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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    🐜👀。死んだはずの瘴奸が生き返って二人に増える話。

    #蟻目

    二匹の蟻 その1 戦場での夜は不気味な静けさがあった。見張りや不寝番はいるものの、全くの無防備で眠る者はいない。張り詰めた空気が常に漂い、獣が息を潜めているように感じられた。
     そんな夜の砦に咳きが響く。病で倒れた貞宗の咳は夜になると一層酷くなった。常興は貞宗の傍らに座り、少しでも楽になるようにとその背をさする。その背はひと月で肉が落ちていた。貞宗の体調が快方に向かっている様子はない。
     貞宗は細い息をついて体の力を抜いた。見るからに弱ったその様子は消える寸前の蝋燭を見ているようで、常興は思わず出そうになる溜息を飲み込む。昼間の戦の疲れが瞼を重くさせたが、この状態の貞宗を残して床にはつけなかった。
     暫くしてようやく貞宗の咳が落ち着いた。熱は上がってきていたが、貞宗は眠気が訪れたのか虚な目をしている。喉が渇いたはずだと常興は水を飲ませようとしたが、貞宗はゆるく首を横に振った。代わりに寒いと口にする。夏が終わって秋になろうとしているが、まだ暑いくらいだった。常興の首筋には汗が滲んでいる。それでも貞宗は身を丸めるようにしていた。
    「もう一枚掛けるものを持ってきます」
     常興は立ち上がると部屋を出た。早足で廊下を歩く。もう長くないのかもしれないという思いが嫌でも頭を過ぎった。戦を止めて領地に戻るべきではないのか、それを決断するには既に遅いのではないか。迷いと苦悩が常興の足をさらに早めた。
     常興は掻巻を手に戻ると部屋の戸に手をかけた。その瞬間に何か冷たいものを感じる。手が勝手に震え、嫌な予感がして慌てて戸を開けると、先ほどまで横になっていた貞宗が体を起こしているのが見えた。
    「貞宗様?」
     貞宗は常興には背を向け、部屋の隅に目を向けていた。枕元には灯りがあるものの、反対側は灯りが届かずに暗い。急拵えの砦の部屋に余分な物はなく、何もないはずの暗闇に目を向ける貞宗の姿はどこか不気味に見えた。
    「どうされたのですか」
     持っていた掻巻を貞宗の肩にかける。しかし貞宗は常興には目をくれず、まだ部屋の隅を見ていた。夜目が効かぬと漏らしていた貞宗が暗闇に何を見ているのか。背筋に寒いものを感じながら、常興もそちらに目を向けた。
     ただの暗闇かと思えたそこに、何かが立っていた。床が鳴る。暗闇から抜き出てきたように、ゆっくりと影が形を作った。
    「……瘴奸」
     貞宗の声が先に聞こえて、影から瘴奸が姿を現した。あの建武二年の夏、中先代の乱と名のついた戦で命を落とした瘴奸がそこに立っていた。
    「大殿」
     耳に届くその声も瘴奸のものだった。貞宗がゆらりと立ち上がった。
    「貞宗様」
     常興は思わず貞宗を押し留める。まさか迎えに来たのではあるまいなと瘴奸へと目を向けた。すると、瘴奸の後ろに更に人影が見えた。その影もこちらへと足を一歩踏み出す。影から現れた者に常興は我が目を疑った。瘴奸だ。全く同じ顔をした瘴奸が二人並んでいる。なぜ死んだはずの瘴奸が二人もいるのだと常興は顔を顰めた。
     すると、雫の落ちる音がした。
     貞宗の目から涙が流れている。その雫が、常興の手の甲にも落ちた。
     貞宗は二人の瘴奸に向かって足を踏み出した。常興は止めようと手を伸ばしたが、病人とは思えない力で振り払われた。
    「瘴奸」
     貞宗の手が二人の瘴奸に伸びる。貞宗はその手で二人の瘴奸を抱きしめていた。

     翌朝の砦は恐慌に包まれていた。郎党たちも瘴奸のことを知っている者が多く、かつては瘴奸の郎党であった者もいた。死んだはずの瘴奸が二人も現れたことを祟りだと言い出す者もいれば、呪いだと泣き出す者までいた。新三郎ですら二人の瘴奸を見ると、具合が悪くなったと言って部屋に戻ってしまう始末だった。
