怒りと力と愛おしさ力というのは怖いものだよヌヴィレット
夜も更けた時間。何時も賑やかなフォンテーヌ邸も今は夜の眠りについておりとても静かだ。そんな夜に僕は神の目を見つめていた。
水神の頃に欲しかった力。けど元素力というのはとても怖いものだ。
ヌヴィレットのように大きな力を操る場合は尚更この力は恐ろしいものとなることを僕は身をもって知っている。
はるか昔…一度だけヌヴィレットが暴れたことがある。大切な部下が亡くなった時だった。
元素龍の彼が暴れた時、直ぐに止めたから大惨事にはならなかったが、あのまま暴れていたらパレ・メルモニアは壊れていたと思う。
その事件の後すぐ僕は法律を変えた。
メリュジーヌを迫害しないとか色々……
あれからはヌヴィレットが暴れることはない。
けど力というのは怖いものだ。力に飲み込まれたら何が起こるかわからない。
そう思い僕は神の目を握りしめた。
次の日。今日は雨だった。きっと悲しい裁判があったのだろう。
今日は何となく、歌劇場には行かず部屋に籠っていたのだけど、正解だったのかもしれない。悲しい裁判は辛くなる。胸が痛くなる。
「フリーナ様!!」
「クロリンデ!?ちょっ、その傷どうしたんだい!?」
ぼんやりと窓の外を見ていたらドアが開いてボロボロのクロリンデが入ってきた。
彼女の衣服は所々破れていて、ましてや怪我が酷い。
水の歌い手を召喚してクロリンデの傷を癒す。
「フリーナ様…ヌヴィレット様が大変なのです」
「ヌヴィレットが?何があったんだい?」
「分かりません。しかしいきなり執務室で暴れ始めてしまい、今、リオセスリ殿が相手をしていますが……」
僕は言葉が出なくなる。
リオセスリの事はあまり知らない。けどクロリンデやヌヴィレットから聞くにとても強い人間だとはいう。
だが相手は元素龍だ。俗世の七執政よりも強くそして人ではない。人間が勝てる相手ではないし、下手をしたら最悪なことも起こる。
「クロリンデは休んでいて……」
「フリーナ様?」
僕の神の目が光り、水神の時の姿になる。白の服に長い髪。これは神としての威厳の為に鏡の中の僕が僕に贈ってくれた姿だった。
髪を切った時にもう戻れないと思っていたが、フォンテーヌにあるプネウマとウーシアの力で姿を変えることが可能であるが滅多に水神の姿にはならない。
なんとなく居心地が悪いし髪の手入れもめんどくさい。
本来はあまりなりたくない姿だけど今はそんなことを言っている暇は無い。
「僕がヌヴィレットを止める。だから休んでて。クラヴァレッタさん達はクロリンデについてて」
「フリーナ様!!」
クロリンデの声がしたけど僕は家を飛び出しそしてパレ・メルモニアに向かった。
***
「ぐぁ!!」
リオセスリはパレ・メルモニアの執務室から激しく外に水の力で押し出された。
「クソ、強すぎだろ……」
口の中に広がる鉄の味を吐き出しリオセスリはヌヴィレットを見る。
今の彼は自分が知る無口で何処か優しい雰囲気のあるヌヴィレットではない。
例えるなら獰猛な獣だ。
優しい彼がどうしてこうなったのかは分からない。
リオセスリはただクロリンデと一緒にヌヴィレットに今日の裁判について話そうと思い執務室を尋ねた。
するといきなり水元素で攻撃された。
咄嗟にリオセスリを庇ったクロリンデはヌヴィレットの水元素力を諸に食らった為、酷い怪我をした。幸い死には至らない程の傷だったがそれでも酷い怪我だ。
決闘代理人であり人間の中でもリオセスリと互角ほどの力を持つ彼女にあれほどの傷を負わすものはヌヴィレット以外には居ないだろう。それほどまでにヌヴィレットは強い。
流石は人外であるということだ。
するとヌヴィレットがリオセスリを見て言葉を紡ぐ。
「許さない。彼女を傷つけるものは何人も私が許さない」
