「 」 1ヶ月に1日だけ、本丸が無音で包まれる日があります。さて、始まりがいつだったか、それはもうすっかりと昔のことなので覚えていませんが、そういうものだとみんなはわかっているので慌てることはありません。新しく顕現した刀には、もちろんしっかりとそのことを教えてあげることにしています。
なにも聞こえないのは危ないので、その日はみんな部屋に引きこもっています。集まったとしても二、三人。朝の鳥の鳴き声が聞こえないまま目覚め、夜の虫の鳴き声が聞こえないまま眠る一日になります。
大倶利伽羅は普段から騒がしいことを望まないため、この沈黙の一日についても動揺せずいつも通り過ごしています。今日は、部屋の掃除をすることにしました。
普段から整理整頓を心がけてはいますが、埃というのはそんな習慣とは関わらずに溜まっていくものです。遠征や出陣で不在にしがちなので、どうしても仕方がないことなのです。
はたきを手に取り、ぱたぱたぱた。もちろん、音は聞こえませんけれど、不思議なもので、そういう風に聞こえる気分になるのでした。
掃除をしていると、いつの間にか鶴丸が部屋に入り込んでいました。沈黙の日、いつも鶴丸はこうして部屋へと潜り込みます。
気配で気がつきそうなものですが、この男ときたら、存在感があるのかないのか、実によくわからないのです。大倶利伽羅が鶴丸に気がつくと、悪戯が成功したかのように笑うのでした。
ぱくぱくぱく、と鶴丸がなにかを喋ります。もちろん、聞こえはしません。それがわかっていて、鶴丸は喧しく喋り続けます。
対して大倶利伽羅が口にするのは、ほんの短い言葉です。聞こえないはずの言葉を、楽しそうに鶴丸は聞いています。
さて、大倶利伽羅も鶴丸も、実は唇の動きで相手が何を喋っているのかある程度想像できます。鶴丸は表情豊かであるし、そうでなくたって、ふたりは長い付き合いです。
だけれどふたりとも、わからないふりをしています。
お互いに沈黙の日に話すことを、それ以外の日や場所で話すことはしません。
沈黙の日にだけ、特別なことをまるで日常のように話します。
また、きっと、1ヶ月後も同じことをするでしょう。
「 」について、お互いに語り合うのでしょう。
聞こえないはずの言葉は、胸の中に響いています。