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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    🐜👀。賊🐜の暴走

    #蟻目

    二匹の蟻 その4 賊といっても様々だった。征蟻党のように元は武士だった者たちが集まった悪党もいれば、食いっぱぐれた百姓が見様見真似で掠奪をすることもある。今回は後者であったと瘴奸は血濡れた太刀を振った。足元に転がっている男は既に事切れている。男は太刀を持っていたものの、それは研がれてもいない刃こぼれしたものだった。領民を脅すのは十分でも、瘴奸たちの相手ではなかった。
     山の中に潜んでいた賊は方々に散って、郎党たちが追い回している。捕まえるのも時間の問題だ。瘴奸は足元の男を足で蹴って仰向けにする。胴丸もつけているが、随分と古いものだった。その胴丸から銭袋がこぼれ落ちている。領民は田畑だけでなく家も荒らされて金品を奪われたと報告があったから、この銭も領民から奪ったものだろう。瘴奸は銭袋を拾うと懐へと入れた。
    「これじゃあ憂さ晴らしにもならんな」
     まったく歯応えがない。逃げるばかりの相手を追いかけてもつまらなかった。もう何人か斬り捨てたいと思いながら山中を歩く。空は月が見えぬほど分厚い雲に覆われており、まばらに降る雨のせいで凍えるほどであったが、暗闇に包まれた山中は懐かしさを覚えるほど身に馴染んでいた。
     すると山すそから人の気配がした。耳をすませば複数の鎧武者の足音が聞こえ、瘴奸はすぐさま茂みへと身を隠した。暫くして姿を見せたのは将監だった。小笠原の郎党たちを引き連れている。
     露見するのが早かったことを悔やみつつ、瘴奸は茂みから姿を見せた。途端に将監から太刀を向けられる。それを小手で防ぐと将監はすぐに太刀を引いたが、代わりに胸倉を掴まれた。
    「この愚か者め」
     瘴奸は勢いよく引き寄せられて、そのまま地面へと叩きつけられた。ぬかるんでいた地面に頬を打ちつける。瘴奸は土の混じった唾を吐いて地面に手をついた。将監は引き連れていた郎党に先に進むように下知を飛ばすと、瘴奸を見下ろした。
    「大殿の命に背いたな」
    「だったらなんだっていうんだ」
     そのとき、瘴奸の懐から先ほどの銭袋が転がり落ちた。瘴奸が拾うより先に将監がそれを手にする。
    「何だこれは」
     瘴奸は答えなかった。それが瘴奸の物でないことは将監はすぐに見抜いただろう。
    「ここに来るまでに賊の骸があった」
    「わざわざ言わなくてもわかるだろ」
     瘴奸と将監は元は同じ人間であるならば、瘴奸が経験してきたことはそっくりそのまま将監の過去でもある。だとしたら、死人から物を盗むことくらい将監とてしてきたことだ。
    「大殿がお許しになると思うか」
     将監の言葉は瘴奸の心を逆撫でした。何でも貞宗から許されている将監が、よくもそんな言葉を口にできたものだ。
     瘴奸は立ち上がると将監の手から銭袋を奪い返した。
    「死人にこれが必要か?」
     銭袋を振って鳴らして見せる。重さからして大した量ではない。こんな端金などあってもなくても構わない。だが、将監に奪われるのだけは我慢ならなかった。
    「大殿にお前の行いを報告する」
     将監は言って指で輪を作り口笛を吹いた。それは征蟻党の連絡用に使っている合図で、撤退を意味する。すぐに応える口笛が返ってきた。征蟻党の連中は将監が来ていることを知らない。今の合図を瘴奸のものだと思うだろう。
    「……やはり同じ人間は二人もいらない」
     今なら誰も見ていない。瘴奸は太刀を抜いた。ここで将監を斬り捨てて、賊に殺されたと言っても不審ではない。「瘴奸」が殺されたと報告すれば、瘴奸は将監になり代われる。そうなれば、将監が持っていたのは全て瘴奸のものだ。
