虚像に捧ぐ平穏が戻ったとある日のブルーベリー学園。昼休みが過ぎて、もう直ぐ午後の授業が始まるという時間帯。
「やっちまったべ……急がねえと……!」
俺、スグリはうっかり次の授業で使う教材を自室に忘れて、慌てて男子寮を早歩きしていた。
走ったら怒られるし危ないからなんとか我慢してたけど、忘れたソレは必須とも言える大事な物で。早く持って教室に戻らなければと凄く焦っていた。
「授業が始まるまであと何分だ……!?間に合え間に合え……!」
チャンピオン時代の癖で独り言を零しながら、近道を使って進む。
「ん?」
そこでふと、見知らぬ大きな影に囲まれる見知った白髪が目についた。
服装はいつもと違うが、あの髪とシルエットは。間違い無い。
「カキツバタ?」
「っ!!」
なんでこんなとこに、さてはまたサボりかと急いでいる身でありながら構いに行く。
躱されるのは明らかだったが、でも今日も欠席だなんていよいよ四留してしまう。心配半分、呆れ半分で小言を言おうとした。
しかし、彼の周りに居る複数の大男に睨まれ、思わず足が竦む。
「え……カキツバタ、この人達は……?」
なんだか異様な気配を感じて怖くて、関係性を尋ねると。
「…………親戚」
と答えられ、安堵した。なんだ、カキツバタの身内なのか。
多分知らない生徒がいきなり近づいたから警戒しちまったんだな。そう結論付けて、俺の方から謝っておく。
「って、カキツバタその人達とどっか出掛けんの?」
「…………ん。ちょっと、実家の方でトラブルあって。先生には外泊届け出してくるけど、急いでるから……タロ達に『暫く留守にする』って伝えといてくれないか」
「そういうことなら構わねっけど。授業はいいの?」
「…………………………」
「? カキツバタ?」
家の事情なら仕方ないが、それにしても急だ。
でも、訊きたいことが沢山あったのに近寄ろうとすると阻まれる。
「カキツバタ様。そろそろ参りますよ」
「……うん。じゃあ、スグリ。元気でな」
「…………?あ、うん……カキツバタも気を付けて………」
カキツバタはあっという間に親戚達に連れて行かれて、俺は呆然とその後ろ姿を見送った。
「……なんか、引っ掛かるべ」
『元気でな』ってなんだ?別に一時的に帰省するだけだべ。そんなに時間掛かる用事なのかな?
それにアイツ、いつもはポーカーフェイスのクセに顔強張ってて…………
「あ!授業!急がねえと……!」
考え込みそうになったものの、直ぐに当初の目的を思い出して走り出した。もうそうでもしないと間に合わないと思ったからだ。
……いけ好かないカキツバタのことだったから、さっきの出来事は頭の中から一瞬で吹っ飛んだ。
とにかく、自分も休学によって単位が危ないのだからと教材を回収してなんとか開始時間ギリギリに教室に戻り、いつも通り授業を受けたのだった。
いつの間にか気を失っていたらしい。ふと目を開けると、知らない天井が視界に入った。
「………………はぁ」
多分薬かポケモンの技で眠らされたのだろう。オイラは額を抑えながらゆっくり起き上がる。
やはり何処からどう見ても来た覚えの無い部屋に居た。寝かされていたのは無駄に豪華で寝心地の良いベッドで、室内自体も妙に広い。冷蔵庫だとかタンスだとか……多分トイレやバスルームに繋がってる扉もあった。
拘束はされていない。だが出口と思われるドアは、立ち上がって触ってみたところ施錠されていて開かなかった。
当然と言えば当然だ。……自分はあの親戚連中に拉致されたのだから。
一応合意はあった。しかしそんなの殆ど建前だ。なにせヤツらは、オイラの後輩達の名前を出して……要は人質にしてあの学園から連れ出したんだ。
『調べはついているんですよ、カキツバタ様。アカマツさんにネリネさん、スグリさん、ゼイユさん……ああ、ヤーコン氏の娘やパルデアのチャンピオンも可愛がっているようですね?』
『抵抗すれば彼ら彼女らがどうなるか……お祖父様に似て聡明な貴方様なら分かるでしょう?』
まあ典型的な脅し文句だ。あんなことを言われる日が来るとは……笑えない。
無関係なアイツらになにかされるかもしれないとなると従う他無く、結局こんな所にまで連れ込まれてしまった。さて、ここからどうしたもんか。
部屋の中を隅から隅まで、それこそ天井や冷蔵庫の裏まで見ると、監視カメラだとか盗聴器だとかなんかのセンサーっぽいのとか、ヤバい物が幾つも見つかった。
スマホロトムも無い。ポケモンも取り上げられてる。なんとかなるだろと大人しくしてたが、普通にピンチかもしれないな。
トイレやバスルームも確認したが、使えそうな物は発見出来ず。ていうかここにも監視カメラあんのかよ。趣味悪い……最悪だ……
「はぁぁ〜〜〜〜っ………」
そもそもが、ヤツらは我がドラゴン使いの一族の後継者……つまり次期当主は現当主の血を継ぐオイラがいい、という考えでこんな真似をしたとのことで。
でもオイラは当主とかそんなの興味も無いのだ。一応昔は、少しはそう在りたいと思ってた、気もするけど。今はもう殆どイッシュチャンピオンである義姉で確定状態。成長するに連れて視点も変わり、むしろそんな面倒な役回りゴメンだと言いたいくらいには吹っ切れていた。
なのに急にこんなことになっちまって……やってられねえ。タロ達怒ってるかなあ。スグリに伝言頼んだとはいえメッセージの一つも送れなかったからなあ。
「………………まあ、アイツらはオイラが居なくても気にしねえか」
居ても居なくても同じで、むしろ厄介者である自分が消えたところでという話だった。バカバカしい。
どうあれこのままおかしな方向に話が転がっても困る。なによりポケモン達が心配なので、早く脱出しなければ。
逃げた後どうするか、はこの際逃亡に成功してから考えるとして。作戦を立てよう。
ベッドの上に倒れ込み、ぼんやりと頭を回す。薬が抜け切っていないのかまだ若干ふわふわしていた。
「…………ジジイ過激派厄介野郎が居るとは知ってたが……こりゃねえだろぃ………」
溜め息を吐きながら顔を覆う。言ってから、この手の発言は控えるべきかもしれないと反省した。なにせ相手が相手で、ここにはカメラも盗聴器もあるんだ。下手に喋っても良いことは無い。
思案してると眠くなってくる。普段の夜更かしが原因のアレとは違い、抗う気力が湧かない程のもので。
(まあ、なるようになる、かな…………)
算段が立たないうちは体力を使わない方がいいかも。そんな言い訳を並べながら目を閉じた。