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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    🐜👀。武士🐜と賊🐜と👀の話

    #蟻目

    二匹の蟻 その2 瘴奸は穏やかな風を受けながら田畑を眺めていた。実りの季節を迎えて信濃は活気付いている。今年は夏の長雨のせいで収穫量が危惧されていたらしいが、いざ刈り取ってみれば例年と変わらないという。領民の表情は明るく、それを見ているだけで瘴奸の顔にも笑みが浮かんだ。
     だが、瘴奸はその風景を塀越しに見ていた。今の瘴奸は小笠原館に身を寄せている。以前地頭をしていた土地には、別の地頭が赴任していると聞かされた。そのことに大きな喪失感を覚えたが、文句など言えるはずもなかった。
     五年という空白の年月について、瘴奸にわかることはなかった。死を覚悟して戦に出たはずが、その戦はとうに終わり、更に年月が経っていたなどまるで狐に化かされたようだ。だが瘴奸にとってはそれよりも、貞宗の髪が随分と白くなったことに、流れていった時間の長さを感じずにはいられなかった。
    「瘴奸」
     貞宗の声に振り返る。貞宗はその大きな目で真っ直ぐに瘴奸を見つめていた。その姿が以前より小さくなったように思うのは気のせいだろうか。以前の貞宗は体以上の覇気がその身を包んでいたように思える。
    「退屈しておるだろう」
     瘴奸は小さく首を横に振った。館から出ないようにと言われた理由は理解している。二人の瘴奸が自由に出歩けば無用な混乱が起きるだろう。それが死んだ人間であるなら尚更だ。
     瘴奸は己が一度死んだ身であることに気付いていた。面と向かって言う者はいなかったが、皆の反応から察することはできた。それこそ死んだ人間でも見るような目で見られて良い心地はしなかったが、それよりも、貞宗に泣かれたことのほうが堪えていた。瘴奸がこの世に戻ってきたあの夜、貞宗はその目から涙を溢して瘴奸の手を掴んで離さなかった。いったい何事かと思ったが、話を聞くうちに己が死人であると気付いた。瘴奸は己の死に方を覚えていないが、おそらく酷い死に方でもして、貞宗の心に傷を残す事になってしまったのだろう。
     そう考えるとこうして甦った理由も想像がついた。心残りが強すぎて化けて出てしまったのだ。なぜ数年も経ってから化けて出たのか、こうして肉体まで有しているのかはわからない。しかし、再びこの世に戻ってきて、貞宗の傍らにいられることは瘴奸にとって幸せなことだった。
    「私はもう一人の私が心配です」
     瘴奸の言葉に貞宗は苦笑して頷いた。おそらく貞宗も気が付いているだろう。もう一人の瘴奸は賊だった頃の瘴奸だ。仏を信じず、狼藉を繰り返していた頃の姿に、瘴奸は己の罪をまざまざと見せられているように思えた。しかしその瘴奸も今は荒っぽい真似をするわけでもなく、この状況に戸惑いを見せながらも大人しくしている。しかし、それがいつまで保つかはわからなかった。
    「今は常興が執事の仕事を教えておる」
     執事は二人の瘴奸に与えられた新しい仕事だった。今までは常興が副将と兼任していたが、貞宗の発案で執事の職は二人の瘴奸に任されることになった。
    「務まるとは思えませんが」
    「自分のことはよくわかるか」
    「今朝もあいつは日が真上に登るまで寝床から出ませんでしたから」
     瘴奸たちは面倒だからと同室にされているが、瘴奸はもう一人の我が身の寝汚さに呆れてしまった。賊であった頃は夜に活動することが多く、朝に起きていることなどなかった。だからといって執事の仕事もあるのに起きようとしない姿に我が身ながら頭が痛くなった。
    「そちも朝は目が半分閉じておるぞ」
     貞宗はくっくと笑った。地頭をしている頃に朝起きることには慣れたつもりだったが、朝に弱いことは変わりなかった。貞宗が起きる時間より早く起きようと努めるが、瘴奸が起きる頃には貞宗はすっかり身支度を終えていた。
    「お恥ずかしい限りです」
    「よいよい。歳を取ると朝が早くなっていかん。そちまで早起きをせんでいい」
     貞宗は朗らかに笑うが、瘴奸は上手く相槌も打てなかった。歳を取った、というのは貞宗の最近の口癖である。事実ではあるが、その言葉を聞くと不安に胸が騒ついた。あの戦でも貞宗は病に倒れている。風雨に耐えた巨木の内側が、空洞になっているのを知ったかのような心許なさがあった。
     死は誰にも避けられない、と理を外れて甦った瘴奸が考えるのはおかしなことだろう。しかし、いつ訪れるかわからぬ別れに怯えるよりも、この瞬間を大切にするべきだ。そう思おうとしても、一度頭に過った死の予感を拭い去ることは困難だった。
     すると、貞宗の手が瘴奸の腕に触れた。弓を引く逞しい指先は乾いていて冷たい。瘴奸はその手を温めようと己の手を添えた。
