誕生日も記念日もロマンチストも悪くない四月十五日の午前〇時。十八歳の誕生日。日付のうえで十八歳になったからといって、身長が突然一八〇センチになるわけでもない。当面高校生なので主人の好きなエロ動画を大っぴらに見れるわけでもない。特になんの変化もないが、主人が闇雲に増やした友達から、やたら沢山メッセージがくるもんだから、スマホの通知が止まらない。無視する……のは自分が楽しくないことに最近気がついてしまったが、時間が無駄にかかるのも嫌なので、せっせとコピペで返信している。
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。」
山田からは「今日は智将の要くんだね!」と秒で返事があり、藤堂からは「今後ともよろしくお願いしまって、サラリーマンかよ」とツッコミがあった。千早からは「コピペですよね」と指摘があったが、そこに返事はしなかった。葉流火は返信が既読にならない。メッセージ送信後、ちゃんと寝たようだ。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。」
永遠に繰り返されるやり取りに飽き始めてきた頃、少々毛色の異なるメッセージが届いた。
「誕生日おめでとう。ついでに俺と付き合って」
なんだこれ、と思ったものの、自動で動いていた自分の指は先程と同じ動作を繰り返した。つまり、コピペと送信だ。
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。」
「えっ!今後も付き合ってくれるんや!ほな、月曜の夜空いてる?小手指の練習って夜は八時までやんな?」
「どなた様ですか」
「なんで今更その質問なん?さっきの『よろしくお願いします』はなんやったんや」
「勢いで返事しちゃいましたけど、よく見たら迷惑メールだったかと思って」
ヤクザに絡まれたら相手をしてはいけない、無視をするのが一番だと分かっているのに、なぜか返事をするのがやめられない。この人に構わず他のメッセージに返事をすればいいのに、無視して次に進もうとすると、放置したはずのメッセージが気になってソワソワとした。クラスメイトのメッセージにはコピペで送信ボタンを押せばいいだけなのに、その単純作業でさえブレる始末。仕方なく、桐島さんに返信を続けた。
「迷惑メール扱いなら、もっと大量に送るんやけど」
「それはちょっと」
「ええ……つれないな……」
「春になると、おかしな人が増えますよね」
「俺のメッセージが変態ってこと?」
「そんなこと言ってませんし、メッセージが変態って日本語としておかしくないですか?」
「ほな、俺が変態ってこと?」
「勘弁してください。そんなこと、他校の俺には分かりません」
「付き合ったら分かるで」
「遠慮します」
嫌です、とはっきり回答しない自分に少々苛立ってきた。けれど、なぜか、絶対に拒絶できなかった。
「したら、付き合ってくれたら、毎日メッセージ送るから。野球豆知識」
「豆知識はいりませんけど、大学での練習メニューには興味があります」
「お!じゃあ、毎日の練習内容送るわ」
「助かります」
それは、お付き合いではなく、普通に野球部の先輩後輩というのでは、という疑問が浮かんで消えた。
まあとにかく、毎日、大学での練習内容が送られてくるのだ。しかも、あの桐島さんから。それはなかなか悪くない。
悪くない?
悪くない、と思った自分に驚いた。誕生日の深夜、普段連絡をとらない他校の先輩とのメッセージの応酬、非日常の空気にのまれているのかもしれない、と深呼吸をして考え直す。狐目で胡散くさく抜け目のない知的な野球をする歳上の男から毎日練習内容とその日の出来事が送られてくることを想像する。たぶん、関西弁で少し毒のある愉快な文章と共に送られてくるんだろう。
悪くない。
どう考えても、悪くない。
落ち着いて己を見つめれば見つめるほど、内心なにかを期待している自分がいることに気づかざるを得ない。いや、これ以上考えたら駄目だろ。何が駄目かは分からないけど。
「ほんで要くん、月曜日の夜はええんかな?」
「分かりましたから、月曜の夜にどこに行けばいいんですか?」
正体不明の期待感に目を逸らし、思考を停止していたせいか。
桐島さんからの質問に考える間もなく返信していたが、別に自分が出向かなくても、連絡を待てばいいことに、送信ボタンを押した瞬間、気がついた。
だから、なんで俺はそんなに前向きなんだ。
そして十八歳で、俺は初めての彼氏を得た。狐目で胡散くさく抜け目のない知的な野球をする歳上の男だ。
野球をやっているだけの男二人に「付き合う」もなにもないが、すったもんだの末にキスをして、悪くない、となったのだから、彼氏に間違いないんだろう。
「これから誕生日がくると、付き合いだした時のことを思い出すことになるんですかね」
「珍しくロマンチックなこと言うやんか」
「いや、『これですぐ別れたら、誕生日が来るたびに、付き合ってすぐ別れたことを一緒に思い出すな』って、思ってるんですけど」
「無駄は嫌いなくせに、無駄に心配性なんはなんでなん?」
そう言って彼は俺の肩を抱き、こめかみに軽く唇を当てた。
「『誕生日と一緒に記念日も来るな』って、思えばええやろう?」
「桐島さんて、記念日とか大切にするタイプなんですね」
「やかましい」
「ロマンチストですか?」
クスクスと小さく笑ってみせたが、桐島さんはニヤリとして切り返してきた。
「ロマンチストはお互いさまやろ」
チッ。桐島さんの決めつけを否定できない自分にムカつき、八つ当たりで彼のこめかみを小突くと、キスになって返ってきた。チュッ。
ああ。悪くないな……ロマンチストも悪くない。
〆