青空に放流してたヤツ少年の語った幼い記憶に思いを寄せるアオ
優しく懐かしむ少年の顔を見て、いつかは私との思い出もこの様な表情で誰かに語ってくれるのだろうか?
○
眠れぬ少年を寝かしつける
アオガミの生きている音
○
「君を知ってから私はどこか変になってしまった」
「オレもだよ。………アオガミといる時、なんか心が浮かれてる気分」
「………そうか。君の言葉でようやく理解できた。私は変になったのではなく、浮かれていたのか。……君のおかげでようやく、この感情に当てはまる言葉を見つけることができた。ありがとう」
「へへ…どーいたしまして」
○
就寝からしばらくしてからの事だった。
「もし、」
アオガミが語りかけてくる。
脈絡もなく、唐突に。
「私が、人間であったなら」
…頭の中で三つ数えてみたが、アオガミから、その先の言葉がまだ来ない。これは自分に対しての問いかけだと確信した。
「なにも変わんないよ。こうして二人で寝てる」
そう言って、そっぽを向くように寝返りをうつ。
我ながら凄く適当な回答だった。
正直、何故そのような質問をしたのか?と言う疑問が強くて思わずそちらの方を聞きそうになったが、不思議とそれを聞くのが怖くなったのでやめてしまった。
結局その夜は、その会話だけで終わってしまった。
朝はまだ遠い。
○
明晰夢だ
何故なら隣にいるアオガミはまごうごと無き人間であり、同じ学園に通う同級生だからだ。
放課後、寮の部屋で何をする訳でもなくダラダラと一緒に過ごし、茶化して、仔猫のように戯れて、
そうしている間も夢の中のアオガミはずっとオレの名前を呼んでいた。
少年と呼ばれはすれど、その口から出る事はなかった自分の名前。
それを繰り返し、繰り返し、
呼ばれるたびに心が躍りそうなぐらい浮かれてしまった。
「少年」
その言葉を聞いた瞬間、今は現実だと告げる様に目の前にはいつものアオガミがいた。
「おはよう」
なんの夢を見ていたのか忘れてしまったが、それでも幸せな夢を見ていた様な気がするのは覚えている。
○
東京にも雪が降り、積もった雪もほとんどが溶け、下のアスファルトが見える様になった頃。
学寮の近くにて、なごり雪で小さな雪兎を一つ作った。
その辺に落ちていた葉を二枚を雪の塊に刺し耳に見立て、小石を乗せて目を作る。少し泥が混じって汚い見た目になってしまったがそれでも可愛らしい出来にはなったとは思う。
手についた泥を拭い、ポケットからスマホを取り出して何枚か写真を撮った。
メンテナンスに行ったアオガミにこの出来事を早く言いたいなと、まだかなと、まるで春を待ち侘びる生き物の様な気分だった。
○
寝る時は普段はカーテンを閉めるのだが、今回は面倒くさくて開けっぱなしで寝ることにした。
丁度今夜は満月だったからか?
眩しい月光がベッドまで入ってくる。
時間帯も相まって窓から月が少し見えてきた。
……アオガミが急にベッドから起き上がり勢いよくカーテンをシャッと閉めた。
「…眩しかった?」と聞くと、
「……そうだな」と、
そう言いながら、またオレの側に横たわり布団を掛け直してくれた。
「起こしてしまってすまない」
「別に、オレも眩しくて寝付けなかった。おやすみ」
「おやすみ。少年」
今度からちゃんとカーテン閉めてから寝よう。いい感じにやって来た眠気と共に心に雑に誓って寝た。
○
今まで、
「平気」と言うと、
「そうか」と返してくれた。
「大丈夫」と言うと、
「安心した」と返してくれた。
今回も大丈夫だと言ったのだけれど、今回はいつも通りにはいかなくて、結局今回は自分の心の内をほんの少し打ち明けてしまった。
あの頃のままのアオガミではないのだと、アオガミだって変わっていってるのだと自分に言い聞かせながら、
この調子だといつかはアオガミに心の内を全て暴かれる事になるだろうと、
その考えが出た瞬間に恐怖に変わっていった。
自分がアオガミに対する思いはそこまで綺麗なものではない。そんな汚泥の様な感情が、
彼に暴かれる事など恐怖以外の何物でもないのだ。
○
「少年、これを」
アオガミから差し出されたのは一輪のサツキの花だった。
「花を贈るのを…私もやってみたかった……だが、私だけでは花を購入する事が出来なかった」
心なしかしょぼくれて見える。
「ありがとう。嬉しいすっごい嬉しい。オレのために摘んできてくれたんだろ?」
見覚えがある花の色。おそらく寮の垣根に咲いていたものだろう。
それを、オレの為に摘んできてくれたかと思うとつい、嬉しくてにやけてしまった。
「君のその顔を見ていると、私も嬉しくなる」
にやけたオレの顔を見て、アオガミも安心したのだろう。
ささやかながら、サツキの花に添えられた言葉の意味の様なひとときだった。
○
「オレは嬉しいよ?ほら、お揃い」と、
これ以上近づけば唇が触れてしまう距離まで詰めて二人は金色の瞳同士を映し合う。アオガミは何か言いたげそうにしていたが、遂には噤んでしまった。
「少年」
絞り出した言葉と共に漏れ出した吐息が優しく頬を撫で、それに喜ぶように目を細めた。
○
言い訳すると寝ぼけてた。
何があったかと言うと越水さんの事をアオガミと呼んでしまった。
「そうか…では、アオガミならこの様な場合どう返した?」
何故そんなにも楽しそうに返してくるのか?