「またそれか。一体あんたの言う彼女とは誰なんだ?ヌヴィレットさん」
最初に吹き飛ばされた時からヌヴィレットは先程と同じ言葉を言う。
彼女というのが誰なのか、実際は憶測がついておりクロリンデはその人を呼びに行った。
ヌヴィレットに心を与え、人のことを教えた、たった一人の少女。
それがヌヴィレットのいう彼女だというのは分かる。
だが今はその名前を出すには危険すぎる。
下手をすればパレ・メルモニアが吹き飛ぶ。
「あと一撃……耐えれるか?」
ヌヴィレットを見ながらリオセスリは呟く。
一度目の攻撃はクロリンデが庇ってくれたのでリオセスリのダメージは少なかった。
クロリンデが去った後からは、互いの元素のうち消し合いとなったが、ヌヴィレットの力に押されてしまい、攻撃を諸に食らってしまったため、かなりのダメージが体にはある。
リオセスリは強いとはいえ人間。耐えれてもあと一撃が良いところだ。それ以上は最悪な結末となる可能性が高い。
ヌヴィレットは手を前に出す。
「させるか!!」
「ダメだ!!ヌヴィレット!!」
「フリーナ様!?」
リオセスリが元素力でヌヴィレットの水を凍らせようとした時、聞きなれた声がして振り向くとフリーナがパレ・メルモニアに入って来てリオセスリの前に立つ。
その姿は水神の姿そのものである。
「何をしているだヌヴィレット!!人を傷つけてはいけない!」
凛としたフリーナの声にリオセスリは驚く。
彼女とはほとんど話したことは無い。ただとても品のあり、美しい人だとは思ってはいたがこんなにも強い声が出せるのか。
ヌヴィレットはフリーナを見る。
その目は冷たく優しさはない。
だがフリーナは引くことなくヌヴィレットを見つめる。
「ヌヴィレット。僕はキミに言った筈だよ?人をその力で傷つけるなと。何があったかは知らないけどこんなにも暴れるような事はしてはいけない」
フリーナはヌヴィレットに近づきそしてヌヴィレットに抱きつく。
その行動にリオセスリは息を飲んだ。
今のヌヴィレットは獰猛な獣だ。
それに丸腰で抱きつくなど自殺行為だからだ。
「っ!?君は…」
「ヌヴィレット、僕の水龍、僕をみて?」
殺されてもおかしくないのにフリーナの声はとても優しく、そしてフリーナのいう僕の水龍という言葉にヌヴィレットとフリーナの間には計り知れない何かがあるのだとリオセスリは思った。
優しいフリーナの声はヌヴィレットに届いたのか、彼は下を向きそしてフリーナと目が合う。
「フリーナ殿…なぜ君が…ここに…」
「キミが暴れていると聞いて駆けつけたんだよ。全く、本当にどうしたんだい?こんなにもパレ・メルモニアを破壊して。クロリンデとリオセスリにも怪我をさせて……」
「すまない…実は今日の裁判で…」
「は?裁判?」
フリーナは意味が分からないというようにヌヴィレットを見つめそして、ヌヴィレットから離れてリオセスリの前に水の歌い手を出す。
「ごめんリオセスリ。この子がキミの傷を癒してくれるからそれが終わったら少し席を外して欲しい。ヌヴィレットが暴れた理由は僕が聞き出すから」
「分かったよ。その代わり後からクロリンデさんと一緒に話を聞いてもいいか?」
「もちろんだよ。必ず話をするね」
フリーナはそう言ってヌヴィレットと共に奥の執務室に入っていく。
それを見たリオセスリはやはりフリーナ様は水神でありそしてヌヴィレットさんとはとても深い中なのだという事を悟り、ただ目の前に現れた美しい水の歌い手を見ながら少し休むことにしたのだった。
フリーナside
ヌヴィレットと共に執務室に入るとそこは水浸しになっていた。
書類も家具も何もかもぐちゃぐちゃで壊れている。
かなり激しい戦闘があったのがわかる。
ヌヴィレットが我を忘れるぐらい暴れるなんてこの五百年のうちにあっただろうか?
