特別な日「……やった。やったぞ。成功した!」
そう言って、夜を見上げる姿が、やけに眩しかった。
どうやら、最近練習している旋風の魔法に成功したらしい。風の渦がゴウゴウと大きな音を立てている。木々を揺らし、枝葉を中心に巻き込むその性質は、どこかカインに似ていると思った。
ものの数分もしないうちに、旋風は消えた。故意的に魔法を解いたからだ。カインは賢者様と話をしていた。
赤とか、騎士とか、目標とか。
そんなカインらしい単語が次々と聞こえてくる。
「……」
僕の視界は、信じられないくらい、チカチカと煩かった。
本当に鬱陶しい。いく千の星々より、絶対的な厄災より、今は剣を持つ男が何よりも眩しい。僕が、おめでとう、なんて言うわけないでしょ。
きみが嫌いだよ。
僕からの祝福の言葉を受け取って。
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「おや、どうぞこちらの席へ」
その日の日付が変わる前に、気まぐれでシャイロックのバーに寄った。店主は僕の顔を見るなり、席を進めてきた。指先の方向には、見覚えのある姿が。カインはグラスを持ったまま、間抜けな顔で眠りこけていた。
「……サングリア。死ぬほど甘くして」
僕は促された席の1つ隣に座った。素直に言うことを聞くのも釈だし、全く違う場所に座るのも逃げたみたいで嫌だっだ。
「先程まで、中央の魔法使いたちと楽しんでいらしたんですよ。明日に響くといけないと、オズがリケとアーサーを送っていったんです。ふふっ、本当に可愛らしい方。オズが戻る前に、寝てしまうなんて」
僕が席に着いた途端、店主はカインのことをペラペラと話し始めた。
「そんなこと聞いてない」
「ふふっ、心配なさらないで。ただの独り言です。付き合って頂いたお礼に、あなたが好きなチョコレートをサービスしますよ」
僕が睨んでも、店主は面白可笑しそうに微笑むだけだった。西の魔法使いに付き合うと録なことがない。それでも、僕が此処に来るのは、この店のカクテルがどれも別格だからだ。だから、僕が此処に来たのも、今すぐ帰らないのも、仕方がないことだった。
「……んっ」
カクテルを飲んでいると、小さな呻き声が隣から聞こえてきた。
右を見れば、カインが少し苦しそうな顔で唸っていた。どうやら、夢見があまり良くないらしい。
「……うっ」
眉間に皺がグッと寄る。
グラスを握る手に力が入ったのが分かった。
一体、カインはどんな悪夢を見ているのだろうか。
苦手な蛇と戦う夢?
それとも、僕に負けたあの屈辱的な日の夢?
後者だったら、良いと思った。夢でも僕に苦しまされるなんて、可哀想な騎士様。今、お前の隣には、その天敵がいるんだよ、と、何だか無性に知らせてやりたくなった。
「ふふっ……」
僕はカインにそっと近づき、起こす準備をした。心臓が飛び出るくらい、ぎゃっ!と悲鳴を上げさせるくらい。そう企みながら、呪文を唱えようとした。その時。
「しずか……こ……きゅう……せいじつ……せい……れい」
カインの口から、途切れ途切れに、単語が紡がれた。
「あ……」
呪文を唱える筈の口は、間抜けな母音だけを発していた。
静かに、呼吸、誠実、精霊
カインの発した単語は、僕が教えた言葉だった。
そのことを飲み込んだ途端、急に酔いが回ったのか、全身が熱くなった。酔いが回ると頭が悪くなる。だから、その時の僕はとても馬鹿だった。何を思ったのか、呪文を唱えた。自室へ繋ぐ転移魔法だ。
「はぁ……はぁ……何なの……」
自室について、初めて気づいた。息が上がっている。汗をかくのも久しぶりだった。
ドアを背もたれに床へ座り込む。
腕の中にいる、チョコレート色は穏やかな寝息を立てていた。
何で、僕はカインも連れてきたんだろう。
考えたって、分かりやしない。
それよりも、早くしないと。
カインが起きる前に、早く部屋から放り出さないと。
そう分かっていても、すぐには動き出せなかった。