     将監は瘴奸が太刀を向けても驚かなかった。将監の手は太刀の柄にかかっていたが抜く気配はない。
     瘴奸と将監の間に綿雪が舞い落ちていた。瘴奸は太刀を構えて間合いを詰める。すると将監が口を開いた。
    「俺はお前が考えていることがわかる」
     将監の言葉は冷えた山中に静かに響いた。瘴奸は薄い笑みを浮かべる。将監が憎くて仕方がなかった。これほど憎い相手を殺したら、どれほど心地良いだろうかと考えると口の中に唾液が溢れた。早くその快楽を味わいたい。早く斬り殺せと闇が囁いていた。奪い続けて、快楽を知って、束の間の安息を得てきた。こいつを殺せばきっと満たされる。欲しかったものを得られるのだ。
     すると将監はじっと瘴奸を見てきた。一瞬、瘴奸の中に恐れが生まれる。吐いた息は白くなってすぐに消えていった。将監が一歩、瘴奸に歩み寄る。
    「その渇きも飢えも、本来与えられる筈だったものを受け取れなかったために空いた穴だ。その穴を埋めようと奪い続けても、埋めることはできない」
    「黙れ。満たされたお前に何がわかる」
    「奪ったものではその穴は埋まらない。与えられたものでしかその穴は埋まらないからだ。あの人はお前にも与えてくれる。俺にしてくれたように。あの人はそれを嫌だとは言わないし、それであの人の何かが減るわけでもない」
     そんな言葉をどうして信じられるというのか。将監の穏やかな顔に腹が立って仕方がなかった。自分だけは何でもわかっているとでも言いたいのか。そんなことを聞かされて、改心するとでも思ったのか。
     すると将監は太刀の柄から手を離した。その手のひらが瘴奸に向けられる。
    「俺はそれに気付くまでに時間がかかった。お前はあの人が与えてくれるものを迷わずに受け取れ。そしていつか、お前も与える側になるんだ」
     降り続く雪が薄く積もり始めていた。それを舞い上げるように瘴奸は将監に向かって太刀を振り下ろした。すぐさま金属音が響く。将監は素早く太刀を抜いて瘴奸の太刀を弾き返していた。やはり将監は瘴奸を信じていなかった。そして瘴奸はそれを理解していた。
     瘴奸は弾かれた太刀を構え直して将監の首を狙った。
    「お前さえいなければ俺のものだったんだ!」
     そのとき、空気を切り裂く音がした。暗闇から矢が飛び出してきたのは一瞬で、瞬きをする間もなく瘴奸の胸に矢が突き刺さっていた。
    「伏せろ!」
     瘴奸は転がるように近くの木のそばに身を伏せた。どこからか矢の雨が降り続ける。しかし、追い立てていた百姓が弓矢を使うとは思えなかった。
    「百姓たちは囮だ!」
     将監の声に瘴奸ははっとする。あの百姓たちを囮に使う賊の本隊が別にいたとしたら、瘴奸たちは誘い込まれていたことになる。
    「立てるか、退くぞ」
     瘴奸は胸に刺さった矢を折った。落とした太刀を探すが見当たらない。急に痛みがやってきて息が詰まった。
    「本隊だろうが賊には変わらん。殺してやる」
     矢は止んでいた。本隊が山すそから上がってくるのなら、こちらも攻撃に転じればいい。いや、征蟻党には既に撤退の合図が送られている。今から奇襲の合図を送ったとしても、後から将監が引き連れてきた小笠原の郎党とこの暗闇でかち合えば同士討ちになる。命令無視の上に敵の罠に嵌ったとなれば瘴奸の立つ瀬がなかった。せめて賊の頭でも討ち取らねばと瘴奸は立ち上がる。
    「どこへ行く!」
     将監の声を無視して山を駆け下りた。敵は松明を持っているから場所は知れた。瘴奸は息を潜め、闇に紛れて敵を待つ。近付いてくる足音に耳をすませた。雪を踏みしめる音に息を詰める。
