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    sakugrrd

    @sakugrrd

    翠千で騒がしいやつ。
    成人済腐。
    進捗報告やら完成やら。

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    sakugrrd

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    翠千にハマりたての頃に書いてた話。
    数年後設定。ES世界線からは離れている。
    あと翠の可愛い物好き設定が隠されたキャラ作り。
    途中放置のを見つけたけど、いつもなら書かない章タイトルまで書いてたからできたら完成させたいな。コメショ前に考えたものなので解釈違いはあります。
    本にしたい話、その1

    #翠千
    cuiqian
    #みどちあ
    #数年後設定

    拝啓、悪者ヒーロー様【 手 紙 】


    ――拝啓 守沢千秋様。

    そう書いてある手紙を見つめて、深い溜息が零れた。見た目は無地の白い封筒で、よく見かけるポストカードサイズほどの手紙だ。けれどそれは一枚だけではなく、手元を埋め尽くすほど何枚も積み重なったものだった。
    今日は久しぶりのオフだからと、なんとなく気分で始めた部屋の掃除の途中で、ベッドの下でひっそりと忘れられたように放置された、四角い箱を見つけたのが始まりだ。埃が被っていたふたをあけて、中身を確認した高峯は驚いた。長い間に忘れていた、高峯の数年間に及ぶ思いがこもっているものだったからだ。我ながら情けないとは思う。だからこうして、溜めたこれらを処分しようとしていたところだった。一度も読まれずに封がしたまま、高峯の手紙たちの時間は止まっていた。糊付けのされた開きの部分は、まるで秘密を守ってくれているかのようにぴっちりと離れずにいる。
    こんなもの、いつまでも持っていても仕方がないのに。
    渡す勇気が出ないまま、けれど捨てることもためらってしまって、そのまま月日が流れた――高峯の名前は手紙にない。羞恥心から書くことができなかったのだった。だから、例えこれらを今から郵便ポストに投函したとしても、名前の記載がないのだから高峯からのものだということはきっと分からないだろう。ただこれは、ファンレターでもない。
    そんなものよりも、もっと厄介なものだった。
    「……はぁ。なにやってんだろ」
    思い起こせば学生時代の「甘酸っぱい青春」だったのだと、笑い飛ばせたらどんなに良かっただろうか。だが生憎と、高峯にとってはそんな甘い言葉で片付くことではなかった。それが過去形ではなく、現在進行形の問題だからだ。それでも、あの頃に比べれば多少の傷も癒えたはずだ。
    見つめた一枚にそっと触れながら、高峯は小さくぼやいた。触れた文字は少しだけ走り書きになっていて、勢いのままに想いを連ねたのだろうか。ボールペンで書いた文字は、その当時に自分がどれだけ緊張して、真剣に書いたかがわかる程に線は歪んでいた。そんな当時を思い返すといたたまれなくなって、高峯は箱から出した一枚をしまった。
    「……そういえば最近は顔を見てないな」
    それを言えば語弊が生まれるかも知れない。夢ノ咲学院を卒業後に特撮番組の主役に抜擢されるなど、彼はあちこちで引っ張りだこだった。高峯も同じように卒業後は、本格的にモデルとして活躍し始め、バラエティや雑誌などでも一躍有名になりつつある。流星隊の仲間たちと交流は今でもあるが、多忙な先輩方とはあまり時間を取れずにいた。
    つまり高峯がよく見ているのは、画面の向こう側の姿だけだった。
    そういう意味では毎日のように姿は見かけている。最近では朝の情報番組でも出ているのを見かけた。今日の朝も「おはようございます!」と相変わらずの元気な声でカメラに向かっていたのだった。
    「ああいうとこ、ホントに変わんないよね、あのひと」
    何一つ変わらない笑顔は、高峯を勇気づけてくれていた。学生時代から、彼を鬱陶しいといつも感じていた高峯を、最後まで見離さず、手を引いてくれていた。そのおかげもあり、高峯はずっと「有り得ない」と思っていたこの業界に身を置くことになったのだ。その中でも高峯の高身長と美貌は、モデル界でも一目置く。最初は恐れ多かったこの仕事も今ではすっかりと馴染んだ。挫けそうなとき、学生時代を思い出しては自分を鼓舞して、そうして築き上げた城は、高峯に少なからずの自信をつけさせてくれたのだ。もちろん自分の努力もある。けれどそれ以上に、共に青春時代を駆け抜けた彼がいたから、ここまで来られたおかげでもあると、改めて高峯は感じていた。
    感謝をしても足りない、いや、まだ返し切れていないものが沢山あるだろうか。きっと彼はそんなつもりがなく、高峯が何かを返したいと思っていても「気にするな!」と笑って言ってのけるだろう。それが彼の良いところでも、悪いところでもある。時々それが、高峯にとっては酷なことだった。
    「……捨てよう」
    思い出に身を寄せたところで現実は変わらないし掃除も終わらない。このままでは一日掛かりになってしまうだろう。高峯は箱のふたを閉じて、これで彼への思いから解放されるだろうかと少しばかりの期待を込めつつ、束にして重ねた不要な雑誌類の上にそれを放り投げた。
    「とりあえず、いらないものとか整理しないと――……ん?」
    掃除を再開しようとするとタイミングを見計らったかのように机の上に置いていたスマートフォンが震え始めた。今日はオフだから仕事の電話ではないだろう。けれど万が一ということもある。
    高峯は仕方なくスマートフォンを取るために立ち上がった。
    床に散乱した物をうまく避けながら机に辿り着く。手にした端末はまだ震えていた。画面を見るとそこに表示されているのは――噂をすれば影、とでも言うのか。
    久しぶりに目にした名前は、学生時代から変わらない呼び方をしていた。
    「……はい」
    少し躊躇ってから電話に出ると、受話器を通り過ぎて久しぶりに勢いのある声を聞いた。
    『高峯か! 俺だ!』
    ああ、相変わらずうるさい声だ。けれどそれを懐かしく思う自分もいて、そしてどこか安心する。
    そのことを悟られないようにわざと悪態をついてみる。
    「そんなに叫ばなくても聞こえてますよ……――守沢先輩」
    そう言うと「すまない!」とこれまた元気な声が返ってきた。それだけで、落ち着いていた心が湧き上がりそうになる。きっと、あの手紙のせいだろう。ちら、と先程の箱に目を移す。
    受話器の向こうの彼の人の声を聞きながら高峯は生返事を口にした。
    「聞いてますよ」
    『うむ。それで、来週の週末に暇ができたんでな? 久しぶりに会わないか?』
    「えっ、それなら他のみんなは?」
    『それがみんな仕事らしくてな……えと……俺と、二人は嫌か?』
    その聞き方は狡い。
    分かって言っているのかそうでないのか。
    学生時代に散々と自分を振り回してくれた時のような身勝手さはなく、むしろ他人行儀といってもいいほどにどこか余所余所しい声色だ。
    本人は煽ったつもりもないのだろうが、今の高峯には少し質が悪い訊き方だ。好きな人から誘いを受けて、断れるものなら断りたい。高峯は無造作に放った手紙の入った箱を持ち上げて、改めて机の上に置く。再びその蓋をあければ、そこには変わらず沢山の手紙たちが高峯を待ち構えている。
    どうやらまだこの箱を、捨てることはできないらしい。
    「……俺も。午前中は仕事なんで、夜になっちゃうんスけど」
    それでも良かったら、と返すと。
    「ああ、大丈夫だ!」
    受話器の向こうで嬉しそうな声が聞こえた。




