藍兄弟の場合「兄上」
「何だい?」
「……バレンタインデーというものは、好いた相手に女性からチョコレートを渡す日だと聞きました」
「そうだね。本来はそう言う訳ではないのだろうけれど、これを機会に勇気を出せる女性も多いだろうね。もっとも、最近は自分や友人の為のチョコレートを用意する女性が増えたらしいけれど」
「……兄上は、想いを返せない相手からのチョコレートを受け取るべきだと思いますか?」
毎年受け取っているチョコレートは今年も同様である。チョコレートと一緒に告白の言葉や手紙をもらうこともあるけれど藍忘機に返せる気持ちはなかった。ホワイトデーに形ばかりのクッキーやキャンディーを返すだけだ。
それは兄も同じで、むしろそれに倣ってチョコレートを受け取っているのだが考えていた以上に重みのあるものなのだと最近になって気が付いた。
「忘機、好きな人でも出来たかい?」
「そういう訳ではありません」
兄の曦臣は赤くなった弟の耳を見なかったことにする。
「受け取るのが誰かに対して不誠実だと思うなら、断るといいよ。私の場合は、真剣な想いは受け止めるべきだと思っているだけで。もちろん、気を持たせるような真似はしないけれどね」
それでも、受け取ってくれるだけでいいという女性は後を絶たない。忘機にしても、受け取るには受け取るもののニコリともしなければ礼のひとつもないのだけれど。
思案する忘機から目を逸らし、曦臣は少し遠くを見るようにして苦笑いする。
「……ただ」
「……?」
「欲しい相手からは、貰えないものだね」
その言葉に忘機はゆっくりと二度、瞬きをした。
「兄上は」
「さて。どちらにせよ後悔のないように、己の心によく尋ねてみるといい」
「はい」
「ああ、そうだ。もし想う相手がいるのならこちらがチョコレートを渡すのも悪くないね。来年はそうしてみようか?忘機?」
弟の言葉を遮った曦臣は今度は揶揄うようにそう言った。