     そんな中で貞宗だけが笑顔だった。昨夜までの熱が嘘のように引いて、今も体を起こして瘴奸たちと話し込んでいる。
     そして当の二人の瘴奸は、なぜ自分たちがここにいるのか、なぜ二人になったのかもわかっていない様子だった。だが霊の類でないらしく、今も貞宗は二人の瘴奸の手をそれぞれ掴んでいる。触れられるのであれば、霊ではないのだろう。
    「大殿、そろそろ休まれたほうが」
     片方の瘴奸が言った。夜中に瘴奸が現れてから、貞宗は一睡もせずに朝を迎えている。貞宗は笑顔を硬直させると、何度か目を瞬いた。
    「寝てる間に消えてしまうのではあるまいな」
     貞宗の言葉の片方の瘴奸は苦笑して、もう片方の瘴奸は戸口に目をやってから口を開いた。
    「逃げようにも、こう見張られては逃げれませんな」
     部屋の戸は開けられており、そこから何人もの郎党が恐る恐るというようにこちらを見ていた。生き返ったという二人の瘴奸を遠巻きに見ている。常興は立ち上がると追い払うように戸口へと向かった。
    「貞宗様がお休みになられる。持ち場に戻らんか」
     常興の一喝で郎党たちは散った。常興は戸を閉じると、貞宗の傍へと戻る。
    「少しお休みください」
     瘴奸を掴む手を離させて、貞宗の体を横たえた。貞宗は何度か瘴奸に消えるでないぞと言っていたが、やがて眠りについた。
     常興はようやく息をつくと、二人の瘴奸に目をやった。目線で促せば、二人は寝ている貞宗から離れる。眠りを妨げないようにと少し離れて腰を下ろすと、二人の瘴奸は常興の前に座った。
     常興は改めて二人の瘴奸を見やる。一人は微かに笑みを浮かべているが、もう一人は感情の読めない表情をしていた。この二人は全く同じように見えるが、どこか違うように常興は感じていた。
    「今まで何をしていた。そしてどうやってここへ来た」
     貞宗が繰り返した問いを、常興も投げかける。一人の瘴奸がわからないと言い、もう一人が同意するように頷いた。
    「気がついたらここにいたのです」
    「お前が姿を消してから五年が経っている」
     あの戦も夏だったと常興は思い返した。敢えて死んだと言わなかったのは、常興も貞宗も瘴奸の亡骸を見ていないからだ。しかし瘴奸が率いていた郎党たちから死んだと聞いた。まさか虚偽の報告だったかとも思ったが、先ほどの恐慌状態の中に瘴奸の郎党たちもいた。あの驚きようは嘘ではないだろう。たとえ生きていたとしても、二人いることの説明にはならない。
    「本当にわからないのですよ」
     瘴奸も自分の置かれている状況に困惑しているようだった。常興は瘴奸にこれまでのことを簡単に説明をした。長寿丸だと名乗っていた童が北条時行であったこと。その時行が鎌倉を一度は奪還したこと。それから金ヶ崎や青野原で戦い。そして再びこの大徳王寺で時行と戦っていることなどだ。
     一人の瘴奸は黙って聞きながら頷いていたが、もう一人の瘴奸は不可解そうに顔を顰めていた。
    「どうかしたか」
    「説明が少し足りぬように思えるのですよ。私が覚えているのは中山庄にいたあの夜だ」
     中山庄とは瘴奸が虐殺を行った場所だ。瘴奸は貞宗から諏訪の領地を少しずつ奪えと命じられたが、それに乗じて領民を殺していた。
    「諏訪の三大将との戦いは覚えていないのか?」
     常興の問いに、瘴奸は少し間を置いてから視線を貞宗へと向けた。
    「知りませぬな。貞宗殿も私が知る頃より歳を重ねられている。俺たちはまるで何年も眠っていて、突然に目覚めでもしたようだ」
     瘴奸は自分でも荒唐無稽なことを口にしているとわかっているためか、嘲るように口元に笑みを作っていた。
     常興はもう一人の瘴奸を見た。こうして同じ顔が二人並ぶとやはり不気味である。しかしこちらの瘴奸のほうが、表情が穏やかなように見えた。瘴奸は頷いてから口を開く。