はるか昔にメリュジーヌのことで彼は傷つきその時暴れたけどあの時はすぐ止まったから大惨事にはならなかったけど今回のこれは死者が出てもおかしくない程だ。
フォンテーヌの人間の中でも最も強いとされるクロリンデとメロピデ要塞の管理者のリオセスリが居たからこそ死者が出なかったのだろう。
けどあの二人もかなりの怪我をしていたからヌヴィレットの力を抑えるのに精一杯だったと思う。
ヌヴィレットの力はそれほどまでに強大ということがこの部屋とリオセスリとクロリンデの傷を見たらわかる。
「ヌヴィレット。どうしてこんなことをしたんだい?人を傷つけてはいけないと僕はあの日キミに言った筈だよ」
「君との約束を破ったことは悪く思っている。だが私はどうしても許すことが出来なかった」
「許す?誰を?」
何か酷い事件でもあったのだろうか?新聞にはそのような事件が載っていた記憶は無いけど……
「今日の裁判はある貴族の裁判だった。その貴族はフリーナ殿。君のファンだった」
「僕の?それは僕にとっては嬉しいことだけど……」
「だがその者は君が水神を降りた後、君のことを悪くいい、あろう事か君のことを悪く書くようにある雑誌社と取り引きした」
そんな話はよくある話だ。有名人を蹴落とそうとするものはよく居る。それに僕の罪はきっとそんなものでは許されない。
五百年という時の中で僕はフォンテーヌの民を騙し迫る予言に対処出来なかったのだから……
「僕の事を悪くいうのは当たり前だよ。僕は何もしてあげられなかったんだから」
「それは違うフリーナ殿。私にはこの世界の仕組みはよく分からない。だがフォカロルスがどんなに考えてもあの答えしか出なかった。ということはあの予言は必ず実行されるものだったのだ」
「必ず起こる…ってことだったというのかい?」
「ああ。そして最小限になるとはいえ犠牲がゼロという訳にはいかなかったのだろう」
もしヌヴィレットの言葉が真実だとしてもそれでも犠牲は犠牲だ。背負わなければならない。
僕に力があればその犠牲もゼロに出来たかもしれないのだから…
「君とフォカロルスが居たからフォンテーヌは救われた。だから私は人のそのような醜い心を見てそしてその相手がフリーナ、君だと知り胸の辺りが熱くなりそして裁判となった時君への暴言を聞いて……」
我を忘れてしまったのだろう。怒りという感情がヌヴィレットには分からずその怒りをどうしたらいいのかも分からなかった。
歌劇場では冷静だったが、一度身にやどった怒りは執務室に戻ってから爆発した。
そして怒りに支配されて……
「僕の為に怒ってくれたんだねヌヴィレット」
「怒る?私が?」
「ああ。そうさ。キミはその被告人に腹が立ったんだよ。けど怒りに身を落としたらいけない」
僕はヌヴィレットを見つめ彼の頬に手を添える。
「フリーナ…」
「怒りは前が見えなくなるからね。けどキミがそんなに人間らしくなったのはとても喜ばしいことだよ。だけど暴れたらいけない分かった?」
するとヌヴィレットは頷く。
「分かった。リオセスリ殿とクロリンデにも謝罪をする」
「そうだね。あとこの部屋はしばらく使えないし僕が使っていたスイートルームを使うといいよ。あそこは人もほとんど来ないからね」
「いいのか?」
「なにが?」
「あの部屋は君の部屋であり君以外が使うことをだ……」
僕はもう水神ではないしパレ・メルモニアに戻ることもない。
だからあの部屋は誰が使おうが構わないのだけどって思ってしまう。
「僕はもうこの場所には戻らないから…ヌヴィレットが使ってもいいよ」
「そうか。だがやはりあの部屋は君のものだフリーナ殿。いつでも戻ってきて欲しいのでその提案は却下する。部屋なら別の場所を使う」
「わ、分かったよ…」
