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DOODLE🐜👀。🐜の昔馴染みと顔の傷傷 野伏が穀物庫を襲っているとの報告があったのは、秋の収穫が済み、雪が降る前の頃だった。そのような野伏が起こす強奪は珍しくはないが、領地を守るために見逃すわけにはいかなかった。
貞宗は野伏の討伐を瘴奸に任せた。その実力を信用してのことだが、賊であった瘴奸であれば野伏のやり方も熟知しているからだ。それでも充分な軍勢で挑むようにと、貞宗は瘴奸に兵を欲しいだけ連れていくように言った。しかし瘴奸は配下の五十名がいれば充分であると、その日の夕刻には郎党を連れて山へと向かった。
しかし、討伐に出た瘴奸は帰って来なかった。
彼の配下の話によれば、野伏を追い詰めたまではよかったが、その野伏は突如として戦のやり方を変えてきたという。それは武士の戦い方であり、その武士たちには上方の訛りがあった。混戦のうちに、いつのまにか瘴奸の姿は見えなくなっていたという。あれは悪党だと配下の者は口を揃えていた。
4045貞宗は野伏の討伐を瘴奸に任せた。その実力を信用してのことだが、賊であった瘴奸であれば野伏のやり方も熟知しているからだ。それでも充分な軍勢で挑むようにと、貞宗は瘴奸に兵を欲しいだけ連れていくように言った。しかし瘴奸は配下の五十名がいれば充分であると、その日の夕刻には郎党を連れて山へと向かった。
しかし、討伐に出た瘴奸は帰って来なかった。
彼の配下の話によれば、野伏を追い詰めたまではよかったが、その野伏は突如として戦のやり方を変えてきたという。それは武士の戦い方であり、その武士たちには上方の訛りがあった。混戦のうちに、いつのまにか瘴奸の姿は見えなくなっていたという。あれは悪党だと配下の者は口を揃えていた。
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DOODLE🐜👀。朝チュン。最終回二匹の蟻 その7 蟻柄の直垂と矢絣の直垂が重なり合うように脱ぎ捨てられている。常興はそれを目にして深い溜息をついた。矢絣の直垂だけを拾い上げて部屋の奥に目を向ける。悪食の主君は開け放たれた戸から庭を見ていた。
「何か言いたそうだな」
目玉だけがこちらを向く。常興は言いようのない不満を胸に収めて、畳からはみ出すように眠っている大男二人を見た。狭い畳から落ちぬようにしたためか、寄り添って眠る二人に、仲が良くてよろしいことだと渇いた笑みが浮かぶ。
「偽りのある世なりけり、だと思いまして」
「神無月には早かろう」
この世に神が居ろうが居るまいが、死んだ人間を現世に呼び戻して、二人に増やすなどという所業ができるものか。しかしそれ以上に、そんな二人と情を交わす主君に、常興はこれが偽りであればと思うのだ。
6697「何か言いたそうだな」
目玉だけがこちらを向く。常興は言いようのない不満を胸に収めて、畳からはみ出すように眠っている大男二人を見た。狭い畳から落ちぬようにしたためか、寄り添って眠る二人に、仲が良くてよろしいことだと渇いた笑みが浮かぶ。
「偽りのある世なりけり、だと思いまして」
「神無月には早かろう」
この世に神が居ろうが居るまいが、死んだ人間を現世に呼び戻して、二人に増やすなどという所業ができるものか。しかしそれ以上に、そんな二人と情を交わす主君に、常興はこれが偽りであればと思うのだ。
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DOODLE🐜👀。武士🐜のターン二匹の蟻 その6 春の陽射しに将監は目を細めた。雪国の春は遅いが、冷たい風が吹いても受ける陽射しは暖かい。雪解けの水も凍らずに、畦道にぬかるみを作っていた。
将監は西豊科庄を前に立つ。数年が経っていても変わっていなかった。田畑の位置も同じで、そこで野良仕事をしている領民も知った顔だった。自然と胸を満たすのは、帰ってきたという思いだった。
将監は領民に向かって笑みを浮かべて会釈する。すると領民は青褪めて悲鳴を上げた。将監は驚いて思わず自分の周りを見た。しかしそこには将監しかいない。
悲鳴を聞きつけて領民が集まってきた。すると集まった領民たちも将監を見るなり同じように悲鳴を上げ、逃げていく者さえいた。
まさかそれほど嫌われていたのかと将監は衝撃を受けたが、領民が念仏を唱えたり、成仏してくだせえと言い始めて、化けて出たと思われていると気付いた。
