プレゼントを君に時は、9月の中旬。
最近は残暑が厳しく、暦の上ではもう秋だと言うのに暑い日が続いていた。
桜の元に蘇枋から、突然チャットアプリに個別メッセージが届く。
【そういえば、そろそろにれ君の誕生日だけれど、桜くんはプレゼントの用意してあるのかい?】
……楡井の、誕生日?
そういえば、付き合っているのにアイツの誕生日がいつか、だなんて……聞いたことがなかった気がする。
この町にくるまでは、オレにとって誕生日だなんてものは「この世に“生まれてしまった”日」という認識だった。
親族には盥回しにされ厄介者扱い、学校でも居場所の無かったオレの誕生日だなんてものを祝ってくれる人間は、一切居なかったからだ。
でも、この町に来てから誕生日がいつかと聞かれること増えた気がする。
それに……クラスメイトが誕生日だった時はプレゼントなんてものを用意していないオレにも「お祝いの言葉だけでも欲しい」だのと皆言ってくる……。
こんな言葉だけで喜ぶなんて変わったヤツらだ、とオレは思っていた。
【用意してない】
オレは、操作になれていないスマホで簡潔に蘇枋にそのように返信する。
すると、蘇枋からすぐに返信が来る。
【まだ間に合うから、何か用意した方がいい思うよ……? きっとにれ君はとても喜ぶと思うから】
誕生日にプレゼントをやると楡井が喜ぶ……か。
【わかった、そうする】
それなら、プレゼントを贈らないという選択肢は無い。
アイツの喜ぶ顔がみたい、オレはそう思いながらアイツに贈るプレゼントについて考え始めた。
ーーーーしかし。
「もうすぐ楡井の誕生日なんだが、何を贈ればいいか解らなくてよ……」
オレは他人にプレゼントなんてものを贈ったことがないし、モノを貰ったこともこの町の商店街に来てから初めて貰ったようなものだ。
全くプレゼントの内容が思い浮かばなかった。
「で、私にアドバイスを貰いたいってことかしら?」
「お、おう……悪ぃかよ……」
オレの目の前には持国衆筆頭の椿野が居る。
屋上での定例会の後に話があると言って、相談にのってもらおうとしているところだ。
「へぇ……好きな人のプレゼントを選ぶのに悩んでるからアドバイスが欲しいなんて、ふふ……桜もかわいいところあるじゃない!」
「……う、うっせぇよ!」
椿野の言葉にいちいち反応する恋愛センサーとやらが忌々しい、お陰でオレの顔はずっと真っ赤のままだ。
「楡井かぁ……確かあの子古着とか好きだったわよねぇ」
「でも、オレ……そういうの全然分かんねぇし、別のモンがいいかと思ったんだが……それが思い浮かばねぇんだよな」
その後も、椿野のから色々と案は出るが、何かしっくり来なく2人で悩むことになってしまった。
「それなら、文房具はどう?」
「ぶんぼーぐ……?」
文房具ってあれだよな、ノートとかそういう。
「ほら、あの子ってよくノートにメモをとっているじゃない? だから、メモ帳とか字を書く用のペンなんて贈ってあげるのもいいんじゃないかしら!」
でも、文房具なんてありふれたものだしそんなものでアイツは喜んでくれるんだろうか?
「でも、そんなんで楡井は喜ぶもんなのか?」
「馬鹿ねぇ、桜。プレゼントは心が籠っていればなんでも嬉しいものなのよ!」
急に不安になったオレの言葉に、椿野は微笑みながら語る……多分コイツにもそういった経験があったのかもしれない。
「そ、そうか……それならプレゼントそれにすることにする」
「ええ……こちらこそちゃんと期待に応えられて良かったわ」
「椿野、あ……ありがとな」
素直にそう言うと、椿野は「キャーーー!」と雄叫びをあげながらオレに抱き着いてくる。
「本当に桜の役に立てて嬉しかったの、また頼ってくれると嬉しいわぁ!」
「わかった、わかったから……もう離してくれぇ!!!」
椿野から漸く解放されたオレは、前に椿野の言われたことをふと思い出し、それを口にする。
「そういえば、お前が前に言ってた『“恋をする”って楽しいモン』っていうヤツ……今ならわかるような気がするわ」
「そっか、そう思ってくれるようになったなら、よかったわ……!」
オレの言葉に微笑む椿野も、きっと長年想っているアイツのことを考えていたんだろう。
アイツの気持ちが少しだけ、オレにも分かったような気がした。
9/21
楡井の誕生日、当日。
プレゼント選びの時は多少アクシデントはあったものの、きちんとプレゼントを用意をすることができた。
オレはそのプレゼントの入った紙袋を持ち、家を出る。
今日は、蘇枋は用事があるらしく楡井と2人で登校することになった。
が、その後に【ちゃんとにれ君にプレゼント渡せるといいね♪】なんて個別チャットを送ってきやがったので、本当は用がないらしい……本当に余計なお世話だっての。
「あっ、おはようございます桜さん!」
「お、おぅ……」
いつもの挨拶なのに妙に緊張してしまう。
「どうかされたんですか、桜さん?」
「なんでもない」
いつもと違い、楡井の顔が上手く見れない。
無言のまま、2人で通学路を歩いていく。
だが、いつまでも何も言わないままでは2人きりで登校した意味が無いのだ。
オレは意を決して楡井に話しかける。
「楡井……今日お前誕生日なんだろ? お、おめでと……」
「桜さん、ありがとうございます」
オレの祝いの言葉を聞き、楡井の顔が綻ぶ。
そんなに嬉しがってくれるとは思わなかったが、その笑顔を見てオレもなんだか嬉しくなってくる……でも、重要なのはこれからだ。
「あと、これも……やるよ」
オレは手に持っていた紙袋を楡井の前に出す。楡井は、その紙袋とオレを交互に見ながら目を丸くしていた。
「え……もしかして、これ……桜さんからオレへの誕生日プレゼント……っすか?」
「……そ、そうだ」
オレがそう返すと、楡井は満面の笑みを浮かべながら紙袋を受け取る。
「ありがとうございます桜さん、オレ……すっげぇ嬉しいです!」
「お、おぅ……」
そんなに、喜んでもらえるとは思わずオレは逆に楡井のテンションに押し負けてしまう。
でも、プレゼントを渡しただけでこんなに喜んで貰えたのなら……本当にプレゼントを贈って良かったと思えた。
ーーーー翌日。
「おっ、楡井君! メモ用のペン新調したんか?」
「はい、今まで使っていたペンの調子が悪くて……昨日貰ったものを卸したんすよ」
柘浦君の言葉に、にれ君は笑顔で答える。
にれ君の持っていた新しいペンは、薄灰色で桜の装飾が施された珍しいペンだった。
「贈ったプレゼント、にれ君に使ってもらえてよかったね」
そのペンを贈ったであろう人物にオレは問いかける、すると本人は顔を真っ赤にしつつもとても嬉しそうな顔をしていた。
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