トリックスターを欺く日「僕、高校まででカバディ辞めようと思います」
「……へ?」
ぱちくりと音がしそうなほど大きな瞬きをひとつ。次いで、ふたつの目がみるみるうちに見開かれていく様を僕は興味深く見つめた。台詞の意味をじわじわと理解し始めたらしい彼——ひとつ年上の幼馴染みは、二の句も告げない衝撃をその顔に露わにした。
何の変哲もない、春休みのとある一日。朗らかな陽気漂う正午前の出来事だった。
この春から大学生になる幼馴染みは僕の自室に入り浸り、ゲームをしたり漫画を読んだり代わり映えのしないくつろぎっぷりを謳歌している。特に予定もない日の、なんとなく二人で過ごすいつもの自由時間。お昼ご飯どうしましょうか、そういや腹減ってきたな、うち何か食べるものあったかなあ、なけりゃラーメンでも食いに行こーぜ。他愛もない会話が途切れて訪れるその「間」を狙い、ねえ駿君、とまずは名前を呼んで彼の意識をこちらに引きつける。普段と同じ声色を心掛けながら、あらかじめ用意していた台詞を吐いた。自分でも少し驚くくらい平板な響きが空間に放たれ、広がったのは動揺という名の大きな波紋。
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