    【 再 会 】


    『せっかくなら、行きたい所があるんだ』
    守沢から、そんな電話が来たのはもう一週間前の話になる。
    予定通り半日の仕事を終えた高峯は、指定された場所へとやって来た。
    都内にある小洒落た雰囲気の和食屋だ。外観は高級感の溢れる店構えだったが、どこか隠れ家のようにひっそりとした佇まいをしている。
    こんな場所をよく知っていたなと感心しながらも店先付近に置かれた看板メニューを眺めていると、左肩に強い衝撃を受けた。
    「痛っ⁉」
    「オッス高峯! 早かったな!」
    肩を強めに叩いた当人はあっけらかんとした声色で高峯の名前を呼ぶ。
    誰だよ、という問いかけは無意味なもので、この久しぶりの痛みは間違いなく彼のものからだった。
    じんじんとする痛みに眉をしかめ、そちらに怪訝な視線を向ける。
    「あんた、俺じゃなかったらどうするんスか」
    鋭い双眸を向けても、彼は「すまん」と悪びれずに軽い声でそう言った。それから「そんなに強く叩いたつもりはなかったんだが」と不思議そうに目を丸くする。数年も経てばお互いに体格もそれなりに変わってくるだろうが、彼の腕力は意外と大きい。スーツアクターとしても活躍し、鍛えている彼に、唯一、勝てる要素があるとすれば背の高さくらいかもしれない。
    そんなことを考えて妙に自信喪失してしまいそうな気持ちを振り切って、高峯は改めて守沢と向き合った。いつも画面越しで見ているのだから、直接会ってもそんなに久しく思うことはない。あるとすれば髪の襟足が少し伸びたとかそういった外見の違いくらいだろうと思っていたが。
    こうして改めて対面すると、テレビとはまったく違うことに少しばかり驚いた。見慣れたあの頃よりも、さらに大人びて見えたのだ。年は二つしか変わらないのにこうまで違ってくるものかと、高峯は感嘆の息をついた。
    「……まぁ、顔は童顔だけど」
    「久しぶりに会う先輩に向かってそれはないだろう⁉ ひどいぞお前!」
    「あ、やべ。声に出ちゃってました?」
    「人が気にしてることを言うんじゃない!」
    どうやら本気で気にしていたらしく、いつものように「こらこら」と笑って躱されることはなかった。「ひどいぞ!」と少しだけ拗ねたような口振りは、学生時代どこまでもカッコつけだった彼にしては珍しい反応だ。
    少しは素のままの姿を見せてくれているのかと思うと表情が緩んでしまいそうになる。そんな表情を見せて茶化されるのは御免だ。見られてしまわないように腕で口元を隠し、「すみません」と素直に謝罪した。
    「まったく……お前は相変わらずだな」
    そう言いながらも高峯に向ける表情はどこか嬉しそうで、学生時代から変わらない「先輩」の顔をしていた。けれどそれと同時に見慣れたはずの表情は、ずいぶんと久しぶりのようにも思える。
    それくらい、高峯は画面越しの彼しか見ていなかったのだ。
    「先輩だって同じじゃないですか。とりあえず、こんな店先で立ち話もなんだし、中に入りません?」
    「おっと……道を塞いでしまっていたな、すまない」
    「俺は大丈夫ですけど……」
    少しだけ背後を振り返ると、このお店に入りたそうにしている若いカップルがこちらの様子を窺っているのが見えた。
    入口だけは塞がないようにと端に避けたところで、一組のカップルは安心したように一足先に中へと入っていった。
    「俺たちも入りましょうか」
    「そうだな!」
    言って嬉しそうに先立って入っていく背中を見つめながら、高峯は守沢の後に続いて店へと入っていった。


