ヌヴィレットが家出した!それは僕の家にクロリンデが来たことから始まった。
「フリーナ様、大変です」
「どうしたんだいクロリンデ。そんなに慌てて……キミが慌てるなんてらしくないよ」
「ヌヴィレット様が家出しました」
「は?」
クロリンデから発せられた言葉に僕は間抜けな声を出していた。
事の話は今日の朝になる。
いつも通り、パレ・メルモニアは稼働し、いつも通り、ヌヴィレットの執務室に職員が入った。
そこには書類の山だけがありヌヴィレットは居なかった。
そして机の上には休暇書類があり
内容は
「本日、私は家出する」
と、これまた丁寧に書かれていたらしい。
で、パレ・メルモニアは大騒ぎとなり、事はクロリンデに話が行き、最後は僕のとこにやってきたという訳だ。
「家出というのは物騒だけど、休暇届けを書いているなら休暇なのかもしれないね。とはいえ……」
今の僕は水神ではないし、その休暇届はヌヴィレットが通すしかないから自分で書いて休暇届けを通したということにはなる。だから多分休暇だ……言葉があれだが……休暇だと思う。いや思いたい。
「休暇なら良いのですが、もし本当に家出となれば…」
「それは大変になる……下手したらフォンテーヌの一大事だよ」
確かにパレ・メルモニアの仕事はヌヴィレットが居なくても3日ほどは大丈夫だ。
けどそれは最初から休暇を取ればの話となり、いきなり居なくなれば職員達も心穏やかではない。休暇届があるので良くある、家から出てしまう家出では無いとは思えるけど……
「クロリンデ。パレ・メルモニアはどんな感じ?」
「パニックになっています」
目には見えていたが、最高審判官が家出と書いて居なくなったのだから、それはパニックになると思う。
だがパレ・メルモニアは裁判の要でもあるから、パニックのまま置いておくのは非常に不味い。
確か裁判は今日は無かったはず。歌劇場で行われる日程には裁判は数日後だった。
とりあえずヌヴィレットが何処にいるのかも分からないし、探すにしても時間もかかりそうだ。
まぁ外が雨ではないからヌヴィレットの機嫌は良いのだろう。
物騒なことを書き置いた癖に……全くあの龍は人の事をあれほど僕が教えたのに、たまにとんでもないことをしてくれるんだよね。
仕方ないか…
僕は立ち上がり神の目を撫でる。
「フリーナ様?」
プネウマの光に包まれた僕は水神の頃の姿となる。
「フリーナ様…その姿……」
「クロリンデ。僕が今日はパレ・メルモニアの仕事をする」
「それは助かります。貴方が居てくれたら職員達も落ち着きます」
そうして僕はクロリンデと共にパレ・メルモニアに向かうのだった。
クロリンデと共にパレ・メルモニアに付くと、そこは話の通りパニックになっていた。
無理もない。いきなりヌヴィレットが消えたんだ。こうなってしまう。
「コホン。みんな、少し落ち着いてくれ」
「フリーナ様!!」
「フリーナ様!実はヌヴィレット様が家出を…」
職員は僕をみて今にも泣きそうな顔をしヌヴィレットのことを話してくれる。
「話は聞いたよ。大変だったね。ヌヴィレットの事は僕に任せて欲しい。けどその前に仕事をしないとだからね。君たちはいつも通り仕事をしてくれるかい?ヌヴィレットの仕事は僕が引き受けるから」
「フリーナ様、ありがとうございます」
「ああ…やっぱり貴方は神様だ」
職員達を落ち着けて、僕はヌヴィレットの執務室に入る。そこには高く積まれた書類の山があった。
一体なんでこんな事になっているのだろう?
「フリーナ様」
「クロリンデ。キミも仕事に戻って欲しい。決闘代理人は忙しいからね」
「わかりました。失礼します」
クロリンデを下がらせて僕は書類の山の一番上の紙を手に取る。
「決済書類…なんでこんなに…」
二枚目も決済書類だった。
確か、この仕事は僕が水神の時にしていたものだ。
水神の仕事はヌヴィレットが引き継いだけど、この仕事は本当に簡単なもので職員でもできる。
どうしてヌヴィレットが全て引き受けているのだろう?
