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    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

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    かがみのせなか

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    令和悪魔くん。ほんのり2️⃣→🚥。
    解釈の仕方ってその人の価値観や性格出るよなって。物語を深く考察するのは楽しいですよね。

    #令和悪魔くん

    冬の館にて 遠い北の国の厳しい冬。街で犯した自らの罪に追われて逃げた一人の盗人は雪山に迷う。二日間歩き続け、空腹と疲労と寒さで命を諦めかけたその時、ひっそりと佇む館を見付ける。必死の思いで戸を叩くと、一人の老人が彼を迎えた。老人の纏う服は、古ぼけてはいるものの高級な生地が使われ、屋敷の中は立派な調度品が置かれていた。
     盗人は老人に温かい食事と豪華な客室を与えられた。盗人は老人の話し相手をして機嫌を取りながら、翌日も、また翌々日も館に留まる。館の中を見て回り、部屋に飾られた絵画、廊下に置かれた外国の花瓶、甲冑や彫刻などを品定めする。どれも価値の高い物ばかりだった。いくつか盗んで売れば当面の生活は困らない。いや、それどころか…と盗人はほくそ笑む。
     盗人が館に来てから数ヶ月が経ち、雪の山の奥深くにも遅い春の足音が聞こえ始めた頃、盗人は館の老人を手に掛ける。盗人一人になった館には彼の罪を知る者は誰もいない。

    「だが盗人は山を下りなかった。」
    「え?なんで?」
    「理由は作中にない。想像しろ、と云う事だろう。」
    「へぇ…しっかし胸糞悪いな、その話。」
     メフィスト三世はフンフン怒りながら、ホットケーキを一切れ頬張る。同時に食べ始めたはずなのに、一郎の皿はもう何も乗っていない。一郎はココアをすすりながらソファに凭れている。
    「ある作品のほんの一部分の場面だ。さらっとエピソードが書かれているだけから情報が少ない。今説明したのでほぼ全てだ。」
    「なんか教訓じみているよな。親切にする相手は選べ、みたいな。」
    「ふむ」
    「人間の欲深さにはうんざりするぜ。命を助けてもらった相手になんて仕打ちだよ。」
    「ただの物語だ、本気になるな。」
    「で、館に残った理由だっけ?残った財産全部手に入れたかったんじゃないのか?」
     三世は紅茶を一口含んで、口の中をリセットする。
    「悪魔くんはどう思うんだよ。」
    「館を出るメリットと残るメリット、比較して傾く方を当然に選択したとして、盗人の価値観が推測の域を出ない以上、自由よりも財産を選ぶ人柄だったとしか言いようがない。」
    「素直に俺と同意見だと言えよ。」
     三世は最後の一切れを口に入れるとフォークとナイフを置き、ご馳走様でしたと手を合わせる。
    「でも伯父さんの反応は微妙だったと。」
    「それが引っかっている。」
     一郎はそう言うと、深くため息を吐いてソファにさらに深く身を沈めると目を閉じた。なんと伯父さんと暮らしていた頃からずっと引きずっているというのだから驚く。見えない学校の図書室でたまたま手に取った本だったそうだ。疑問に思って伯父さんに自分の意見を言ってみたら、微笑んで頭を撫でられたらしい。
     悪魔くんにも素直な時期があったのだなと、三世はカップにおかわりの紅茶を注ぐ。
    「俺は読んだことないからわからないけど、文中にヒントがあるんだろう。俺思ったんだけど、泥棒、随分長いこと館に居たよな。」
    「春を待ったんだろう。冬山を体験して死にかけているからな。」
    「でも結局春になっても出て行かなかった。館に留まる理由になるような出来事が何かあったんじゃないか?乗っ取り以外に。出なかったんじゃなくて、出られなくなったとか。」
     二世はスプーンで一郎を指す。一郎はマグカップをテーブルに置くと腕を枕にして横になる。
    「二人の関係は悪くなかった。盗人が老人との関係を良好に保とうとした描写がある。説明のない数カ月間に特別なイベントがあったなら記述すると思うが…まあいい、仮にその期間で緊張関係に転じたとして、何があった?」
    「犯罪者だとバレて脅迫されたとか?」
    「殺害動機にはなるが、館に残った理由にはならない。老人が死んでしまえば自由だからな。」
    「通報されて、指名手配されてたり。」
    「いつの時代の作品だと勘違いしている?当時は現代のような警察組織は存在しない。街の自警団に突き出すとして、電話もない時代に雪山の老人はどう通報する?盗人も、自分が待ち伏せされているなど知る術がない。街の自警団も、冬の山に逃げ込んだ時点で死んだと普通は判断するから、自らの命を賭けて後を追うことは先ずしないだろう。のうのうと数ヶ月滞在している事が、盗人がそんな状況にはなかったと云う何よりの証拠だ。」
     そうだよなぁと、二世は頭を抱える。
    「二人の関係性がどうであったとしても、老人が殺害された時点で解決する。館に残る理由にはならない。」
     うーんと二世は唸る。
    「伯父さんはなんて?」
    「ただ一言、老人の気持ちも分かるが自分だったらその選択はしない、ってだけだ。」
     伯父さんてそう云うところあるよなぁと三世は両腕を伸ばしてテーブルに突っ伏すと両手をパタパタする。
    「もっと深読みしろって事かな。それをするにしても情報足りなくないか?」
    「あいつには充分だったんだろう。」
     三世は顔を上げると、テーブルに肘を突き顎を乗せる。
    「お前…自分の父親をそんなふうに呼ぶなよ…」
     一郎はテーブルに置いたマグカップを指差す。
    「メフィスト、ココア。」