    外観があれだけお洒落だったのだから、内装もそれ相応の広さなのだろうと思っていた高峯。しかし実際は意外にもこじんまりとしていて、来客という来客もほとんどない。カウンター席とテーブル席が数席あるくらいだったことに少しだけ安心した。おかげで、万が一高い店だったらどうしようという妙な緊張感はほどけてくれた。もちろんそんな様子に「仕事の付き合いで慣れているだろ」と守沢にからかわれてしまったのだが――店に入ってすぐに案内されたのは、テーブル席の奥に密かに設けられた個室部屋だった。
    細い通路を左右に掘り進めたように二部屋が向かい合っており、二人はその一つに案内された。座敷の個室も狭いくらいで、最大でも大人四人が座れるくらいの広さだろう。
    「お冷とおしぼりを失礼いたします。当店のご利用は初めてでしょうか。
    「いえ、大丈夫です」
    「かしこまりました。こちらがお品書きになりますのでご利用ください」
    「ありがとうございます」
    店員の顔をさしっかり見つめて笑顔でお礼を言う守沢。高峯はその笑みを眺めながら同じように御礼を告げて、手渡された熱々のおしぼりを広げた。静かに引き戸が閉められると、先程とは打って変わって浮き浮きとした声が静寂を破る。店員が置いていった和紙でできたお品書きに目を移しながら、守沢が高峯に問いかけた。
    「一度プライベートで来てみたかったんだ。腹減ったなぁ……高峯は何か食べたい物とかあるか?」
    「先輩、ここに仕事で来たことあるんスか?」
    「ん? ああ、付き合いで一度だけテレビ局の仕事仲間とな。この店も、その人に教えてもらったんだ」
    「ふーん……?」
    元来、人には好かれやすい守沢のことだ。別にそのことについて何かを聞き出そうとする気は高峯にはない。無いはずだが。
    (俺の、知らない先輩か……)
    その妙なとっかかりが高峯の胸を突いた。数年もすれば人との関わり方も変わってくる。それは時に疎まれたり嫌味を言われたりすることもあるが、自分と馬が合わない相手にだって笑顔で接していかなければならない。お互い多忙で、なかなか会うことができなかったせいか、その事に少しだけ違和感を覚えた。自分の目の前で、子供のように瞳を輝かせてお品書きを見つめる彼は、いつも画面越しで見る彼とは違って学生時代の面影を残していて、まるであの頃に戻ったかのような、そんな錯覚にすら陥ってしまいそうだ。
    これはきっと、そう。あの手紙を見つけてしまったからかもしれない。
    「よし、とりあえず適当に頼むか」
    「そうっすね……じゃあ先輩が選んでもらっていいですか? 俺、この店はじめてだから何が美味いとかわかんないし」
    「いいのか? 食べたい物とかはないのか?」
    ほら、と、守沢が独占していたお品書きを向けられる。そこに並べられた「店長の気まぐれコース」や「旬魚刺身の盛り合わせ」などの料理名を目にしたが、やはりどれもピンとくるものはなかった。それでも、こちらに何かを期待するような眼差しを見てしまうと、やはり答えずにはいられない。
    「えっと……じゃあ、」とん、と指を置いて示した料理名。守沢の表情がみるみると青くなっていくのを見て、高峯は思わず吹き出していた。
    「ははっ。あんた、まだナスが苦手なんすか?」
    「ち、違うぞ! さすがの俺もいい大人になったんだからな! いつまでも、そ、そいつに負けてはいないんだぞ!」
    名前を口にするのも憚れるのか。青ざめた表情に少しだけ虚ろ気味な瞳の守沢は、とても苦手なものを克服した人間とは思えない口振りだった。言い訳を並べ立てる姿はあの頃と変わらず、その事に少しだけ安心した高峯は、小さく笑みを零した。自分を鼓舞するように拳を握って弁解する守沢に「冗談っすよ」と笑いながら言うと、「ひどいぞ高峯!」と返された。
    「まったく。お前はハロウィンの時もそうやって俺に嫌がらせ行為をしてきたな?」
    「あの時はあんたが珍しく弱ってたし、日頃のお返しっスよ。……そういえば、お化けもまだ怖いの?」
    「うっ……ノーコメントだ! いいから注文するぞ! すみませーん‼」
    (そんな大きな声で呼ばなくても、すぐ近くに呼び出しボタンがあるのに)
    近くに設置されたボタンと、誤魔化すように大声を上げる本人を交互に眺めながら、高峯はまた笑みを浮かべたのだった。