    「……またなんぞ余計なことで気を揉んでおるな」
     貞宗の目が細められる。瘴奸は貞宗の手をそっと握った。
    「大殿にはいつまでもお元気でいて欲しいのです」
    「儂を年寄り扱いか」
     自分の言葉を棚上げして貞宗は憤慨してみせる。しかしそれも貞宗なりの軽口らしく、すぐに表情を和らげた。目元にできた深い笑い皺が急に愛おしく思える。この瞬間を永遠にしたかった。それができないのならせめて、貞宗をこの腕に抱きしめてしまいたかった。
     すると、瘴奸を呼ぶ声が聞こえた。見れば新三郎がこちらへと来ている。新三郎は最初こそ二人いる瘴奸を気味が悪く思っていたらしいが、すっかり慣れた様子だった。
    「兄上がお前を呼んでる」
    「もう一人の瘴奸が何かしたか?」
     貞宗が心配そうに新三郎に尋ねた。新三郎は笑いを堪えるように頷いている。何をしでかしたのかと瘴奸は血の気が引いていった。
     三人で館の中へ戻ると、常興が何やら説教をしている声が聞こえてきた。声は瘴奸たちに与えられた部屋から聞こえる。瘴奸は嫌な予感がして戸を開けた。
     部屋には酒の匂いが充満していた。空になった酒瓶が戸口に転がっている。瘴奸がだらしなく座り、そんな瘴奸を常興が叱りつけていた。日も高いのに瘴奸は酒を飲んで、それを常興に見つかったのだろう。執事の仕事もほっぽり出したに違いない。
     だが瘴奸はそんな振る舞いをする瘴奸に驚きはしなかった。むしろ今までよく我慢をしたほうだと思う。賊であった頃の己の性分をよく理解している瘴奸は、このもう一人の瘴奸がいつかはこの館から逃げ出すのではないかと思っていた。
    「申し訳ありません、常興殿」
     瘴奸はもう一人の瘴奸の傍に腰を下ろして頭を下げた。
    「真面目にやるように言って聞かせます」
     連帯責任というわけではないが、もう一人の瘴奸の不始末は己の責任だと瘴奸は思っていた。常興も散々に叱って気が済んだのか、それ以上は煩く言わなかった。
     すると、いつの間にかいなくなっていた貞宗が椀を手に戻ってきた。
    「ほれ、瘴奸」
     呼ばれて思わず貞宗を見るが、呼ばれたのはもう一人の瘴奸のほうだった。貞宗はもう一人の瘴奸の横に腰を下ろすと、水の入った椀を差し出した。
    「酒ばかり飲んでいては体に悪い。水も飲め」
     貞宗は瘴奸の手を取って椀を持たせている。もう一人の瘴奸は何か言いたいことを堪えるような顔をしていたが、椀の水を口にした。瘴奸はその様子を見て口を引き結ぶ。
     すると常興が考えるように顎に手をやりながら瘴奸たちを見て言った。
    「こうして並ぶとどっちがどっちだがわからんな」
     どうしたものかと呟く常興に、新三郎は首を傾げる。
    「どっちも瘴奸なんだから同じだろう」
    「同じではないぞ」
     貞宗が間髪入れずに言った。そしてもう一人の瘴奸の右手を取った。
    「こっちの瘴奸には手首に傷がない」
     貞宗は指先で手首を指し示した。瘴奸は己の右手首を見る。そこには時行から受けた傷があった。この傷によって血を流し過ぎて死ぬところを、貞宗の助けによって命を繋いだ。しかしもう一人の瘴奸には手首の傷がない。つまり時行からあの刀を受けていないということだ。
    「しかし、どちらも瘴奸では呼ぶときに不便ではあるか」
     貞宗も考えるように頷く。そこで瘴奸は口を開いた。
    「でしたら、私のことは将監とお呼びください」
     その言葉に驚きを見せたのはもう一人の瘴奸だった。不満そうにこちらを睨みつけてくる。しかし瘴奸は気にすることなく貞宗に向き直った。
    「私の真の名は平野将監。この名を残すつもりはなかったので名乗りはしなかったのですが、こうなった以上は呼び名にも困るので、私のことは将監とお呼びください」
     貞宗の瞳が将監を映していた。一度は捨てた名だが、貞宗にであれば知っておいてほしかった。
    「しょうげん、しょうかん」
     貞宗は名を区切りながら言ってそれぞれを見た。それだけで将監は満ち足りた気持ちになる。貞宗の声で名を呼ばれるだけでこれほどに嬉しいものか。もう一度呼んでほしくて、将監は貞宗をじっと見つめた。
    「では将監」
     咳払いをしてから言ったのは常興だった。そのままいくつかの用事を言いつけられる。執事の仕事というよりも雑用のようだった。
    「そして瘴奸、明日は朝から起きろ」
     瘴奸は不服そうに頭を下げた。殊勝に反省の言葉まで述べてみせるが、心はまるでこもっていなかった。
     その場を解散して、将監は常興に言いつけられた用事をこなした。それが終わる頃には夕方になっており、他に用事はないかと館をぐるりと一周する。庭に出て薪が足りているか確認していると、いつの間にか瘴奸が背後に立っていた。
    「何か用か」
