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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    🐜👀。賊🐜のターン。

    #蟻目

    二匹の蟻 その3 朝日の眩しさに瘴奸は目を眇めた。今朝はなんとか起きられたので貞宗の寝所へと向かう。朝の身支度を手伝うのも執事の仕事だと言われたが、やはり朝に起きることは辛かった。
     居室の前で声をかけるとすぐに貞宗の返事があった。声ははっきりしているから、既に目覚めていたらしい。瘴奸は戸を開ける。目に飛び込んできたのは、貞宗の髪を梳る将監の姿だった。
    「ちょうどいい、大殿の直垂の用意を」
     将監に言われて瘴奸は眉を顰める。また先を越されたと思うと不愉快だった。昨夜は早く起きるために将監が部屋に戻る前に寝たというのに、瘴奸が起きたときに既に将監の姿はなかった。何でも瘴奸より先にこなしていく将監は目障りでならない。
     髪を結われる貞宗はまだ寝間着姿だった。寝足りないのか欠伸を噛み殺している。寝間着の襟が少し緩んでおり、ついそこへ視線が向かった。礼儀に煩い貞宗の衣が乱れていることも、結われていない髪を見るのも初めてだった。すると貞宗と目が合う。
    「早う起きたな、瘴奸」
    「いえ、遅くなって申し訳ありません。将監は既に参っているというのに」
     すると貞宗は何も言わずに襟を正した。珍しく目線を泳がせて、乱れてもいない座を正している。将監を見ると、口元が僅かに笑みの形を作っていた。二人の間に何か昨日までと違う空気を感じる。まさかと思い瘴奸は将監を睨め付けた。無論将監は何も言わない。己の分身である男が貞宗と睦み合っていたもしれぬと思うと、衝撃の他に暗い感情が胸に広がった。
    「大殿の直垂を」
     笑みを消した将監の言葉に、瘴奸は苛立ちを感じながらも立ち上がる。丁寧に畳まれた貞宗の直垂を手に取った。髷は結い終わったらしく、瘴奸は貞宗の背に立つと直垂を肩にかけた。そのまま着付けていく。自然と貞宗との距離は近くなり、帯を結ぶときは腰に抱きつくような格好になる。ふと己が貞宗を抱く想像をしてしまい、瘴奸は言いようのない焦りのようなものを感じた。
    「朝餉を用意いたします」
     瘴奸は素早く着付けを済ませると逃げるように寝所を後にした。そのまま廊下を足音も荒く歩く。瘴奸は心の内を隠すように手で口元を覆っていた。
     瘴奸はこれまで貞宗を欲の対象として見たことはなかった。貞宗に召し抱えられることを選んだのは、お互いに利益がある関係だったからだ。貞宗は征蟻党の武力を必要とし、征蟻党は食うに困らなくなる。瘴奸は小笠原から甘い汁を存分に吸い尽くしたら去るつもりだった。貞宗もそんな瘴奸の思惑を見抜いていたからか、瘴奸に向ける眼差しは厳しかった。
     だが、今の貞宗はすっかり穏やかな瞳で瘴奸を見る。空白の年月が過ぎた貞宗は出会った頃ほどの覇気もなければ野心もなかった。たった数年で年老いてしまった貞宗を、瘴奸はいっそ哀れに感じていた。貞宗は瘴奸に対してもやたらと話しかけては、親しげに接してくる。その距離の近さに最初こそ戸惑い、居心地の悪さを感じていたが、次第に悪くないと思うようになっていた。
     しかし、貞宗が気にかけていたのは瘴奸だけではなかった。貞宗は一度は将監に領地まで与えたという。そのせいか将監はすっかり貞宗の虜になったらしい。腑抜けたように貞宗を見る将監の顔を見ていると無性に腹が立った。たとえ己の分身であろうとも、この手で葬ってしまいたいと思うほどに。
    「なに突っ立ってんだ?」
     その声にはっとして見れば新三郎が膳を手に立っていた。つい考えに耽って廊下に立ち止まっていたらしい。
    「殿の朝餉を取りに来たんじゃないのか」
    「申し訳ない。ここからは俺が運びますので」
     新三郎から膳を受け取る。礼を言って去ろうとしたら、突然に新三郎が手を伸ばし、腹を触ってきた。
    「……何を」
    「瘴奸か」
    「そうですが、なぜ腹を触る」
    「お前と将監の見分け方。腹が出てるほうがお前」
     新三郎は目を三日月のように細めて赤い舌先を見せる。こちらを揶揄っている様子だが、悪意よりも親しみが滲むのは育ちの良さのせいだろうか。
