の方を見ていたらしい。鶴丸の白い首が汗ばんでいて、それが気になったのだ。ということを馬鹿正直に言うわけにもいかないので、見ていないとぶっきらぼうに返す。鶴丸は納得していない様子であった。
紫陽花があんなことをいうから。
鶴丸を意識してしまう。あれは本当に鶴丸の気持ちなのか。ただ適当な言葉の羅列がたまたまああいう形になっただけではないか。わからない。なにもわからない。
「きみがわからない」
と、鶴丸に言われた。
「やたらと俺を見るくせに、見ていないと返す。どうしたんだと聞いてもなんでもないと言う。俺はきみに、なにかしたか」
「お前には、関係がない」
嘘だった。鶴丸のことを考えるからこうなるのだ。けれど鶴丸の声があまりにも悲しげで、紫陽花の告白を思い出したものだから、それを打ち消したかった。
そんな大倶利伽羅の気持ちとは裏腹に鶴丸は珍しくはっきりと傷ついた顔をして、そうかい、と吐き捨てるように言ってその場を後にした。
傷つけたいわけではないのだ。『伽羅坊、好きだぜ』なのにあの声が、『伽羅坊、好きだぜ』頭から離れない。『伽羅坊、好きだぜ』ぐるぐると、ぐるぐると。
あの紫陽花はなんなのか。あの声はなんなのか。大倶利伽羅は再び紫陽花の前に立っていた。
ふと、その真下の土が柔らかいことに気がついた。すぐ隣に、捨てられるようにスコップが置いてある。なにかを誰かが埋めたようだ。
意を決し、大倶利伽羅はスコップを手に取り、土へと突き立てた。
ここになにがあるのかは知らないが、掘り出して曝け出してやりたいと思ったのだ。
なにか大切なものがここにはしまわれているような気がした。
それはいったい、誰にとっての宝物なのだろう。