7566将監は西豊科庄を前に立つ。数年が経っていても変わっていなかった。田畑の位置も同じで、そこで野良仕事をしている領民も知った顔だった。自然と胸を満たすのは、帰ってきたという思いだった。
将監は領民に向かって笑みを浮かべて会釈する。すると領民は青褪めて悲鳴を上げた。将監は驚いて思わず自分の周りを見た。しかしそこには将監しかいない。
悲鳴を聞きつけて領民が集まってきた。すると集まった領民たちも将監を見るなり同じように悲鳴を上げ、逃げていく者さえいた。
まさかそれほど嫌われていたのかと将監は衝撃を受けたが、領民が念仏を唱えたり、成仏してくだせえと言い始めて、化けて出たと思われていると気付いた。
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DOODLE🐜👀。賊🐜の変化二匹の蟻 その5 明るい場所にいる夢を見た。温かくて、陽射しの降り注ぐ場所に立っている。どこから来て、どこへ行くのかもわからないまま、心地良さに身を委ねた。ずっとここに居たいと思ったが、やがて意識は浮上していく。
目が覚めた瞬間、瞼の裏に淡い光が差し込んだ。冬の朝特有の冷たい空気が肌を撫で、微かに香の匂いが鼻をかすめる。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。
夢の中で感じた温もりがまだ残っている。しかし、体を動かそうとすると全身が酷く重い。ここはどこだと瘴奸は視線を彷徨わせた。
「お、目が覚めたか」
その声に顔を僅かに動かす。途端に胸が傷んだ。痛みに顔を顰めながら見れば、枕元に新三郎が端坐していた。その膝に頭を乗せた貞宗の背が見える。眠っているらしく、肩が微かに上下していた。貞宗の体はぴったりと瘴奸の左半身に触れており、それが先ほどまで感じていた温もりだと気づいた。さらに貞宗の腕の中には常興もいる。何事かと驚いていると、瘴奸は右半身にも温もりがあることに気づく。恐る恐る見ると、将監の背が見えた。瘴奸を中心とした川の字に二本足された様子で眠っていたらしい。これだけ集まれば温かいはずだと思うと同時に、なぜ雑魚寝をしているのかと不思議に思う。それによく見ればここは貞宗の寝所だった。
6105目が覚めた瞬間、瞼の裏に淡い光が差し込んだ。冬の朝特有の冷たい空気が肌を撫で、微かに香の匂いが鼻をかすめる。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。
夢の中で感じた温もりがまだ残っている。しかし、体を動かそうとすると全身が酷く重い。ここはどこだと瘴奸は視線を彷徨わせた。
「お、目が覚めたか」
その声に顔を僅かに動かす。途端に胸が傷んだ。痛みに顔を顰めながら見れば、枕元に新三郎が端坐していた。その膝に頭を乗せた貞宗の背が見える。眠っているらしく、肩が微かに上下していた。貞宗の体はぴったりと瘴奸の左半身に触れており、それが先ほどまで感じていた温もりだと気づいた。さらに貞宗の腕の中には常興もいる。何事かと驚いていると、瘴奸は右半身にも温もりがあることに気づく。恐る恐る見ると、将監の背が見えた。瘴奸を中心とした川の字に二本足された様子で眠っていたらしい。これだけ集まれば温かいはずだと思うと同時に、なぜ雑魚寝をしているのかと不思議に思う。それによく見ればここは貞宗の寝所だった。
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DOODLE🐜👀。賊🐜の暴走二匹の蟻 その4 賊といっても様々だった。征蟻党のように元は武士だった者たちが集まった悪党もいれば、食いっぱぐれた百姓が見様見真似で掠奪をすることもある。今回は後者であったと瘴奸は血濡れた太刀を振った。足元に転がっている男は既に事切れている。男は太刀を持っていたものの、それは研がれてもいない刃こぼれしたものだった。領民を脅すのは十分でも、瘴奸たちの相手ではなかった。
山の中に潜んでいた賊は方々に散って、郎党たちが追い回している。捕まえるのも時間の問題だ。瘴奸は足元の男を足で蹴って仰向けにする。胴丸もつけているが、随分と古いものだった。その胴丸から銭袋がこぼれ落ちている。領民は田畑だけでなく家も荒らされて金品を奪われたと報告があったから、この銭も領民から奪ったものだろう。瘴奸は銭袋を拾うと懐へと入れた。