あの部屋は僕のものか……フォンテーヌで一番権力がある彼が言うのだからこれ以上は言えない。いや言ったら怒られそうだ。
「それとフリーナ殿」
「なんだい?」
ヌヴィレットは僕の額にキスを落とした。
「え?ぬ、ヌヴィレット!?」
「私を止めてくれてありがとう。それと君を悪く言った被告は私の手で罰を与える」
ヌヴィレットが直接ってそれかなり酷い罰な気がするんだけど何も言わないでおこう。
また暴れたら困るし……
そうして僕とヌヴィレットはパレ・メルモニアの職員に謝りその後、リオセスリとクロリンデに事の事情を全て説明したのだった。
ヌヴィレットが暴れた事件から一週間後
僕とヌヴィレットはフォンテーヌの郊外にある花畑に来ていた。
今は落ち着き普通に戻ったヌヴィレットだけどこの一週間は民からの信頼を取り戻す為に僕もヌヴィレットも奔走した。というかほとんど僕が奔走した。
あの事件は思ったより被害が大きく、執務室以外にもあちこちが水浸しだった。
そして民は皆、ヌヴィレットが暴れた理由を知りたがった。
だがヌヴィレットは何かを求められても話すこと出来ない。
暴れた理由が僕なんて言う訳にも行かないからだ。とはいえ何も言わないと民の不信感を買うしヌヴィレットの信頼も弱る。
そうして考えついたのが僕が当時のように水神となり話をすることだった。
だが僕への面会は後を絶たず、寝る間もない状態になりそうだったので、昨日、民を歌劇場に集めて今回の事を詳しく話をした。
被告側が失礼な言動をした事を重点的にし、そして
ヌヴィレットがなぜ暴れたのかというと、その発言にヌヴィレットが少し動揺し、それに水元素が反応したからだということにした。
だからヌヴィレットの暴走は水元素の暴走だと言えば民は落ち着いてくれた。
というのも元素というのは神の目がないと使えないので民のほとんどが使うことが出来ない。
それに水神の僕が言うのだから人は簡単に信じる。それほどまでにフォンテーヌは神の信仰が強い国だ。
やはり神というのは必要なのかもしれないと思った
特にこのフォンテーヌという国には…
「フリーナ」
「なんだい?」
風に当たって一週間のことを思い出してもかいるとヌヴィレットが僕を呼んだ。
「君を神としてまた立たせてしまった。すまない」
「え?あ…別にいいよ。キミをこれで守れるなら僕はまた水神として民の前に立つさ。それが僕に出来る唯一のことだからね」
「やはり、君が水神だからこのフォンテーヌは平和なのだろうな」
「え?」
何を言っているのだろう?僕はただの人間だ。
俗世の七執政はもっと立派だと思うし僕よりも力があると思う。
「君が神でいたからこのフォンテーヌは平和であり予言の危機も回避したのだと私は思う。君は正義の神に相応しい水神だ」
「僕、ちゃんと水神を出来ていた?」
「出来ていた。そして私は今も君を神だと思っている」
ヌヴィレットは僕の帽子を取り、額にキスを落とす。
凄く恥ずかしいけど、それでも胸が暖かくなる
ヌヴィレットは僕の頬を触りそして僕達はキスをする。
ちなみに僕らはこう見えて恋人だったりする。だから僕はあの時ヌヴィレットに抱きついた。それしか止め方を知らなかったというのもあったが、大好きな人が苦しむ姿を見たくは無かった。
僕達が恋人ということは民も知らない、クロリンデもリオセスリも知らない関係。
僕とヌヴィレットが恋人だから、ヌヴィレットはあの日怒ったんだろう。僕を侮辱されたから…
身を飲み込む程の怒りか…
僕を侮辱されて怒ったと聞いた時少し嬉しかったのは内緒だ。
だってそんなこと言ったら水神としての役目を放棄しちゃうからね。
そんなことを思いながら僕はヌヴィレットを見つめ彼に小さく呟いた。
「好きだよヌヴィレット」
end