    「そういえばお前、今度はドラマに出演するんだってな?」
    運ばれてきた料理に舌鼓を打ちつつ、ふふんと得意気に鼻を鳴らす守沢に飲んでいたウーロン茶を吹きそうになった。寸でのところでそれを回避すると、にやついた笑みを浮かべながら自分を見る守沢を見つめ返した。
    まるで悪戯に成功した小さな子供のような表情をしている。さっき守沢を弄ったことへの仕返しのつもりだろうかと思案したが、いずれ隠していてもあと数日もすれば全国放送で解禁される情報だ。それに、どのみち守沢には逐一報告しようとしていたのだから、こちらから切り出す手間が省けたのだ。むしろそれを好機だと思い込むことにして、高峯は息を吐いた。
    「そうっすよ……まぁ準主役ですけど。というか、誰から聞いたんすか」
    「企業秘密だ!」
    なんて言ってはいるが、おおかた、南雲や仙石辺りからでも耳にしたのだろう。守沢が高峯の情報を耳にするとすれば、先にその事を知っていたあの二人しかいない。うきうきとした南雲と仙石の嬉しそうな笑顔が目に浮かぶ。
    (内緒にしておいてって言ったのに……まったくもう)
    彼らにとって高峯の昇格ぶりが我が事のように嬉しかったのだろうが、高峯からすれば妙に照れくささが抜けない。それでも知られてしまったからには避けられない話題だ。守沢のことだからどんな脚本なのか、内容も多少は把握しているかもしれない。高峯はそう結論付けて、小さく息をついた。
    「ハァ……まぁいいや。先輩にも一応は報告するつもりでしたし?」
    「なんだ、水臭いじゃないか!」
    「その話が来た時はまだ決定も曖昧だったんスよ。報告するまでもないかと思ったんですよ」
    違ったら恥ずかしいし――飲んでいたウーロン茶のグラスを手慰みにしながら高峯は独り言ちた。どうせならその発表の前日あたりにでも自分から報告しようと企んでいただけになんだか拍子抜けしてしまった。
    それでも、守沢はまるで自分のことのように手放しで喜んでくれるだろうという予測は的中したので、どんな形でも報告の甲斐はある。
    「すごいじゃないか!」
    満面の笑みを向けてくれる彼は、祝杯だな、と高峯のグラスに自分のグラスをぶつけてくる始末だ。アルコールを飲んでもいないのにこのテンションだ、少しばかり照れ臭さはあるものの、高峯は素直に感謝の言葉を口にした。
    「ありがとうございます。ていうかそんなにはしゃがないで。俺たち一応芸能人なんだからさ」
    「はっはっはっ、すまんすまん。 つい嬉しくて、な?」
    ぱちん、とファンサービスよろしくなウィンクを向けられる。いくら個室でも誰が聞いているかわからないだろと、高峯は小さく溜息を零した。
    「すっかり有名人だな、高峯も」
    まるで他人事のように、しみじみと語る守沢に高峯は苦笑いを浮かべた。
    「あんたもでしょうが」という高峯のぼやきは果たして守沢に届いただろうか。自分よりも様々な場所で活躍している彼の多忙さはきっと自分の比にもならない。追いついたと思っても油断しているとすぐに引き離されてしまう。
    高峯はいつも彼の背中を追いかけるのに精一杯だ。一体いつになれば、とも思うが、その背中をまだしばらく見ていたいとも思う。
    「ふふ。ドラマに出るようになればさらにファンが増えるな?」
    「嬉しいしありがたいですけど……今以上に外に出づらくなりそう」
    「それは贅沢な悩みというものだぞっ! 大丈夫だ、お前ならすぐ慣れるさ」
    「大丈夫」という力強い言葉は、高峯のどんなネガティヴな発言も思考も、この一言で吹き飛んでしまうほどに、高峯にとっては何よりの応援だ。拳を天高く突き上げて、勇気づけてくれる「ヒーロー」みたいに。
    (ホントに、変わらないな……)
    少しだけ面映ゆい感情を誤魔化すように、目の前の出汁巻きに箸を伸ばした。同じように高峯とは違う位置から出汁巻きを箸で切り分ける守沢が不意に言葉を零した。