4008山の中に潜んでいた賊は方々に散って、郎党たちが追い回している。捕まえるのも時間の問題だ。瘴奸は足元の男を足で蹴って仰向けにする。胴丸もつけているが、随分と古いものだった。その胴丸から銭袋がこぼれ落ちている。領民は田畑だけでなく家も荒らされて金品を奪われたと報告があったから、この銭も領民から奪ったものだろう。瘴奸は銭袋を拾うと懐へと入れた。
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DOODLE🐜👀。賊🐜のターン。二匹の蟻 その3 朝日の眩しさに瘴奸は目を眇めた。今朝はなんとか起きられたので貞宗の寝所へと向かう。朝の身支度を手伝うのも執事の仕事だと言われたが、やはり朝に起きることは辛かった。
居室の前で声をかけるとすぐに貞宗の返事があった。声ははっきりしているから、既に目覚めていたらしい。瘴奸は戸を開ける。目に飛び込んできたのは、貞宗の髪を梳る将監の姿だった。
「ちょうどいい、大殿の直垂の用意を」
将監に言われて瘴奸は眉を顰める。また先を越されたと思うと不愉快だった。昨夜は早く起きるために将監が部屋に戻る前に寝たというのに、瘴奸が起きたときに既に将監の姿はなかった。何でも瘴奸より先にこなしていく将監は目障りでならない。
髪を結われる貞宗はまだ寝間着姿だった。寝足りないのか欠伸を噛み殺している。寝間着の襟が少し緩んでおり、ついそこへ視線が向かった。礼儀に煩い貞宗の衣が乱れていることも、結われていない髪を見るのも初めてだった。すると貞宗と目が合う。
4484居室の前で声をかけるとすぐに貞宗の返事があった。声ははっきりしているから、既に目覚めていたらしい。瘴奸は戸を開ける。目に飛び込んできたのは、貞宗の髪を梳る将監の姿だった。
「ちょうどいい、大殿の直垂の用意を」
将監に言われて瘴奸は眉を顰める。また先を越されたと思うと不愉快だった。昨夜は早く起きるために将監が部屋に戻る前に寝たというのに、瘴奸が起きたときに既に将監の姿はなかった。何でも瘴奸より先にこなしていく将監は目障りでならない。
髪を結われる貞宗はまだ寝間着姿だった。寝足りないのか欠伸を噛み殺している。寝間着の襟が少し緩んでおり、ついそこへ視線が向かった。礼儀に煩い貞宗の衣が乱れていることも、結われていない髪を見るのも初めてだった。すると貞宗と目が合う。
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DOODLE🐜👀。武士🐜と賊🐜と👀の話二匹の蟻 その2 瘴奸は穏やかな風を受けながら田畑を眺めていた。実りの季節を迎えて信濃は活気付いている。今年は夏の長雨のせいで収穫量が危惧されていたらしいが、いざ刈り取ってみれば例年と変わらないという。領民の表情は明るく、それを見ているだけで瘴奸の顔にも笑みが浮かんだ。
だが、瘴奸はその風景を塀越しに見ていた。今の瘴奸は小笠原館に身を寄せている。以前地頭をしていた土地には、別の地頭が赴任していると聞かされた。そのことに大きな喪失感を覚えたが、文句など言えるはずもなかった。
五年という空白の年月について、瘴奸にわかることはなかった。死を覚悟して戦に出たはずが、その戦はとうに終わり、更に年月が経っていたなどまるで狐に化かされたようだ。だが瘴奸にとってはそれよりも、貞宗の髪が随分と白くなったことに、流れていった時間の長さを感じずにはいられなかった。
5676だが、瘴奸はその風景を塀越しに見ていた。今の瘴奸は小笠原館に身を寄せている。以前地頭をしていた土地には、別の地頭が赴任していると聞かされた。そのことに大きな喪失感を覚えたが、文句など言えるはずもなかった。
五年という空白の年月について、瘴奸にわかることはなかった。死を覚悟して戦に出たはずが、その戦はとうに終わり、更に年月が経っていたなどまるで狐に化かされたようだ。だが瘴奸にとってはそれよりも、貞宗の髪が随分と白くなったことに、流れていった時間の長さを感じずにはいられなかった。
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DOODLE🐜👀。死んだはずの瘴奸が生き返って二人に増える話。二匹の蟻 その1 戦場での夜は不気味な静けさがあった。見張りや不寝番はいるものの、全くの無防備で眠る者はいない。張り詰めた空気が常に漂い、獣が息を潜めているように感じられた。
そんな夜の砦に咳きが響く。病で倒れた貞宗の咳は夜になると一層酷くなった。常興は貞宗の傍らに座り、少しでも楽になるようにとその背をさする。その背はひと月で肉が落ちていた。貞宗の体調が快方に向かっている様子はない。