    「あいつの腹はへこんでいると?」
     瘴奸の腹は不摂生と酒のせいで肉を蓄えている。将監の裸は見たことがなかった。部屋で着替える際もお互いの体など見ない。しかし、二年長く生きている将監のほうが引き締まっているとはどういうことか。
    「冷める前に持っていけよ」
     新三郎はそれだけ言って行ってしまう。瘴奸は無意識に己の腹を摩っていた。
     翌日、瘴奸は執事の仕事を早々に終わらせて庭に出ていた。周りに人がいないことを確認してから、太刀を抜く。瘴奸は昨夜こっそりと将監の着替えを見た。こちらに背を向けて小袖を脱ぐ瘴奸の体は鍛え上げられており、その背には爪の跡が赤く残っていた。
     瘴奸は無心で太刀を振った。しかし沸き起こる感情は止められない。貞宗の襟元が、将監の背に残る爪の跡が見てもいない二人の姿を想像させた。貞宗はどのような顔をして将監に抱かれたのか。普段は衣で見えぬ貞宗の体は、あの背に縋ったときの声は、果てるときの眼はどのようだったのか。考えれば考えるほど、瘴奸の心は荒ぶった。将監さえいなければその背の傷は我が背にあったのではないかと思い至って、瘴奸は思わず声を発して太刀で板塀を斬りつけていた。
     瘴奸は息を荒げながら板塀に深々と突き刺さった太刀を見た。己の行いが馬鹿馬鹿しく感じられて余計に腹が立つ。この塀を常興に見つかればまた長い説教をくらいそうで、瘴奸は長い息をついて天を仰いだ。流れた汗のせいで直垂が肌に張り付いている。脱いでしまおうと腕を袖に入れたところで、ふと視線を感じた。慌てて振り返ると、そこにいたのは貞宗だった。
    「いつからそこに」
     瘴奸は慌てて直垂を着直す。腹の贅肉が揺れた。だがそれよりも塀に刺さった太刀を思い出して息を飲んだ。
    「握り飯を食うか?」
    「は……え?」
    「それほど体を動かせば腹が減るだろう」
     貞宗は袖手したまま和かな表情を浮かべている。板塀に刺さった太刀が見えていないのか。なぜ突然に握り飯の話になったのだ。
    「いえ、握り飯は結構です」
     無駄な肉を落とすために体を動かしているのに飯を食べては意味がない。瘴奸は板塀に刺さった太刀を掴んで引き抜こうとする。しかし太刀はいくら引いても抜けなかった。
    「手を貸すか?」
    「いえ」
    「遠慮するな」
     貞宗は瘴奸の側に寄ると太刀の柄を握った。貞宗の手が瘴奸の手に触れる。たったそれだけのことで心臓が跳ねた。腕同士も触れており、すぐ近くに貞宗のうなじが見えた。
    「引くぞ」
     声と同時に太刀を引く。太刀は何事もなかったようにするりと抜けた。板塀に大きな傷が残っており、貞宗はそれをまじまじと見ている。貞宗は神妙な顔になると、瘴奸の耳に口を寄せた。
    「常興に見つかる前に直しておけい」
     貞宗の表情に悪戯めいたものを感じて、瘴奸は含み笑いをした。そこには秘密を共有したかのような小さな喜びがある。
    「誰に見つかる前に、ですか?」
     その声に貞宗と瘴奸は一緒に振り返る。腕を組んで目を吊り上げた常興が立っていた。貞宗は大袈裟に驚いた声をあげて、おったなら早よう言えいと常興に言っている。しかし、それだけで絆される副将ではないらしく、常興は貞宗に厳しい眼差しを向けた。
    「貞宗様、瘴奸を甘やかしてはいけないと言いましたよね」
    「う、うむ。しかし自分で直すようにと」
    「それが甘いと言っているのです」
     貞宗と瘴奸は揃って常興から小言を受けた。いつもならば鬱陶しいだけの小言も、横に貞宗がいると不思議と嫌ではなかった。
     しかし、そこへ将監がやってきた。
    「賑やかですな」
     将監は板塀の傷を見ながらも、それについては何も言わずに貞宗に身を寄せた。将監は何やら低い声で貞宗に耳打ちしている。二人の距離の近さに瘴奸は奥歯を噛み締めた。
    「そうか、すぐに行く」
     貞宗は答えると瘴奸を見た。その眼差しはやはり柔らかいが、横に将監がいると思うと苛立ちの方が勝る。瘴奸はふいと目を逸らして貞宗を見なかった。
     小笠原領に問題が起こったのはそれから数日後だった。夕方になって雨が雪に変わり、冷たい風が吹きつけていた。