    「でも、こうしてお前がどんどん有名になっていくのは……なんだか少し寂しいな」
    「えっ?」
    「もちろんお前だけじゃないし、南雲や仙石だってそうだぞ? 最近はユニットとしても活動することは少なくなったしな」
    珍しく弱気なことを言うんだなと、口を動かしながらも目の前の守沢を眺める。どこか寂しそうな表情は、まるで遠い昔でも思い浮かべているかのように哀愁を漂わせていた。そんな表情を、高峯はこの瞬間に初めて見たのかもしれない。学院時代の卒業式でさえ笑って去っていった彼が、そんな風に笑うことを高峯は知らなかった。いつでも見栄っ張りで、後輩の自分たちに弱い部分は一切見せない。それが「守沢千秋」という人物だ。そういえばいつだったか、こんな風に弱音をこぼす時があったような気がする。
    「先輩、なんかあったんスか?」
    「いや? なにもないぞ?」
    きょとん、と赤茶の瞳を丸くして、即答だ。
    「どうしたんだ急に」といつものように笑いながら答える彼は、いっそ不自然なほどに「いつもどおり」だった。
    「前に言ってたじゃないスか。俺たちが学生だったときに偶然、街で会って。日常みたいな会話ができる相手がいないって」
    「ああ、そんなこともあったな!」
    「今も、なんじゃないんスか?」
    含みのある高峯の言葉に、守沢はとうとう箸を止めた。
    動揺しているのか、顔を俯かせて、高峯を見ようとしない。急に食事に誘ってくれたのも、本当は誰かに話を聞いて欲しかったからなんじゃないかと高峯は考えた。けれど、「なにかあったなら話してほしい」と、口にすることは憚れた。もしも見当違いだったなら、ものすごく恥ずかしい。それにこのままではぽろりと、言ってはいけないことを言ってしまいそうだった。
    だが彼のSOSをまた逃すのも御免だ。
    沈黙が流れる。守沢は相変わらず俯いていて、微動だにしない様子だ。
    しばらくその様子を眺めていれば、次第にふるふると肩が揺れ始めた。
    泣いているのかと、そう思って耐え切れずに、高峯はそっと声をかける。
    「……あの、せんぱ――」
    「――っふふ、ふっはっはっは!」
    「えっ……」
    気でも触れてしまったのかという程の高笑いに高峯は戸惑いを隠せない。よく聞いた煩い声だ、なんて、ついぼんやりとしてしまった。当人はひとしきり笑って満足したのか、高笑いをやめると今度は身を乗り出して、高峯の柔らかい髪に触れる。突然のことに訳が分からず、間抜けな声を出す高峯に守沢は小さく笑いながらその髪をかき混ぜ始めた。
    「わっ、ちょっと⁉」
    「高峯は良い子だなぁ。よぉしよぉし!」
    「おいやめろ! 人がせっかく」
    「心配してんのに!」という言葉は守沢の笑い声にかき消されてしまった。
    扱いは完全に小動物に対するそれのようだ。高峯の制止の言葉に耳も貸さず、わしゃわしゃとかき混ぜる手を止めることもない。
    「そんな良い子の高峯には俺がよしよししてやるぞっ!」なんて言う始末だ。
    「も、ホントにやめろっ!」
    「ははっ、久しぶりだな。お前に、こうやって頭を撫でるのも」
    「そういう話をしてるんじゃ――」
    「高峯」
    くしゃくしゃになった髪を手櫛で整えながら守沢を睨むと、凛とした声で名前を呼ばれた。普段とは少し違って、纏う空気が変わる。
    高峯は改めて彼を見た――笑っている。いつもの「笑顔」だ。
    「守沢、先輩?」
    声を掛けると、発言権を得たかのように、守沢が言葉を並べる。
    「ありがとうな。でも、俺は大丈夫だ!」
    「……そう、すか」
    高峯はこの時ほど、守沢の「大丈夫」という言葉が信用できないと思ったことはなかったのだった。
    けれど彼の笑顔が、高峯にそれ以上、語ることを許さなかったのは確かだ。