貞宗は細い息をついて体の力を抜いた。見るからに弱ったその様子は消える寸前の蝋燭を見ているようで、常興は思わず出そうになる溜息を飲み込む。昼間の戦の疲れが瞼を重くさせたが、この状態の貞宗を残して床にはつけなかった。
暫くしてようやく貞宗の咳が落ち着いた。熱は上がってきていたが、貞宗は眠気が訪れたのか虚な目をしている。喉が渇いたはずだと常興は水を飲ませようとしたが、貞宗はゆるく首を横に振った。代わりに寒いと口にする。夏が終わって秋になろうとしているが、まだ暑いくらいだった。常興の首筋には汗が滲んでいる。それでも貞宗は身を丸めるようにしていた。
4245そんな夜の砦に咳きが響く。病で倒れた貞宗の咳は夜になると一層酷くなった。常興は貞宗の傍らに座り、少しでも楽になるようにとその背をさする。その背はひと月で肉が落ちていた。貞宗の体調が快方に向かっている様子はない。
貞宗は細い息をついて体の力を抜いた。見るからに弱ったその様子は消える寸前の蝋燭を見ているようで、常興は思わず出そうになる溜息を飲み込む。昼間の戦の疲れが瞼を重くさせたが、この状態の貞宗を残して床にはつけなかった。
暫くしてようやく貞宗の咳が落ち着いた。熱は上がってきていたが、貞宗は眠気が訪れたのか虚な目をしている。喉が渇いたはずだと常興は水を飲ませようとしたが、貞宗はゆるく首を横に振った。代わりに寒いと口にする。夏が終わって秋になろうとしているが、まだ暑いくらいだった。常興の首筋には汗が滲んでいる。それでも貞宗は身を丸めるようにしていた。
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DOODLE逃げ若🐜👀蟻の恩返し 豊松丸はじっと地面を見つめておりました。そこは小笠原館の薪小屋の前の、日陰も無い場所です。
豊松丸が熱心に見つめていたのは地面を這う蟻でした。無数に蠢く黒々とした蟻を、豊松丸は大きな目でじっと見ているのです。蟻たちは死んだ虫に集って、巣との往復を繰り返していました。蟻は規則的に動くこともあれば、急に動きを止めてみたり、数が多くなれば出会い頭にぶつかることもありましたから、そんな蟻たちの動きを豊松丸は飽きることなく見ていました。
すると行列から外れたところいる蟻に気付きました。その蟻は一匹で、あまり動こうとしません。豊松丸はその蟻の前まで移動すると、目を見開きました。どうやら蟻は弱っているようです。
2467豊松丸が熱心に見つめていたのは地面を這う蟻でした。無数に蠢く黒々とした蟻を、豊松丸は大きな目でじっと見ているのです。蟻たちは死んだ虫に集って、巣との往復を繰り返していました。蟻は規則的に動くこともあれば、急に動きを止めてみたり、数が多くなれば出会い頭にぶつかることもありましたから、そんな蟻たちの動きを豊松丸は飽きることなく見ていました。
すると行列から外れたところいる蟻に気付きました。その蟻は一匹で、あまり動こうとしません。豊松丸はその蟻の前まで移動すると、目を見開きました。どうやら蟻は弱っているようです。
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DONE逃げ若の🐜👀無価の瞳 小笠原貞宗という男。一目見たが瘴奸には特段価値のある武士とは思えなかった。足利が北条を滅ぼし、漁夫の利で領地を得た小狡い武士。それが瘴奸が受けた印象であった。
だがそんな武士だからこそ瘴奸は近付いた。この乱世での生き方を瘴奸は心得ている。掠奪をするにも、より良い環境というものがあった。まだ領地を得たばかりで力を持たない貞宗であれば、瘴奸の武力を渇求する。それゆえに掠奪などの瑣末なことには口出ししないと思ったからだ。
瘴奸は貞宗に呼ばれて信濃守護館へと参上した。広間に通されたが、そこには貞宗しかいなかった。いくらここが守護館で次の間には郎党が控えているからといっても無用心だ。それとも信頼している証だとでもいうのだろうか。
16213だがそんな武士だからこそ瘴奸は近付いた。この乱世での生き方を瘴奸は心得ている。掠奪をするにも、より良い環境というものがあった。まだ領地を得たばかりで力を持たない貞宗であれば、瘴奸の武力を渇求する。それゆえに掠奪などの瑣末なことには口出ししないと思ったからだ。
瘴奸は貞宗に呼ばれて信濃守護館へと参上した。広間に通されたが、そこには貞宗しかいなかった。いくらここが守護館で次の間には郎党が控えているからといっても無用心だ。それとも信頼している証だとでもいうのだろうか。