    「賊、ですか」
     貞宗に呼ばれて広間に郎党たちが集まっていた。近頃、小笠原領の端で賊が掠奪を働いているという報告があったという。
    「私が行きましょう」
     真っ先に声を上げたのは将監だった。瘴奸は出遅れたことを悔やみながら続いて声を上げる。
    「私も参ります。賊が掠奪を行うのは夜。でしたら我らの他に適任はおりますまい」
     将監に手柄を独り占めされたくはない。瘴奸の言葉に、集まっていた郎党たちは賛同の意を示した。賊のやり方を熟知している瘴奸と将監が適任であることは誰の目から見ても明らかだった。
     ところが、貞宗は頷かなかった。
    「賊討伐は新三郎に命ずる」
     貞宗の言葉に郎党たちから驚きと疑問の声が上がった。当の新三郎も何故なのかと不思議そうにしている。すると将監が言った。
    「大殿、新三郎殿の指揮に不満はありません。ですが相手は山中に潜む賊とのこと。おそらく罠もありましょう。私を新三郎殿の補佐に付けていただきたい」
    「ならぬ。将監も瘴奸も戦に出てはならぬ」
     貞宗は将監を見ずに視線を落としていた。頑なな態度に瘴奸は違和感を覚える。そういえば大徳王寺でも貞宗は瘴奸と将監が戦に出たことを酷く怒っていた。瘴奸は将監を見やる。将監は平静な表情を保っているが、内心では疑問を感じていることは見て取れた。
    「では我が郎党をお連れください。皆山中の行軍に慣れております」
     なおも食い下がる将監の言葉に、貞宗は少し考えるとようやく頷いた。
    「よかろう。出立は明日の日暮れだ」
     貞宗は言うと同時に立ち上がって広間を出ていった。常興がその後に続く。貞宗の様子がおかしかったと郎党たちは囁き合いながら広間を出ていった。将監は新三郎に何やら言い含めている。おそらく賊の対処の仕方でも教えているのだろう。何をまどろっこしいことをしているのかと瘴奸は鼻で笑った。
     その日の夜。瘴奸は館を抜け出すと郎党たちを叩き起こした。賊を狩りに行くぞと伝えると、郎党たちはお互いに顔を見合わせた。
    「行くのは明日で、新三郎殿が指揮を取るのでは」
    「あんな坊ちゃんに賊狩りが務まると思ってるのか。お前らだってたまには暴れたいだろう」
    「でも、貞宗様に怒られませんか」
     行儀良く答える郎党たちに瘴奸は顔を顰めた。征蟻党の連中は武士崩れを集めて作ったために素行の悪い者ばかりだったはずだ。それが貞宗に怒られることを心配しているとは、この数年で腑抜けたのは将監ばかりではなかったらしい。
    「賊を討ち取って何故叱りを受けるというのか。憂さ晴らしできるまたとない機会だ。ついてこい」
     これは将監を出し抜くいい機会だ。瘴奸は郎党を引き連れると、賊が出るという山へと向かった。遠くで雷が鳴り、分厚い雲が月をすっかり隠していた。



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     目が覚めた瞬間、瞼の裏に淡い光が差し込んだ。冬の朝特有の冷たい空気が肌を撫で、微かに香の匂いが鼻をかすめる。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。
     夢の中で感じた温もりがまだ残っている。しかし、体を動かそうとすると全身が酷く重い。ここはどこだと瘴奸は視線を彷徨わせた。
    「お、目が覚めたか」
     その声に顔を僅かに動かす。途端に胸が傷んだ。痛みに顔を顰めながら見れば、枕元に新三郎が端坐していた。その膝に頭を乗せた貞宗の背が見える。眠っているらしく、肩が微かに上下していた。貞宗の体はぴったりと瘴奸の左半身に触れており、それが先ほどまで感じていた温もりだと気づいた。さらに貞宗の腕の中には常興もいる。何事かと驚いていると、瘴奸は右半身にも温もりがあることに気づく。恐る恐る見ると、将監の背が見えた。瘴奸を中心とした川の字に二本足された様子で眠っていたらしい。これだけ集まれば温かいはずだと思うと同時に、なぜ雑魚寝をしているのかと不思議に思う。それによく見ればここは貞宗の寝所だった。
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