    【 郷 愁 】


    それ以降、彼との食事会は三回ほど続いた。いや、正確には今回がその三回目だ。最初に入ったこの店の外観にも内観にもすっかり見慣れてしまったなと、店の看板を見上げながら高峯は息をついた。食事に誘われる時は必ずと言っていいほどこの店を利用する。
    そして当然だが個室だ。多忙なはずの彼は、オフのたびに高峯を食事に誘うようになっていた。高峯も特に悪い気はしないので、時間さえ合えば必ず行くことにしている。
    食事会を通して、学生時代のようにまた守沢と会う約束を自然と取り付けられるからだ。もちろんそれは素直に嬉しい。けれど、会って話をするたび、胸の奥に鈍く感じるものがあるのも確かだった。
    あんなにも「笑顔」が常だった守沢の今の笑顔を見るたびに、どこか違和感を覚える。それは確かだが、それを口にすることはできなかった。
    何故なら守沢がそうさせてくれないからだ。会話の途中で時折見せる、繕ったような笑みは一種の防衛線のようにも見えた。
    貼り付いた笑みを盾に、何かを隠しているような気がしてならない。
    「高峯?」
    「……お疲れ様です」
    着けていたマスクを顎までずらして控えめに労いの言葉をかけると守沢の頬が緩み、そして「どうしたんだ?」と柔らかい笑みを浮かべながら高峯のもとへとやって来た。お互いの、ほんの少しの距離をはやく埋めるかように、小走りにこちらへやって来るそんな様子にくすぐったい気持ちになった。
    「すまない、待たせてしまったか?」
    「いや、大丈夫です……俺も、いま来たとこなんで」
    本当は待ちきれなくて、いつも待ち合わせ時間より早めに着いてしまっているのは秘密だ。遠足前日の小さな子供のように高揚感に満ち溢れてしまうのは、やはり自分が彼を好きだからだろう。厄介な感情を蘇らせてしまったものだ。小さく溜息を零して守沢をちらりと見やれば、何も知らない彼から満面な笑みを向けられた。
    「早く行きましょうよ……俺、お腹すいた」
    「うむ、そうだな!」
    二人で揃って、改めて店に入ろうとしたその時。
    「あの、千秋くんと翠くんですかっ?」
    聞こえてきた、かわいらしい高い声に振り返ったのは同時だった。
    二人の女性が、黄色い声色で高峯と守沢を交互に見つめていたのだ。いつかはこんなこともあるだろうと予測してはいたものの、やはり実際に声を掛けられてしまうとどこか後ろめたさを感じてしまう。
    学院時代のヒーローショウが好きな子供やその保護者を相手にするのとはまた違って、彼女らはまだ、あるいは自分たちと同じくらい若い女性だった。
    まだモデル駆け出しの頃は囲まれることに苦手意識を強く感じていたものの、数年も経てば少しくらいのあしらい方もわかってくるものだ。それに今日は完全なプライベート。こんなところで下手に騒がせてしまってはお店側にも申し訳ない。
    高峯は、にこりと笑って彼女たちに告げる。
    「そうだけど?」
    「えっ、本物ですか⁉ いつも雑誌で見てます! 本当に背が高い!」
    「あはは、ありがとうございます」
    彼女たちの気迫に圧倒されつつも、笑顔を崩すことなく対応する。数年で培った高峯の処世術だ。けれどやはり自分には向いていない、そろそろ助け船が欲しいところ。
    しかしいつまで待っても隣にいるはずの彼からの応援は来ない。
    (こういう時、真っ先に反応するのに……)
    さすがに不審に思い、隣を見やれば、彼はずっと無言で佇んでいた。こちらの視線に気づくこともなく、ファンである彼女らをじっと見つめているだけだった。
    「……守沢先輩?」
    「! ……あ、なんだ高峯?」
    声を掛ければようやく反応が返ってきた。「なんだじゃないでしょ」と訝しく守沢を促せば、ようやく自分たちの間に入ってくれた。
    先程までの無表情もなく、いつもの彼らしく振る舞う。マルチタレントの守沢千秋として彼は、大事なファンたちと交流をしている。
    彼女たちの黄色い声は鳴り止まない。それはさながらヒーローを待っていましたと言わんばかりに、きらきらと期待の眼差しを向ける小さな子供のようで、それがなんだかひどく懐かしく感じた。
    「あ、握手してもらっていいですかっ?」
    「ああ、いつも応援してくれてありがとう! これからも応援してくれると嬉しい」
    「み、翠くんもいいですかっ⁉」
    「ふぃっ? あ、はい……これからも、応援してくださいね」
    自分より小さくて柔らかい手に触れると、彼女たちは歓喜の声を上げる。「これからも応援しています!」という言葉を最後に、その手は自然と離れていく。ライブ会場や握手会なんかとはまた違った交流をすると、自分を支えてくれる人がこんなにも多くいるんだなと高峯は改めて感じた。
    店先ではこれ以上は迷惑になるからと伝えると、彼女たちはお礼を告げて足早に立ち去って行ってくれた。騒ぎにならずに済んでよかったと安堵の息を零すと同時に守沢を見ると、彼はまた元の無表情に戻っていた。
    いつもなら笑顔で「喜んでくれたな!」と大手を振って喜んでいるのに。
    高峯の中に、また一つの違和感が膨れ上がる。
    「守沢先輩」
    「んっ? おお、どうした?」
    振り向いて、どこか無理をして笑う守沢に、さすがの高峯も聞かざるを得ない。
    「大丈夫、ですか?」
    「なにがだ?」
