萌ゆる緑、吹き散る花片 言葉を交わすふたりの背中を、ただ見ていた。
花曇りの夜空を背景に歩む後ろ姿は、現実の距離よりもずっと遠くにあるように感じられる。「控えでも満足だよ」と話す彼――ひとつ上の先輩の、穏やかで寂しげな笑顔を想像して、ぐっと胸が詰まった。その隣を歩く幼馴染みはきっと、僕には見せない顔をしている。
一歩前へ出していた右足を後ろに引き、勢いよく踵を返す。ふたりの会話を盗み聞きする権利など自分にはないのだ。僕自身だって、スタメン争いを経て先輩より良い番号を勝ち取った当事者に他ならないのだから。
それじゃそろそろ失礼しますと、近くにいた先輩たちに挨拶をしてから僕は足早にその場を辞した。歓迎会は賑やかに幕を閉じたのだ、この楽しげな雰囲気に水を差すわけにはいかなかった。行きと同じく、幼馴染みと歩くつもりでいた帰り道をひとり黙々と辿る。四月と言えどまだ肌寒さの残る夜だ。ひゅうと吹き抜ける風に肩を竦めて、カーディガンのポケットに手を突っ込んだ。猫背ぎみに丸まる姿勢は、自然と足元のほうへと視線を落とす。一歩、また一歩とスニーカーの爪先を前へ出し続けると、目先の景色にだんだんと変化が起き始め——やがて視界一面に広がったのは、桜の花びらが黒いアスファルトに描くまだら模様だった。いつの間にやら、桜の街路樹の植わった歩道に差し掛かっていたらしい。足を止め、ぱっと顔を上げてみれば、日中とはがらりと表情を変えた街並みがそこにあった。
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