Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🌠 🐣 🍩 💕
    POIPOI 274

    なりひさ

    ☆quiet follow

    🐜👀。賊🐜の変化

    #蟻目

    二匹の蟻 その5 明るい場所にいる夢を見た。温かくて、陽射しの降り注ぐ場所に立っている。どこから来て、どこへ行くのかもわからないまま、心地良さに身を委ねた。ずっとここに居たいと思ったが、やがて意識は浮上していく。
     目が覚めた瞬間、瞼の裏に淡い光が差し込んだ。冬の朝特有の冷たい空気が肌を撫で、微かに香の匂いが鼻をかすめる。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。
     夢の中で感じた温もりがまだ残っている。しかし、体を動かそうとすると全身が酷く重い。ここはどこだと瘴奸は視線を彷徨わせた。
    「お、目が覚めたか」
     その声に顔を僅かに動かす。途端に胸が傷んだ。痛みに顔を顰めながら見れば、枕元に新三郎が端坐していた。その膝に頭を乗せた貞宗の背が見える。眠っているらしく、肩が微かに上下していた。貞宗の体はぴったりと瘴奸の左半身に触れており、それが先ほどまで感じていた温もりだと気づいた。さらに貞宗の腕の中には常興もいる。何事かと驚いていると、瘴奸は右半身にも温もりがあることに気づく。恐る恐る見ると、将監の背が見えた。瘴奸を中心とした川の字に二本足された様子で眠っていたらしい。これだけ集まれば温かいはずだと思うと同時に、なぜ雑魚寝をしているのかと不思議に思う。それによく見ればここは貞宗の寝所だった。
    「殿、瘴奸が起きました」
     新三郎が貞宗の肩を揺さぶった。貞宗はすぐに目を覚ますとこちらを振り返る。至近距離で目が合った。
    「生きておるか、瘴奸」
    「そのようです」
     身じろぎをすれば体は痛みを訴えたが、生きていた。貞宗に会った後のことは覚えていないが、全員いるということは賊討伐は終わったのだろう。皆が無事であることに瘴奸は安堵の息をついた。
     すると目が覚めたらしい常興が起き上がり、険しい顔でこちらを見た。
    「まったく、とんだ無茶を……」
     今は常興の説教を素直に受ける気でいたが、貞宗は常興を止めた。すると将監が身じろぎをしてのっそりと起き上がる。将監は瘴奸を見下ろしたが、何も言わなかった。だが、言われなくともわかっている。死に損なった瘴奸には命令違反の咎が待っているはずだ。
     瘴奸は一つ息をついた。言われぬのならば、自ら言うしかない。覚悟はできていた。
    「貞宗様」
    「ん、どうした?まだ寒いか?」
     貞宗は瘴奸の手を取ると手の甲を摩った。その温もりが心地よい。指先にまで伝わる確かな温かさを感じた。しかし、その手を握り返すことはできない。甘えを振り払うように、瘴奸は手を引いた。
    「何なりと処罰を」
     震える唇から、思っていた以上に小さな声が漏れた。その瞬間、喉がひりつくように渇き、胸が押しつぶされるように苦しくなる。ようやく得た居場所を、瘴奸は自らの手で台無しにしてしまった。己の愚かさに自嘲もできない。瘴奸は命令無視のみならず、賊の罠にかかり皆を危険に晒した上に、貞宗まで自ら赴くほどの大事にした。将監ならばこのようなことはしなかっただろう。貞宗のそばに必要なのは将監であって瘴奸ではない。どんな処罰でも受けるつもりだが、いっそここから追い出すか、首を刎ねてほしかった。
     しかし貞宗からの返事はなかった。見れば貞宗は笑いを堪えており、反対に将監は気まずそうな顔をしていた。二人の反応に瘴奸は意味がわからず眉を顰める。
    「ふふ、将監も同じことを言っておったと思ってな」
     貞宗の言葉に将監を見る。将監は恥でも感じているのか、片手で顔を覆っていた。その反応にやはり腹が立つ。そんな顔をされるくらいなら笑われたほうが幾分かましであった。
    「瘴奸よ」
     貞宗の言葉に向き直る。貞宗は背を正して座していた。
    「此度のそちの行動は確かに命令違反であったが、見事に賊を討ち取り、我らに大きな被害もなかった」
     貞宗は真っ直ぐに瘴奸を見つめた。その瞳の力強さに瘴奸は魅入られる。
    「処罰はせぬ。これからも儂に仕えい」
     貞宗はわずかに口元を緩めながら、はっきりと告げた。その声音には、迷いのかけらもない。それどころか、確信と温かさすら滲んでいるように聞こえた。
     瘴奸は、喉の奥で何かが詰まるのを感じた。こんな言葉をもらえるはずではなかった。受け取る資格など、あるはずがない。それとも貞宗はまだ瘴奸に価値を見出しているのか。答えを探すように瘴奸は貞宗の瞳を見つめる。そこにあるのは、ただ静かに全てを受け入れるような光だった。貞宗の真意はわからない。だが、その光を疑うことはできなかった。
    「……御意」
     瘴奸は貞宗の瞳を見つめたまま呟いた。世界はこれほど眩しかっただろうか。光が満ちて見えた。

