アヴェ・マリアバデー二さんと付き合って初めての十二月二十五日。
「ここの教会は初めて来ました」
クリスマスの賛美歌が披露されるとの事でバデー二はオクジーを連れ、職場でもある教会へ訪れた。クリスマスに因んだ曲が演奏され荘厳な雰囲気を感じる。街はクリスマス一色となり、人々を魔法の世界へと誘なっている様で。
「私は毎年この教会でクリスマスを祝ってる」
「そうなんですね」
一人で?と、個人的な詮索はしないようにする。過去の事は僕からは聞き出さない事にしてる。特段知りたいとは思ってないし、俺も彼から過去を聞かれた事は今まで無かった。過去は未来に不必要だと彼が教えてくれた。先入観は呪いになる。可能性を広げ、高め、無限大にする。そうすれば不可能は消え去ってしまうから。
「あの子たちの衣装可愛いですね」
ボーイソプラノと呼ばれる男の子達は全身真っ白な衣装を纏っている。金色のリボンが胸元に付けられおり、ズボンと膝下の靴下の間から覗く肌が幼さを感じさせる。
「これが曲目リストだそうだ」
バデー二は教会の入口で配布されたリーフレットをオクジーに渡した。そこには8曲のリストが記載されおり、聴いた事あるのと題名すら知らない曲がある。賛美歌を聴く習慣がないから当たり前か。バデー二さんは普段から聴いたり見るするのだろうか?そういえば二人で音楽を部屋で流した事がないな。俺はメタルやヴィジュアル系が大半で、その曲がクラシックがベースなら調べて聴く程度。だからこんな機会がなければ賛美歌も耳に届けさせる贅沢は味わえなかった。
「そこの席が空いてる」
バデー二が指を指した先に二人がけの木製の椅子が空席だった。開始時刻が近いからなのか、来場者は俺達以降やってこなかった。
「さっきまで大勢の人が居たのに、もう席に座ってる」
「ギリギリに来たからな。それとオクジー君が周囲を見渡している間に皆、席についたぞ。あと私達で満席だって係員が言ってな」
「え~?聞いてませんでした」
「初めての教会に驚いたか?」
クスクスと笑うバデー二にオクジーは「だって」と反論を述べようとすると周囲から拍手が聞こえてきた。慌てて二人もそれに参加する。リーフレットの文字にコレ、と指を指す。一曲目だと分かるように教えてくれた。パイプオルガンの音色に教会内の空気が澄み渡り始めた。続けてヴァイオリンが主旋律を奏でる。この二つの楽器のハーモニーは聴いた者を天上へ誘なうかの様。俺は背筋がゾクゾクした。怖い意味ではなく、感動するゾクゾクの方だ。これは星空に感動した前世を彷彿とさせる。ボーイソプラノが加わると更に神々しさを増してくる。一旦、終わりかと思われた曲は再びパイプオルガンの前奏でヴァイオリンの主旋律を繰り返した。その音色の最中に一人の男性が登場した。肩より少し下まで伸びた髪を巻いており、まるで貴族の様な衣装で目を奪われた。
「わ、」
俺は思わず声が出てしまった。あまりにも甘美な声で。ボーイソプラノの気高さとは異なる質を感じさせる歌声。同じ"アヴェ・マリア"なのに歌う人が変わるとこうも別の曲の様に聴こえるのかと感動してしまう。
ヴァイオリンの旋律で曲が終わり、再び拍手が室内に響き渡った。
「どうだった」
「すっごいですね特にあの男の人僕、ファンになりそうです」
興奮冷めやまずな様子のオクジーにバデー二は微笑む。喜んでくれて嬉しいのだろう。
「ほら」
「え」
「君がファンになったボーカルのコンサートのチラシだ」
「そんなチラシをどこから?」
「入口に置いてあったんだ。さっきのリーフレットは手渡されたがな。様々な公演のチラシがある。好きなだけ持って帰るぞ」
右の人差し指でチラシの置いてある方向を指す。きっとオクジーには先程の男性ボーカルの他にも興味を惹かれる人が居るかもしれない。帰宅したら多分、その話題で持ち切りになりそうだとバデー二は心の中で思った。
「ちょっと待ってて下さい」
そら見た事か。オクジーは嬉々としてチラシの方角へ歩み出した。数分後、数枚のチラシを手にニコニコとした姿で戻ってきたのは言うまでもない。
2024/12/24