「……」
「………」
沈黙の間も楽しげな目線がこちらに降りてくる。
この人は、冷徹に見えながら意外にも意地悪なところがあるのだ。
全くもって中身だけはアオガミと似てない!
○
「脈拍、呼吸、血圧、体温。いずれも正常値であることを確認」
「すっご、アオガミ。手を添えただけでソレ分かんの?スマートウォッチいらないじゃん」
素直な感想がそのまま口に出る。
「そうだな。私なら君の百年分のバイタルの記憶をつけるのも可能だ」
ある意味それは、オレとアオガミはずっと一緒にいるのだと言ってるもんだなと捉えると嬉しくなってきた。
「少年、先ほどより若干脈拍が上昇しているが…」
「浮かれてんのよ。…オレも測ってあげる」
そう言ってアオガミの腕を抱きしめる。
しばらく経って、
「何か分かっただろうか?」
「アオガミがオレのこと好きなのが分かった」
ふふん、としたり顔で笑ってやった。
○
「この前、夢を見た。救えなかった夢」
「妙にリアルで、あり得たかもしれないって思うとなんか凄い嫌でさ、」
「選択を…間違えてたらおそらくこうだっただろうなって」
「せめて夢の中では楽しいものを見せて欲しい」
断片的になってしまった行き場のない感情の吐露はいつのまにかアオガミの胸の中に吸い込まれていた。
「なら、今夜はこのまま眠ろう……これなら夢の中でも私は君を守れる」
そう言い、オレを抱きしめながらベッドに連れ込むアオガミがなんだかおかしくて静かにだけども笑ってしまった。
ラフムに腹を刺され殺された夢
内容だけは言わない方が良いと伏せた
なんせ、彼は…
○
意思無き者に、意思を感じるのは
意思ある者のエゴなのだと、
頭の中では何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、言い聞かせているのに、
朽ち果てた彼の同胞の骸から掬った力は
オレに「生きろ、頑張れ」と語りかけてくるようで尚更愛おしく感じてしまうのだ。
○
面倒だとしても掃除はする。
狭い部屋の中、気分を無理矢理上げる為に掃除機の音に負けないぐらいの鼻歌を熱唱しながら掃除を進めていく。
正味、流行りの曲などこれぽっちも興味は無いし、昔母さんと一緒に聴いてた歌すらまともに歌えない。
「夏の星座にぶら下がってぇ〜」
そこから花火を見下ろしてぇ〜……と、やっと歌えそうなサビまで来て思わず歌詞を口ずさむ。
ここまで来るとやっと、玄関周りの掃除が終わった。
「貴方が好きなんです〜」
「私も君の事が好きだ」
いつの間にかベッドに腰掛けていたアオガミのせいで今回のリサイタルは強制終了してしまった。
ノリノリで歌ってるのを聴かれるのは流石に恥ずかしい。
○
食事の写真を撮り、アオガミにお茶を渡す。
今日のお昼はおにぎりだ。
「君はいつも食事の写真を撮っているが…。写真を撮るのが好きなのか?」
「んー…好き、かなぁ?いつも写真送ってんの」
入学したての頃、親にちゃんとご飯は食べているのか?と、しつこく連絡が来た。その結果、今でもこうして親に写真を送るのが日課になってしまったのだ。
だが、今日の返信には驚いた。
『最近付き合ってる子いるの??』
母からの返事にかじった米が吹き出しそうになる。
『どうして?』
『一人で食べる量じゃない』
慌てて写真アプリを開く。スクロールするとアオガミと出会ってからの写真は二人分の食事のものばかりだった。
○
一度は行って見たかった
いつかは行こうと思ってた
それでも今日まで来なかった
それが、東京タワー
アオガミとの出会いがきっかけで今日初めて東京タワーのてっぺんまで登ってみた。
「なるほど…ダアトで見た景色とやはり違うな…」
そう呟いて、遠くの街並みを見下ろしているアオガミをぼんやり眺める。
人を守る為に造られたアイツは今、初めて人の営みが生きている東京を見渡してい…ぎゃ、
「ぎぁあッ!!」
「少年!?」
思わず寄ってきたアオガミに飛びついてしまった。
忘れてた
ガラス張りの床の存在を
不意打ちすぎて腰抜けた
あの後、アオガミに支えてもらいながらまだ震える足で東京タワーを後にした
○