     瘴奸は闇に紛れたまま一人の頭を掴み、力任せに岩に打ちつけた。骨が砕ける鈍い音がする。力をなくして落ちる手から太刀を奪い、振り向きざまにもう一人の首を断った。首が飛ぶ前に悲鳴が上がり、その声が合図となって松明の光が一斉にこちらを照らした。
     周囲を囲む敵影は十人か、それ以上か。数える余裕もない。襲いくる者を全て斬った。血飛沫が夜空に散る。肉を斬る感触が太刀を振るう力となった。命が散っていく。全て奪うことで、この胸の苦しみは薄れていった。苦しみも、喜びも、何も感じなくなっていく。
     やがて周りに敵の姿が見えなくなった。瘴奸は太刀を地面に突き立てて体を支えた。胸に刺さった矢の痛みが波のように全身に響いている。
     遠くに喧騒が聞こえた。将監たちも戦っているのかもしれない。遠くに聞こえる声だけではどちらが優勢なのかもわからなかった。しかし、それを気にする余裕もない。敵を見境なく斬っていくうちに、己がどこにいるのかさえわからなくなっていた。
     瘴奸はそのまま地面に膝をついた。大鎧が耳障りな音を立てる。己の呼吸すら他人事のように思えた。体の方々から血が流れている。息が苦しくて喘ぐように息を吸った。動けなくなった瘴奸にも綿雪が降り積もっていく。雪が音を吸い込むのか、あたりが静かになった気がした。
     ここで死ぬのだろうかと瘴奸は思う。誰もいない、気付かれもしない山の中で、骸になって忘れ去られる。賊に成り果てた悪党の最後は、こうも寒々しいものなのかと思うと、急に視界が滲んでいった。何のためにここまで生きてきたのか。それを考えることさえ疲れてしまった。せめて最後に、貞宗の姿を見たかった。
     そのとき、闇夜を切り裂く鏑矢が音を立てて流れていった。甲高い音は瘴奸に天を向かせた。音だけで矢すら見えていない。それでも、その矢を放ったのが貞宗であると強い確信があった。
     瘴奸は立ち上がった。音の鳴ったほうへと足を引き摺りながら進む。暗闇の中であっても、まるで道標を見つけたかのように迷いはなかった。ただ死ぬ前に一目でもその姿が見たい。その一心で瘴奸は足を踏み出した。
    「瘴奸!」
     声が響いた瞬間、瘴奸は足を止めた。そこに見える姿が死に際に見る幻のように思えたからだ。瘴奸は己を叱咤して崩れ落ちそうな足を踏み出す。貞宗だ。弓を携えた貞宗がそこにいた。
    「よう生きておった」
     その声を聞いた瞬間、瘴奸の膝が砕けた。何かを言おうとしたが、喉が動かない。手を伸ばして貞宗に触れた。その熱に縋るように、瘴奸はゆっくりと目を閉じた。



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     目が覚めた瞬間、瞼の裏に淡い光が差し込んだ。冬の朝特有の冷たい空気が肌を撫で、微かに香の匂いが鼻をかすめる。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。
     夢の中で感じた温もりがまだ残っている。しかし、体を動かそうとすると全身が酷く重い。ここはどこだと瘴奸は視線を彷徨わせた。
    「お、目が覚めたか」
     その声に顔を僅かに動かす。途端に胸が傷んだ。痛みに顔を顰めながら見れば、枕元に新三郎が端坐していた。その膝に頭を乗せた貞宗の背が見える。眠っているらしく、肩が微かに上下していた。貞宗の体はぴったりと瘴奸の左半身に触れており、それが先ほどまで感じていた温もりだと気づいた。さらに貞宗の腕の中には常興もいる。何事かと驚いていると、瘴奸は右半身にも温もりがあることに気づく。恐る恐る見ると、将監の背が見えた。瘴奸を中心とした川の字に二本足された様子で眠っていたらしい。これだけ集まれば温かいはずだと思うと同時に、なぜ雑魚寝をしているのかと不思議に思う。それによく見ればここは貞宗の寝所だった。
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