    デジャヴというやつだろうか。確か、一度目もこうして彼に問い掛けた気がした。その時は彼の無言の圧力に負けてそれ以上は何も聞かなかったが。「仏の顔も三度まで」というのは、まさしく高峰の現状のことを指すのだろう。聞きたくて仕方なかったことを三度まで耐えたのだから、むしろ褒められてもいいくらいだ。学院時代に比べれば、忍耐力も培ったほうだと自負している。大人になれば理不尽な事柄や感情はいくらでもある。それらすべてに耐えることは容易ではない。けれどそれもTPOを弁えれば、の話だ。今はプライベートで、仕事ではないのだから。
    「ん? ――うおっ! どうした高峯、いつもより近くないか⁉」
    無言で守沢と対面するように立ち尽くす。少しだけ顔との距離を近づけて、訝しい表情で高峯は守沢を見つめた。急に詰められた距離感に多少の驚きはしているものの、彼は相変わらずその笑顔を崩すことはなかった。
    どうしたんだと苦笑いに近い表情を浮かべて、高峯の言葉を待っている。
    そんな様子に腹の内で渦巻いていたものが、とうとう口をついて飛び出した。
    「あんた、またなんか隠してるんじゃないスか?」
    「えっ……ど、どうしたんだ、高峯? 急にそんな」
    「はぁ、もう無理だ……あんたのことだから、どうせ俺に言うことなんてないって思ってるんでしょうけど」
    悩んでいるなら言ってほしい。きっとこの気持ちをぶつけられても、あんたはどうも思わないんだろうな――半ば自暴自棄になりながら、高峯は言葉を放った。「そんなことはないぞ」という言葉は今の高峯の心に響かせることなくそのまま耳をすり抜ける。「そうじゃない」「頼りにしているぞ」そんな取り付く島もないセリフばかりに高峯は鬱屈とした気持ちを隠せなかった。それどころかどんどん溢れかえって、自分じゃどうしようもないほどに膨れ上がる一方だ。決壊したダムの水が流れ込んでくるような、急激に押し寄せる感覚がとても不快だった。酸素を求めるように口を開けば、ひゅう、と空気が一気に肺を締めつけて咳き込んだ。
    こんなところで吐露してもいいような感情じゃない。
    「えっと……高峯?」
    心配そうな、守沢の声がする。普段ならそんなありがたい気遣いもこの時ばかりは素直に受け入れることができそうにもない。肩に掛けようとする守沢の手を叩き落として、高峯は彼を緩く睨んだ。思いの丈をぶちまけたくて息が詰まりそうになって、それでも高峯は懸命に口を開いた。
    「――っ、あんたのそんな顔、もう見たくないんすよ!」
    もう、という言葉に、どれだけの思いが込められているのか、提示することができればいいのに。そうすれば、この人も素直に口にしてくれるんじゃないかと、少しだけ期待して語気を強めた。けれど高峯の思いは受け止められずに終わり、守沢は戸惑うように一瞬だけ瞳を揺らすだけだった。
    「……高峯、俺は――」
    「なにかあったんなら、隠さずに言えばいいだろ! そのためにっ……俺を呼んだんじゃないのかよ!」
    言い切ってから、ようやく息が吸えた気がした。肩で呼吸をしながら、ようやく心が落ち着きを取り戻す。言ってしまった後悔が多少はあるものの、高峯はそんな思いを振り払って守沢の方へ顔を向ける――思ったよりも無表情だった。少しでも表情に出ていれば、彼の気持ちも少しは理解できるというのに、彼はこんな時ですら表情を変えないのだった。
    それが何だか寂しいような虚しいような、そんな、ごちゃ混ぜの感情から全身の力が抜けそうになる。足元に力を込めてそれを踏ん張り、表情を変えない守沢にぎこちない表情を見せる。
    (最悪だ。こんなはずじゃなかったのに)
    少しは大人になれたと思っていた。けれどそれは違った。
    こんな、癇癪を起した小さな子供みたいな自分がひどく嫌になる。
    「――高峯」
    それでも、高峯を呼ぶ彼の声は、どこまでも真っ直ぐだった。
    あの頃から全く変わらない。彼の芯の通った姿勢は、やはり自分よりも生きた歳月の差を思い知らされる。
    視線を逸らすことなくただ真っ直ぐに、高峯をその瞳にしっかりと映しながら彼は言った。
    「……すまない。やっぱり、お前に会うんじゃなかったな」
    「……は?」
    残酷なほどに真っ直ぐ過ぎて。
    「高峯。頼むから……これ以上俺に踏み込まないでくれ」
    それが一番、高峯にとっては聴きたくない音だった。
    「なん、で……?」
    そうなるの、という言葉は喉の奥で詰まって声にならない。守沢の真摯な、だけどどこか憂いを帯びた視線が、問い掛けは無意味だと語り掛ける。「どうして」「なんで」そんな焦りや困惑が高峯の心を蝕んでいく。それでも声には出せず、ただ茫然と守沢を見つめることしかできなかった。ざわざわと、周囲が少しずつ騒がしくなってきた。
    いくら人通りが少ないとはいえ此処は飲食店の前で、少数なりとも人は存在する。今更そんなことに気づいてしまって、高峯はさらに羞恥を煽られた。
    それはどうやら守沢も同じようで、周囲を少し気にしている素振りを見せる。そんな落ち着かない様子に、高峯は小さく息を吐いた。
    「……ここじゃあ人目につくんで。今日は帰ります」
    「高峯……」
    引き留められるのだろうか。だとしたら、自分はどうするだろう。
    ほんの少しの期待と迷いが募ったが。
    「――……すまない」
    その答えに、そんなことを一瞬でも考えた自分がばからしくて、高峯はそのまま振り向きもせずに歩き出した。



