ちょはん 新幹線編 春日くんが早速、星野会長に金を渡すというので無理やり着いて行き、文句を言われながらも俺たちは全員一緒に神内駅から新幹線駅まで移動した。
さすが帰宅ラッシュの時間帯だけあって駅の乗り換え口は混みあっている。できれば当日券を7人分、自由席で取りたいね、と行きの車内で話していた。先に確保しようという話の流れで、アプリや交通系ICカードの説明をしたが、無職の3人のおっさんにはハードルが高かったようだ。仕方がないので平等に券売機で購入しようと話はまとまり、はぐれることなく無事新幹線駅に到着した。
「なぁ足立さん、ションベン近いから指定席のほうがいいんじゃねぇか?」
このナンバの心優しい気遣いからの一声で、我々7人は新幹線当日券売り場の前で立ち尽くすこととなった。新横浜から新大阪まで2時間強。俺たちとしては、春日を見失わないように席を確保したい。新大阪に着いたとしても更に乗り換えが必要だ。慣れない土地にこの人数での移動となると、誰かがはぐれるか乗り過ごしてもおかしくない。
足立さんがトイレが近いのは置いといて、指定席券を7人分確保した方が良さそうである。もう素直に有人窓口へ行った方がいいのかもしれない。
「それよりちょっとあんたたち!こっちこっち」と、さっちゃんが手招きしている。気が付けば彼女とえりちゃんがキオスクの側に立っていた。
「目立ってます!ガラの悪いおじさんが5人もいたら目立ちます!!」
極力小声でえりちゃんが俺たちを呼ぶ。そりゃあ星龍会に寄ったノリでそのまま来てしまっているし、春日くんは1秒でも早く蒼天堀に行きたくて凶悪な顔だ。そうでなくてもハン・ジュンギは銀髪に黒づくめ、俺は革ジャンにサングラス、足立さんは11月も下旬なのに袖をまくっている。ナンバは普通だ。
呼ばれて一ヶ所にまとめられ、私たちは切符買ってくるからとさっちゃんとえりちゃんは仲良く券売機に向かった。
「後で清算しようぜ」
自分より若い女性2人に新幹線代を支払わせる三十路越えの男が5人。プライドよりも申し訳なさが勝った。さっきも持ち合わせの話をしていたから、本当に金のない奴らだと思われている。
特に話すこともない。無言で5人、素直にぼんやり待っていた。
「お待たせ~。ホントあんたたちガラ悪いわね。ナンちゃんがたかられているようにしか見えないわよ」
確かに、と全員でナンバを見る。たまたまナンバを囲むように立っていたため、遠目で見ればガラの悪いチンピラ4人にたかられる哀れな一般人の姿だ。心なしか周囲が遠巻きに俺たちを見ている気がする。
チンピラ集団に2人が合流し、新幹線の乗車券と特急券を配った。紙の切符なんて久々だなと印字された文字を見た。新横浜から新大阪まで。出発まで20分ほどある。
「社長!私と社長の分は一番製菓の経費で落としますのでご安心ください!」
「さすがに7人全員が近い席ってのは無理だったから、2人、2人、3人で取ったわ。イっちゃんはえりちゃんと、ナンちゃんは私と。あとは隣席で3人空いてたところあったから、あんたら仲良く座ってなさい」
俺と足立さんとハン・ジュンギはお互いを見やった。ガタイの良い男3人で隣席か。
「私窓側がいいです」
「俺はションベン近けぇから通路側だな」
「なんで!?嫌だよ!なんで俺が真ん中席なわけ?俺も窓側がいい!」
「そこ!うっさい!!」
さっきから叱られてばかりだ。
早め早めに行動しよう、とぞろぞろと改札を通ってホームへ向かう。ペア二組は同じ号車だが、俺たち3人は別の号車だ。
「そうそうあんたら。これ新大阪止まりじゃないから気を付けてね。特に足立さん」
さっちゃんから名指しで注意を受けて足立さんは笑ってコンビニ袋を掲げた。
「大丈夫だって。多分何とかするだろハン・ジュンギが」
いつの間に買ったのか、半透明のビニールからビールの缶が透けて見える。全く説得力がない。ビールを飲んで名古屋辺りで爆睡する未来しか見えない。これにはさすがのハン・ジュンギも呆れて溜息をついた。通路側の足立さんが酔って寝てしまったら、俺たち2人は降りられないのだ。この際ハンくんには夜の車窓を我慢してもらって、足立さんを窓側に座らせるしかない。
さっちゃんたちを見送って、俺たちは行儀よく列に並ぶ。多数決で足立さんは窓側に決定し、じゃんけんで俺が通路側の席を手に入れた。
「も~。乗り過ごしたら足立さんのせいだからね」
「そうですよ足立さん。降車時間は長くありませんよ。特にこの新幹線は新大阪止まりではありません。降り損ねると広島まで……」
ハン・ジュンギの動きが止まり、足立さんは一瞬両目を見開くと顔がみるみる険しくなった。
「ひろしま……」
足立さんが顔の力を抜いてハンジュンギのフードに手をかけ、被せた。
「分かったよ。蒼天堀に着いたら飲むさ」と、彼の肩を叩いて俺に預けた。こちらに向けなおすと、フードの下には表情は無く目には何も映していない。
そう、そうだった。本物のハン・ジュンギは広島で死んだ。なるほど、これは前途多難である。このままでは近江連合の総本山に乗り込む前に、戦力がひとり減る。
「ねぇ、足立さん」
「おう」
「絶対に寝ないでね。俺、大阪初めてなんだ」
俺はフードを更に深く被せて、肩を抱きよせた。