     
     「真吾伯父さん子育ては失敗したよな。」
     息子の指摘に父親はハハハと笑う。三世はうさぎの形に切られたリンゴをフォークに刺すと、パリッといい音をさせて一口齧る。
     メフィスト二世は洗い物を終え、エプロンを外しながら三世の向かいに座った。ラップのかかった煮込みハンバーグの皿を手の当たらない位置へずらす。残業で遅くなっているエツ子の夕食だ。
    「結局答えは出ないままか。一郎くんには苦手な分野かもしれないね。」
    「俺もわからないけど。」
    「想像力が足りてないんだよ。」
     二世は自分もうさぎリンゴを食べると、このリンゴあんまり甘くなかったねと感想を言う。
    「バパはこの話知ってた?」
    「知ってたよ。パパも読んだのは見えない学校だったよ。古いし目立たない作品だからあまり今の人は知らないかもな。」
     そっかパパも通ってたんだよなぁと、感慨深げに言う息子ににっこりする。
    「パパは何て思った?」
    「パパはこういう話好みだなぁ。色んな打算や欲や感情が複雑に混ざってて、人間のドロドロとしてどうしようもない感じがいいね。かと言って醜いばかりでもない。人間の良いところが詰まってるよねぇ。」
     二個目のリンゴにフォークを突き刺しながら、息子が呆れ顔で父親の笑顔を眺める。
    「パパって時々悪魔み出してくるよね。」
    「悪魔だもの。」
    「で、答えを教えて欲しいんだけど…」
    「答えなんかないよ、物語だからね。二人が出した結論がそれならそれが答えだ。」
     ニヤニヤ笑う父親を恨めしげに見ると、三世はうさぎを頭から食べる。
    「盗人はその後どんな気持ちで暮らしていると思う?」
    「そんなの、やったぜしめしめなんじゃないの?」
     口を尖らせる息子に、頬杖を突いてフフッと笑う。
    「真吾くんはね、そうは考えなかった様だよ。」
    「えっ?どういう事?」
     半泣きの息子に答えず笑うと、二世はフォークに残ったリンゴを口に入れた。