    【 崩壊 】


    スマートフォンのSNSメッセージ欄は、数日前のあの日で止まっていた。
    それ以降、連絡はぱたりと途絶えてしまい、唯一の繋がりを自らの手で途絶えさせてしまったのだ。自責の念からは当然、逃げられるはずもなく、それでもまだ諦めきれないのは、募らせていた数年分の思いのせいだろう。
    自室のベッドに身を投げ出して、高峯は深く息を吐いた。
    「……鬱だ、死にたい」
    久しぶりに放った口癖は、虚しく宙に舞って消えた。それがさらに心の虚無感を増幅させる。誰もいない部屋には慣れたつもりだったがこういう時の一人はなかなか堪えるものだ。時間があの日に戻ればいいなんて、子供じみたことを思っても現実は残酷だ。
    戻りたいから戻れることや人生にやり直しなんてできないのだと、学院を卒業した時に散々と思い知らされた。
    だからこれは、一種の現実逃避的なもの。それをわかっていながら、どうしてもやり切れない気持ちは募るばかりだ。
    「……あと少しで撮影か」
    今日も今日とて、高峯に休む時間はない。ましてや連絡の取れなくなった守沢のことだけを考える余裕も、正直なところ無いほどだ。けれど何をしていても頭を過ぎるのはあの時の守沢の表情と言葉で、その場面だけがフラッシュバックのように想起される。壊れたビデオを見ているような感覚に、それが現実なのか夢なのか、時折わからなくなるくらいだった。
    だからといって仕事ができない、なんて言うつもりはないけれど、確実に彼のおかげでぼうっとする回数は増えているという実感はある。
    「……行きたくない、けど。そうも言ってられないよね」
    お気に入りである苺のキャラクターのぬいぐるみを抱きながら唸る姿は、世間が知る今をときめくアイドル兼カリスマモデルの高峯翠の姿とは大きくかけ離れているだろう。事務所の意向で可愛いもの好きだということは伏せられている。夢ノ咲時代から高峯を知っているファンには周知の事実ではあったが、新規のファンには一切知られることがないタブーだった。
    自分を売りにするということは世間が抱くイメージを壊してはならない。ファッションはもちろん、日々の持ち物にさえ気を配らなくてはならない、そんな枷のようなものに縛られる毎日だ。そんな窮屈な毎日も、初めの頃は嫌気がさしていたものだったが、すっかりと板についてきてしまった。
    あるいは一種の諦めにも近かったのかもしれない。
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    Replies from the creator

    sakugrrd

    SPUR ME翠千にハマりたての頃に書いてた話。
    数年後設定。ES世界線からは離れている。
    あと翠の可愛い物好き設定が隠されたキャラ作り。
    途中放置のを見つけたけど、いつもなら書かない章タイトルまで書いてたからできたら完成させたいな。コメショ前に考えたものなので解釈違いはあります。
    本にしたい話、その1
    拝啓、悪者ヒーロー様【 手 紙 】


    ――拝啓 守沢千秋様。

    そう書いてある手紙を見つめて、深い溜息が零れた。見た目は無地の白い封筒で、よく見かけるポストカードサイズほどの手紙だ。けれどそれは一枚だけではなく、手元を埋め尽くすほど何枚も積み重なったものだった。
    今日は久しぶりのオフだからと、なんとなく気分で始めた部屋の掃除の途中で、ベッドの下でひっそりと忘れられたように放置された、四角い箱を見つけたのが始まりだ。埃が被っていたふたをあけて、中身を確認した高峯は驚いた。長い間に忘れていた、高峯の数年間に及ぶ思いがこもっているものだったからだ。我ながら情けないとは思う。だからこうして、溜めたこれらを処分しようとしていたところだった。一度も読まれずに封がしたまま、高峯の手紙たちの時間は止まっていた。糊付けのされた開きの部分は、まるで秘密を守ってくれているかのようにぴっちりと離れずにいる。
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