     冬の日差しが積もった雪を輝かせていた。空気は冷たいが、降り注ぐ太陽の光に春への期待は高まる。瘴奸は太刀を振る腕を止めて、顎に伝った汗を拭った。しかし、体を休めることなくすぐさま構え直す。上衣を脱いだ肌からは湯気がのぼっており、その体は引き締まっていた。胸には癒えたばかりの矢傷の跡が残っている。
    「もう鍛錬しておるのか」
     貞宗の声に瘴奸は顔を向ける。しかしすぐに太刀を振った。
    「体が鈍っておりますので」
    「傷が開いてしまうぞ?」
     貞宗は庭に降りてくると瘴奸の正面に立つ。瘴奸は構えていた太刀を引いた。貞宗の言う胸の矢傷は塞がっている。無駄に蓄えていた肉のおかげで臓腑までは届かなかったので治りも早かった。その贅肉も療養中に減り始め、こうして鍛錬をして引き締まってきた。そうなれば体も軽くなり、本来の二刀の扱いもできるようになるだろう。
     瘴奸は己の在り方を見つめ直していた。貞宗は瘴奸に仕える道を与えた。だとすれば瘴奸にできるのは武力を磨くことだった。戦場であれば貞宗の役に立てる。そう思って、日々鍛錬に励んでいた。それは貞宗の変化があったためでもある。
     貞宗は以前から瘴奸や将監を戦に出すことを忌避していた。しかし瘴奸が賊討伐に先走った一件から、様子が変わっていた。僅かに残った賊の残党の排除に将監を向かわせ、その後も度々将監を外に出しては領地を守らせている。それには常興や新三郎も驚いている様子だった。
     しかし瘴奸にしてみれば、療養中に将監ばかりが功を立てて焦る気持ちがあった。それが余計に鍛錬を励ませている。将監ばかりが貞宗に必要とされている気がして、それを振り払うように鍛錬に励んだ。しかし貞宗はそんな瘴奸を見るたびに、無理をするでないと言うばかりだった。瘴奸はそう言われるたびに期待されていないように感じて余計に焦りが募った。
    「休憩せぬか。握り飯もあるぞ」
     貞宗は濡れ縁を指差した。そこには大皿に山と積まれた握り飯があった。
    「ありがたいのですが……」
    「だったらちゃんと食べよ。ほれ、こい」
     貞宗に手首を掴まれて連れていかれる。縁に座らされると、貞宗が握り飯を差し出してきた。受け取らぬわけにもいかず、手を向ける。すると貞宗はその瘴奸の手を押さえた。
    「手が汚れておるだろ。儂が食わせてやる。口を開けい」
     ずいと握り飯を口元に差し出される。なぜこの人はこれほどに食わせたがるのかと訝しみながら、恐る恐る口を開いた。口に含んだ飯は塩気が効いていて、汗を流した体に染み渡っていく。しかしそうやって瘴奸が咀嚼して飲み込んでいく様を、貞宗が大きな目でじっと見つめ続けるものだから、瘴奸が気恥ずかしい気がしてならなかった。瘴奸は貞宗の指に触れぬようにそっと握り飯を口に入れる。すると貞宗は指についた米粒を自ら喰んだ。
    「もっと食わぬか?」
     貞宗がさらに握り飯を向けるので丁重に断った。すると貞宗は大皿を瘴奸のほうへ置き、後で食べるように言った。
    「ところでな、瘴奸」
     その言葉に瘴奸は居住まいを正す。貞宗が来たのはこの話をするためだと思ったからだ。
    「そち、地頭にならぬか」
     あまりに突然な提案に、瘴奸は言葉を発することができなかった。領地を預かる立場になぜ己が相応しいわけがない。
    「嫌か?」
     返事をしない瘴奸に貞宗がたずねる。
    「嫌などとんでもない。あまりにも有難いお話で……」
    「以前に将監が地頭をしていた領地なのだが、今の地頭の職が空くことになってな。そちがやってみないか」
     それを聞いて瘴奸は貞宗を見返す。将監の領地については聞いたことがあった。良い地頭であったと領民は口を揃えていたらしい。それならば、地頭として戻るのは将監が相応しいはず。なぜその話が己に回ってきたのか瘴奸は訝しんだ。
    「それは将監が行くべきでは」
    「将監が瘴奸にと言いおった。自分は以前に頂いたから、次は瘴奸にと」
     情けをかけられたように思えて瘴奸は嬉しくはなかった。以前であれば、たとえ将監から奪ってでも領地を欲しいと思ったはずだ。だが今は戸惑いのほうが大きい。領地に対する思いは将監も同じはずで、それを譲るなど簡単な決断ではないだろう。
    「返事は急がぬ。よく考えてみよ」
     言って貞宗が立ち上がった。ちょうどその姿が陽射しと重なる。貞宗の白くなった髪がそれを受けて小さく煌めいて見えた。
    「ところで、そちは仏がおると思うか?」
     貞宗の突然の問いに、瘴奸は再び言葉に詰まった。
    「何ですかいきなり」
    「よいから答えぬか」
    「いるわけないでしょう」
     つい本心が出てしまい瘴奸ははっとする。一応は出家して入道になった身である。口だけでも信じていると言うべきだったかと思ったが、言葉は既に出てしまったあとだった。
     すると貞宗はふむと頷いて、何やら考えるように顎鬚を撫でている。
    「それがなにか?」
    「そち、あの大徳王寺で、気がついたら儂の部屋にいたと言っておったが、それ以前はどこまで覚えておる?」
     思ってもみない問いに瘴奸は驚きながらも、思い返す。記憶は曖昧ではっきりとはしないが、あの狭い民家と仏像と、揺らめく蝋燭の火は覚えていた。
    「長寿丸……いえ、北条時行が待つ家に誘い込まれたところまでは」
    「時行とはどのように戦った?」