     可愛いレースの縁取りがされた紙箱に入るだけ入れられたクッキーを嬉しそうに眺めながら、真吾はメフィスト二世の話を聞くとフフと笑う。
    「懐かしいなあ。随分長い時間をかけてここに戻って来たね。」
    「気になったらいつまでも忘れず拘り続けるのは、一郎くんらしいけど。あ、それココア味ね。」
    「この砕かれて入っているのはアーモンド?これは紅茶かな。何種類焼いたんだ…。長年考えても答えは出ずか。成長しているのかしてないのか…気にしているだけマシなのかな。」
    「情操教育、三世に頼りきりでは困るよ。躾もね。」
     ううと唸ると、コーヒーの準備をしに真吾はフラリと立ち上がる。
    「三世くんが分からないなんて意外だね。人の心の機微に敏感な子だから。一郎の思考に引きずられてしまったかな。日頃知識の面では一郎の言葉を正解にしがちだから、一郎がこうだと言ってしまうとそれが全てだと思ってしまう癖が付いてしまっているのかも。」
    「そういうとこ確かにあるなぁ」
     真吾があっと小さく声を上げた。部屋にコーヒーの香りがゆっくり広がっていく。
     マグカップを両手に持ってテーブルに戻ると、真吾は二世の手が届くようにクッキーの箱を移動する。
    「それで、メフィストニ世の解釈は教えてあげたのかい?」
    「悪魔っぽいって言われたよ。」
     真吾はアハハと笑うとクッキーを一つ摘む。美味しいと言いながらモグモグと口を動かす真吾に、ニ世は黙って掌を差し出す。真吾は一瞬びっくりするが、照れ笑いになって、差し出された手に左手を乗せた。手の甲が赤くなっている。
    「なんでわかったかなぁ。」
     ニ世は当然だろうとばかりに片眉を上げるとスッと立ち上がる。勝手知ったる書斎の棚から迷うこと無く救急箱を取ると、真吾の隣に座り小さな手を取る。
    「真吾くんの解釈は披露しないのか?」
    「ここまで拗らせたらもう話せないよ。それが正解みたいになってしまうからね。もう少し年齢を重ねて経験も積んだら、そのうち自分なりの、納得のいく答えが出せるんじゃないかな。」
    「若いから、老い先短い人間の心理なんて考えることはしないだろうからねぇ。ましてやそんな老人と二人きりで生活する想像なんて。老人は殺されたのか、そう仕向けたのか。言い方悪いけど、待てば亡くなる老人をわざわざ手にかけた理由は?」
    「春が来るからだよ。」
     二世は、薬を塗り大きな絆創膏で保護した真吾の手を包み込む。真吾はされるがままに、大きな手に包まれた自分の手を眺める。
    「老人は、盗人の本性などわかっていたと思うよ。例え親切が嘘でも、独りで世を去る覚悟をしていた老人には救いだった。だけど春が来れば盗人はいくつかの物を盗んで去ってしまう。その後の孤独を想像し、耐えきれなかったんだろう。だから交渉したんだ。」
    「真吾くんの解釈だと、仕向けた説の方か。盗人が残ったのは誤算と云うことになる。」
     真吾はこっくり頷くと、手を戻そうとする。
    「メフィスト二世、もういいよ、手当てありがとう。」
    「老人の方はそれでいいとして、盗人が残る理由が曖昧だな。館ごと手に入れたかったとも言えるし、老人への負い目とも言える。」
     二世は真吾が取り戻そうとするのを強く握り拒むと、白い指に唇を押し当てた。冷たい手が小さく跳ねる。
    「…老人は、盗人に背負わせたんだ、自分の死を。死後も悼んで欲しかったんだろう。盗人が館を出ても自分を忘れないようにする為に。盗人は老人の孤独を理解した。長く暮らす内に盗人は恩人である老人に親しみを覚え、心境に変化が起こっていたんだ。老人の願いを叶え、それでも恩人を手に掛けたという罪の意識が彼を館に留めた。」
    「真吾くんらしいね。悪人がいない。」
     二世は真吾の手を開かせると、そこにも長くキスをする。コーヒーとバニラの甘い匂い。薬の苦い匂い。柔らかい手の震えが唇に伝わる。
     怯える手を自分の頬に押し付けると、二世は穏やかに目を細めた。
    「老人は本当にそう願ったのか?全てを手に入れるために盗人は老人を殺したのかもしれないじゃないか。追われる生き方をして、やっと手に入れた安心出来る場所と優しい友。命さえ救われたんだ、依存していてもおかしくないだろう?春近くなり老人の命に限界が来て、失う前に自分の物にした。館も、財産も、老人の命も。たった一度の冬を過ごしただけの思い出が残る館丸ごと抱え込んだんだ。」
    「君の解釈はあまりにも破滅的で悲しいよ。」
     二世はにっこり笑うと真吾の手を離し、ゆっくり元の椅子に戻る。真吾はようやく解放された左手を右手で隠すようにしてテーブルに肘を突き、額を乗せ顔を伏せる。
    「真吾くんは、盗人がいつか館を出る日が来ると良いと思っているだろうけど、盗人はそんな事望まない。」
     メフィスト二世は箱からクッキーを一つ選び取る。真ん中に赤いゼリーが飾られた花の形のクッキーだ。
    「悪魔くん」
     顔を上げる真吾にクッキーを差し出し、穏やかに微笑む。
    「盗人はね、老人が思うよりずっと欲が深いのさ。」
     長い指に摘まれたクッキー。
     真吾は薄く口を開くと、差し出されたそれを齧った。
       



        
                    二〇二四年五月九日 かがみのせなか
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