鬼の居ぬ間に語らうは まだ夏の残り香漂う十月初旬、ある日の午後のこと。いつもの体育館、身に馴染んだウォームアップメニュー、聞き慣れた音はシューズと床の奏でるもの。そんななかいまだ不慣れに感じるのは、この夏引退した三年生のつくる空白だった。一学年抜けただけで、これほどだだっ広く感じるものなのか——天井の高い空間を見渡して、港はぼんやりと思った。加えて今日は、新しく主将に就任したばかりの山田駿をそのメンバーに欠いていた。各部活のキャプテンが揃う部長会議へ赴いた山田に代わり、副部長の港が場を仕切るイレギュラーな日。そこに居るだけでやかましくもある男を待つ体育館は、やはり普段より静かな印象だ。ウォームアップのダッシュを終えた部員たちの、息を整える呼吸音ばかりが港の耳に届いた。
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