    「そこまでは……なにか気に掛かることでも?」
     すると貞宗は瘴奸を見た。その表情が曇って見えるのは光の加減のせいだろうか。
    「将監にも同じことを聞いた。あやつも時行と戦う直前まで覚えていると言っておった。そちは知らぬだろうが、中山庄での戦いより二年後に、そちは再び時行と戦っておる」
     貞宗の言葉に瘴奸はようやくわかった気がした。貞宗がなぜ将監や瘴奸を戦に出すことを避けていたのかを。
    「そこで死んだのですね」
     己の死を知るのは不思議な気分だった。悲しさはなく、かといって良い気分であるはずもない。だが貞宗のほうがよっぽど辛そうな顔をしていた。
    「……将監には言わんでくれ」
     貞宗は将監の死を嘆いたのだろう。だからこそあれほど将監を大切にするのか。瘴奸にとっても己の行く末であるはずなのだが、他人事のように思えた。
    「将監は気付いているでしょう」
     将監が貞宗を見る目は腑抜けていたわけではなかった。失うことを知っているからこそ、より貞宗をかけがえのない存在だと思っていたのだろう。諦念や達観とも違う何かを胸に秘めていたのかもしれない。
    「儂はそちらの死を二度も耐えられんと思った。だから戦にも連れて行きとうなかった。だが、そのせいでそちに無茶をさせた。最初からそちらを向かわせておれば、あのようなことにはならなかった」
     貞宗は悔いるように言葉を振り絞っていた。瘴奸は貞宗にそんな思いをさせた己を忌々しく思う。
    「しかし、最近になって将監を外に出して領地を守らせているのは」
    「儂の勝手で縛りつけてはいかんと思ってな。そちらを失うことを恐れるこの思いは、儂だけで引き受けねばならんものだ」
     貞宗があまりに寂しそうに見えた。ふと日が翳って冷たい風が吹く。瘴奸は立ち上がると焦るように言った。
    「俺も将監も、簡単には死にません」
     たとえ無責任だとしても、瘴奸は言い切った。この乱世で命の保障などできるはずもない。しかし、貞宗のためであれば、その無茶を通してみたかった。
     貞宗は苦い微笑みを浮かべて頷いた。貞宗とて、そんな言葉は気休めにもならないとわかっているだろう。
    「邪魔をしたな」
     去ろうとする貞宗の手を瘴奸は思わず掴んでいた。何か考えがあったわけではない。ただ、貞宗にそんな顔をさせたままにしたくなかった。
    「侍医と坊主の話をご存知で?」
     引き止めたくてつい口から出ていた。貞宗は虚をつかれたように目を丸くする。
    「侍医と坊主?」
    「とある腕のいい侍医が往来を歩いていると、財布が落ちているのを見つけたのです。侍医は腕が立つが欲がないわけではない。しかし人目もあるから財布は拾わなかった。すると後から来た坊主がその財布を拾って懐へ入れてしまった」
     そこで一旦言葉を切ると、貞宗は話の先を待つように瘴奸を見た。馬鹿なことを喋っていると思いながらも瘴奸は言葉を続ける。
    「侍医は坊主に言いったのです。坊主が拾ったものを懐へ入れるとはどういうことかと。すると坊主が言い返した。医者が見放したら坊主のものだ、と」
     貞宗は目を瞬かせた後に口元を緩めて吐息のような笑い声をあげた。たとえその刹那でも貞宗が笑ってくれたことに瘴奸は安堵する。恥を忍んで聞きかじりの滑稽話を口にしたことも報われた。瘴奸は掴んだままであった貞宗の手を離す。
    「つまらぬ話を聞かせました」
    「笑わせてくれたのであろう。そちは優しいな」
     貞宗が瘴奸の腕に触れてから去っていった。瘴奸はその背が見えなくなるまで目を離さなかった。
     すると物音がした。瘴奸は振り返る。濡れ縁に面した部屋の戸の隙間から、新三郎がこちらを見ていた。顔は半分しか見えていないが、こちらを揶揄う気配が存分に滲み出ている。先ほどの貞宗とのやり取りを見ていたらしい。
    「新三郎殿」
     瘴奸は込み上げる羞恥を丁寧に押し込めて、握り飯が乗った大皿を持ち上げた。
    「よかったら食いますか。殿がくださったのですが、食べきれませんので」
     瘴奸は賄賂のつもりではなかったが、新三郎は大仰に頷くと、握り飯を二つ三つと手にした。
    「さっきの話」
    「はい」
    「女子を口説くときに使っていいか?」
    「……どうぞ」
     新三郎は締まりのない顔で握り飯を口に入れている。その口説きが上手くいきそうにないことだけは瘴奸にもわかった。
    「ん?」
     すると新三郎が不思議そうな顔で瘴奸を見た。
    「お前、瘴奸か?」
    「そうですが、なにか」
    「いや、てっきり将監かと思って」
    「腹の肉を落としましたので、見分けがつきませんでしたか?」
     瘴奸は新三郎に腹の肉で見分けられたことを少し気にしていたので、つい得意げに言った。すると新三郎は急に真面目な顔になって言った。
    「表情、かな」
     新三郎はそれだけ言うと行ってしまった。瘴奸は己の顔に手をやる。傷の多い顔がどのような表情を浮かべていたのかわからない。だが、確かに何かが変わり始めている気がした。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏😭🙏👏💴💴💴💴💴💴💴😭😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    なりひさ