    「私が覚えているのは、大殿を追う諏訪を襲撃するために山中にいたところまでです」
     こちらの瘴奸も貞宗のほうを見た。その眼差しに覚えがある。貞宗の信頼を得てからの瘴奸は貞宗を大殿と呼び、このような親しみを込めた眼差しを貞宗に向けていた。毒気の抜けたその眼差しを気に入らないと思うこともあったが、今となっては懐かしくもある。
     遠くに兵の声が上がった。それが常興を現実の問題へと引き戻した。
    「ちょうど良いときに化けて出たと考えるべきか」
     常興は独り言ちてから立ち上がった。
    「先ほども言ったが、今は戦の最中だ。数年間姿を消している間に戦のやり方を忘れたわけではあるまいな」
     常興に瘴奸の存在が衝撃を与えなかったわけではない。だが、病で倒れた貞宗から預かったこの戦を、このまま膠着させておくわけにはいかなかった。この二人の瘴奸は間違いなくこの戦を動かす存在になる。その重要さに比べれば、甦った理由も原因も、常興にとっては瑣末なことであった。
     常興は二人の瘴奸を連れて前線へ出た。怯える郎党たちを叱咤して、常興はいつものように正面から敵軍に向かい注目を引いた。その間に二人の瘴奸が山中を進む。二人にはそれぞれかつての郎党たちをつけてあった。山岳急襲をさせれば瘴奸の右に出る者はいない。常興が十分に時行軍を引き付けたところで、二人の瘴奸が時行軍の砦を左右から襲った。
     時行軍の混乱は明らかだった。なぜ生きているのかと驚く声も聞こえる。それでも果敢に戦いを挑む郎党もいたが、瘴奸の太刀の腕は並ではない。一度崩れた勢いは立ち直せず、時行たちはいつもの勢いを失って砦を一つ後退させていった。小笠原軍にとっては久々の快勝であり、これほど上手くいくのであればもっと早くに化けて出ろと、常興はこの一月の苦労を思った。
     しかし勝利の喜びと同時に、疑問は浮かび上がる。瘴奸を討ち取ったのは時行たちである。その時行たちの慌てぶりから、やはり瘴奸が死んだことは間違いない事実だとわかる。ではなぜ生き返ったのか、そしてなぜ二人になったのか。疑問は尽きない。しかし、現に存在するのであれば、受け入れるほかなかった。
     ところが、貞宗は快勝したにも関わらず酷く立腹した。瘴奸たちを戦に連れていったことに怒ったらしい。こいつらを戦に使わねば何に使うのかと常興は思ったが、貞宗は再び瘴奸を失うことに怯えている様子だった。
     その後貞宗は瘴奸を戦には出さなかったが、間も無く到着した土岐によって時行たちは撤退していった。その頃には貞宗の体調もすっかり回復しており、長引いた戦を終えて館への帰路についた。季節はすっかり秋めいており、道中の山々に色付いた葉の様子を、貞宗は二人の瘴奸に嬉々として語らっていた。
     


     
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     目が覚めた瞬間、瞼の裏に淡い光が差し込んだ。冬の朝特有の冷たい空気が肌を撫で、微かに香の匂いが鼻をかすめる。見上げれば、見知らぬ天井が広がっていた。
     夢の中で感じた温もりがまだ残っている。しかし、体を動かそうとすると全身が酷く重い。ここはどこだと瘴奸は視線を彷徨わせた。
    「お、目が覚めたか」
     その声に顔を僅かに動かす。途端に胸が傷んだ。痛みに顔を顰めながら見れば、枕元に新三郎が端坐していた。その膝に頭を乗せた貞宗の背が見える。眠っているらしく、肩が微かに上下していた。貞宗の体はぴったりと瘴奸の左半身に触れており、それが先ほどまで感じていた温もりだと気づいた。さらに貞宗の腕の中には常興もいる。何事かと驚いていると、瘴奸は右半身にも温もりがあることに気づく。恐る恐る見ると、将監の背が見えた。瘴奸を中心とした川の字に二本足された様子で眠っていたらしい。これだけ集まれば温かいはずだと思うと同時に、なぜ雑魚寝をしているのかと不思議に思う。それによく見ればここは貞宗の寝所だった。
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