僕は部屋を出てセドナの所に行く。
「セドナ。ちょっとお願いがあるんだけど……」
「どうしました?」
「この書類。決済書類なんだけどね。この仕事はヌヴィレットじゃなくても出来るんだ。本当に簡単な仕事で……今日は僕がするけど次からはこの仕事はパレ・メルモニアの職員にしてもらうように頼んで欲しい。」
「わかりました。職員の方に伝えておきます」
これでヌヴィレットの仕事が一つ楽になった。
その後もヌヴィレットの机の上の書類を見ていたら祭り事だの、修繕費等……
職員に回した方が良い仕事が出てきて、頭が痛くなった。
ヌヴィレットってなんでこんな雑務まで引き受けてるの?
パレ・メルモニアの職員ってそこまで無能だったのかな?
いやいや、僕がいた頃はちゃんとみんな動いてて……
執務室から出てみると職員達は忙しそうに働いてる。
ほらやっぱりみんな、無能じゃない。有能だ。
だけどこんなに仕事を抱えたら家出だってしたくなるとは思う。
僕ならきっと外に逃げる。
ヌヴィレットの仕事、減らさなきゃ。
もしかしたら彼はこの溜まった仕事が嫌になったのかもしれない。
多分帰っては来るとは思うけど……
そう思いながら僕は椅子に座ってヌヴィレットの仕事をおわらせることにした。
書類の山を整理して気が付いた。
彼の溜まっている仕事はほとんどが僕がしていた仕事だということに。
職員達に回せるものは回し、これから作業効率のことを考えたりして話し合いをしているうちに、夜になっていた。
職員達は帰路に付き、パレ・メルモニアは僕とセドナだけになった。
執務室で書類を睨んでいるとドアが開いた。
「ヌヴィレット。おかえり」
「フリーナ殿。なぜ君がここに?」
入って来たのはヌヴィレットで、僕は書類を置いて彼の前に立つ。
「キミが家出なんて書いて休暇を取るからだよ。全く、休暇を取るなら休暇でいいじゃないか……みんながびっくりするよ」
「家出とは夜までの休暇を言うのではないか?」
「へ?」
ヌヴィレットの言葉に僕は彼を見る。
「昔、君が家出をするといい、居なくなり夜には戻って来た。だから私は同じことをしたのだが?」
「え?え?」
確かに昔、そんなこともあった気はするが、まさかヌヴィレットって家出のこと分かってない?
「ヌヴィレット。家出というのは夜までの休暇じゃないんだ。家を出ていくことだよ」
「そうだったのか」
どうやら本当に違いが分かって居なかったらしい。
「だから家出をするなんて書かれたらみんなはキミが仕事が嫌になって出ていったと思うんだ。キミの仕事は割り振ったよ。明日からは楽になる筈だ」
「割り振った?」
「そうさ。決算のことや祭りごとの事は僕の担当だったからね。あれは簡単なものだし、職員にしてもらう事ができるんだ」
するとヌヴィレットは僕の肩を掴む。
「ヌヴィレット?どうしたんだい?」
「君がしていた仕事は私がしたい」
「え?けどそれじゃあ仕事がいっぱいになるよ?」
あの仕事量はヤバいし少しは職員に回してもいいと思う。
「それでも君のしていた仕事は私がしたい」
「わ、分かった。そうやって話すよ。けど全てではなく半分は職員に肩代わりしてもらって?」
「わかった」
納得してくれたので僕はヌヴィレットを見つめる
「フリーナ殿?」
「ヌヴィレット。どうして僕のしていた仕事にこだわるんだい?」
「君の居ない、パレ・メルモニアは静かで何かが抜け落ちたようだ。だが君から託された仕事は君が居た証でもあるので、それを私は失いたくない」
ヌヴィレットの言葉に僕は少しだけ嬉しくなる。
「本当に人間らしくなったね。ヌヴィレット」
「フリーナ殿?」
「けど、家出なんか使ったら駄目だよ?」
「配慮する」
うんうん。これで一件落着だ。
「ねぇ、ヌヴィレット。僕、お腹空いたから一緒にご飯食べないかい?」
「そうだな。君との食事は久しぶりだ」
「そうだね」
そして僕達はパレ・メルモニアを出る。
空には星が浮かび美しい夜だ。
ヌヴィレットの家出騒動は大変だったけど、なんだかヌヴィレットの思いが少しわかった気がして、僕は嬉しくなった日でもあった。
「それでキミ、なんで家出なんかしたの?」
「仕事が捗らなかったからだ」
「最高審判官様でもそんなことあるんだね」
そんな会話をしながら僕とヌヴィレットは食事をする店に向かったのだった。
end