味噌ラーメン前夜 子どもというのはしばしば突拍子もないことを言う。そこには彼らなりの道理やこだわりがあるのだと、よく耳を傾けてみればそれが分かることもある。
「俺が明日の試合勝ったら北海道に来て」という及川の発言も、おそらくそういう類のものだろう。こいつは時々呆れてしまうくらい幼稚なところがある、人のこと言えないが。
俺は突っぱねずにフンフン、どうした?と傾聴の姿勢をとったが、よくよく聞いてもそれは「北海道で待ち合わせてラーメンを食べたい」という依然としてわけのわからない主張だった。
「負けたらナシなわけ?」
「だってそしたら次の日も試合だもん」
「あ、そうかお前」
「そう、今中国。急だけどスケジュール空いてさ、せっかくだから」
せっかくというほど近い距離でもないと思うが、及川は部活帰りにメシ食おう、くらいの気軽さで言った。商店街でラーメンを奢り合った頃から時は流れ、この男は庶民的感覚をとうに失ってしまったのかもしれない。
でも、今も及川は日本に来ると、たまにはいいでしょ。と言ってスーパーで投げ売りされているようなチープな味の菓子パンを食べるし、ガチャガチャに500円は高いって!と俺に言ってくる。そういうところがけっこう好きだ。
「スネ夫がさ」
「スネ夫?」
「金曜に飛行機乗って、札幌までラーメン食べに行く自慢する話があってさ。昔ムショーに羨ましかったんだよね」
「確かにお前ドラえもんで言ったらスネ夫だもんな」
「え〜ウソでしょ?じゃ、こうちゃんは?」
「俺はー、ドラミちゃん?」と目をぱちくりさせてなるべく可愛い顔(ビデオ通話にしておけばよかった)と声音で答えた。
「え〜、分かりそうで全然分かんない」
ちょうど明日は金曜で、「俺仕事なんだけど?」
「仕事終わりに飛行機飛び乗って会いに来るのがいいの!ロマン!」
そんなロマン聞いたことない。釈然としないままカバンに替えのパンツや靴下を放り込む。及川ほどでないが旅支度にはわりと慣れている。北海道なんて近いものだ。これが惚れた弱みというものか。
「え、いける?航空券と宿は取るからね。で、一泊してラベンダー畑でもぶらぶらして解散。」
「なに、ラベンダー畑でプロポーズでもしてくれんの?」
と深く考えずに口にしたら及川は「ん?」と言った。分かりやすい。プロポーズかは知らないが間違いなくなにか企んでいる。向こうも取り繕っても無駄だと思ったのか「まあまあ、心の準備しといてよ。絶対勝つし」と溶けていくバターみたいな声でささやいた。ハッタリは得意なのに俺に嘘がつけない。そういうところも子どもなのだ。
とはいえ俺も、遠足前日のようにそわそわして楽しみで全然寝つけなかったのだけど。2人でラーメンも旅行もずいぶん久しぶりだから。