    DOODLE🐜👀。賊🐜の変化
    二匹の蟻 その5 明るい場所にいる夢を見た。温かくて、陽射しの降り注ぐ場所に立っている。どこから来て、どこへ行くのかもわからないまま、心地良さに身を委ねた。ずっとここに居たいと思ったが、やがて意識は浮上していく。
     目が覚めた瞬間、瞼の裏に淡い光が差し込んだ。冬の朝特有の冷たい空気が肌を撫で、微かに香の匂いが鼻をかすめる。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。
     夢の中で感じた温もりがまだ残っている。しかし、体を動かそうとすると全身が酷く重い。ここはどこだと瘴奸は視線を彷徨わせた。
    「お、目が覚めたか」
     その声に顔を僅かに動かす。途端に胸が傷んだ。痛みに顔を顰めながら見れば、枕元に新三郎が端坐していた。その膝に頭を乗せた貞宗の背が見える。眠っているらしく、肩が微かに上下していた。貞宗の体はぴったりと瘴奸の左半身に触れており、それが先ほどまで感じていた温もりだと気づいた。さらに貞宗の腕の中には常興もいる。何事かと驚いていると、瘴奸は右半身にも温もりがあることに気づく。恐る恐る見ると、将監の背が見えた。瘴奸を中心とした川の字に二本足された様子で眠っていたらしい。これだけ集まれば温かいはずだと思うと同時に、なぜ雑魚寝をしているのかと不思議に思う。それによく見ればここは貞宗の寝所だった。
    6105

    recommended works