     夕焼けの中で瘴奸の影が長く伸びている。その手に斧があることは影を見ればわかった。
    「お前はお優しい貞宗様に領地を貰ったんだってな」
     その声に怒りがあることを将監は感じ取った。何かのきっかけで瘴奸はその事を知ったのだろう。もしかすると昼間の飲酒も、それを知ったのが原因かもしれない。その土地は失い、地頭としての職も解かれていると今の瘴奸に言っても届かないだろう。
     将監は振り返る。夕陽を背後に受けて瘴奸の顔は影になっていた。怨みのこもった目だけが怪しく光っている。
    「だったらなんだ」
    「皆がお前を立派な武士だったと口を揃える。そして俺を見て残念そうな顔をするんだ。どうやら俺はお前の成り損ないらしい。いわば偽物だ」
     瘴奸が一歩前に出た。草履が土を踏み締める音がする。瘴奸は自嘲するように低く笑った。
    「仏様ってのは随分と慈悲深いな。こんな偽物まで呼び戻してくださるとは」
    「仏を信じていないだろう」
    「お前だってそうだろう。一度賊に成り果てた奴が、武士を気取るなど吐き気がする」
     瘴奸が斧を持った腕を振り上げた。夕陽に斧の刃が煌めく。賊である己ならそうするだろうと将監はわかっていた。同じ人間は二人もいらない。だとすれば、己でないほうを葬るしかない。
    「やめぬか」
     瘴奸の振り上げた腕を止めたのは貞宗だった。瘴奸は背後に貞宗がいたことに気付いていなかったのか驚いた顔をしている。
    「儂は薪の束の数を数えて参れと言ったのだぞ。無闇に斧を振り回すでない」
     貞宗に言われて瘴奸は言葉に詰まっている。すると貞宗は将監のほうを見た。
    「そちも自分で止めぬか」
    「大殿が助けてくださる気がしたので」
    「年寄りに頼るでないわ」
    「またそのような事を」
     将監は瘴奸の手から斧を抜き取って近くの薪に刺した。瘴奸には部屋に戻るように言う。貞宗がいるためか、瘴奸は大人しく館へと戻っていった。その姿が見えなくなってから貞宗は将監を見上げて口を開いた。
    「肝が冷えたぞ将監。まさか命をくれてやるつもりだったのではあるまいな」
     将監は帯刀しておらず丸腰だった。しかし斧程度なら素手で対応できるつもりだった。
    「まさか、とんでもない。返り討ちにするつもりでしたよ」
     将監は時行から受けた傷により仏を見た。そのきっかけがあったからこそ、生き直すことができた。しかし瘴奸はそのきっかけがない。このまま賊として生きるのであれば、いずれ斬ることになるだろう。今回がそうだとしても将監は構わなかった。
    「仲良くせぬか、相手は自分であろう」
    「だからできぬのです。あいつは賊であった頃の毒気が抜けておりません。大殿もあいつには近づかれませぬよう、お願いいたします」
     貞宗が何かと瘴奸を構っているのはよく見かけていた。そのことに将監は複雑な思いを抱いている。無性に二人を引き離したいと思うこともあった。
    「瘴奸はそちに嫉妬しておるだけだ。根は同じなのだから、あやつも変われる。いや、変わらなくても良いのかもしれん」
    「変わらねば賊のままです」
    「賊か。しかしな……、っ」
     貞宗は呟くと小さな咳をした。渇いた咳に将監は息を飲む。吹く風はいつの間にか冷たくなっていた。
    「大殿、早く館の中へ」
     将監は慌てて貞宗の手を取る。あの戦での貞宗の病はひと月も続いたという。それともあの病が完全に治りきっていなかったのだろうか。
    「ええい、大袈裟だ。少し咽せただけで」
     なぜか貞宗は連れ戻されることに抵抗した。平気だと言い張って動こうとしない。そのために将監は強硬手段に出た。貞宗の背と膝裏に手を回して、貞宗の体を横向きに抱き上げた。腕の中にすっぽりとおさまった貞宗は、一瞬驚いてから抗議の声を上げた。
    「や、やめぬか!」
     貞宗の顔に朱が差していた。熱が出てきたのかもしれない。将監は貞宗を落とさぬように胸にしっかりと抱きしめて早足で歩いた。すると貞宗が逃れるように将監の胸を腕で押してくる。
    「暴れないでください」
    「このような格好、は、恥ずかしゅうて皆に見せられん!」
     貞宗を抱きかかえた将監はすれ違う者の注目を浴びたが、構わずに貞宗を寝所まで運んだ。貞宗は両手で顔を覆って目玉だけを指の間から覗かせている。将監は貞宗をそっと床へ下ろした。
    「すぐに湯を沸かします。寒くはないですか」
    「……ちと冷えたな」
     貞宗は小さな声で言うと、将監の袖を指先で引いた。貞宗は赤い顔をして将監を見上げてくる。
    「そちが温めてくれんか」
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    「お、目が覚めたか」
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