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    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

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    かがみのせなか

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    令和悪魔くん。ほんのり3️⃣→🚥。
    一郎が儀式に挑みます。お衣装にずいぶん悩みました。
    『沈む』と話が繋がってます。こっちが後です。ですがそれぞれ完結してます。

    #令和悪魔くん

    祝福 八幡で昼食を済ませた千年王国研究所の二人は、今にも降り出しそうな空を気にしながら、足早にオデオン座への道を急いだ。
    「この天気じゃ家賃さん今日も来ないかなぁ。」
    「依頼に来る奴は大抵逼迫した状況だから天気は関係ないだろう。」
    「じゃあなんで来ないんだよ。」
    「知名度、実績、そもそもケースが少ない。」
    「積んでんじゃん。」
     さなえさんになんて言い訳しよう、と三世は重い溜息を吐く。折角美味しいラーメンで満腹なのに気分はショボショボだ。
     一郎を前にしてオデオン座の階段を上っていく。もうすぐ上り切るというところで急に一郎が立ち止まったので、三世は背中に顔面をぶつけ階段から落ちそうになった。文句を言おうと口を開きかける。
    「メフィスト、噂をすれば影、だ。」
    「何だと」
     三世は視界を遮る邪魔な一郎を押し退けると、依頼人を確かめた。
     玄関の前に、二メートルを越すだろう長身と、その半分もない小太りの後ろ姿が並んで立っていた。
     一郎と三世は顔を見合わせる。これは珍しい客だ。
     三世は警戒しながらも、それと相手に感じさせないように努めながら声を掛けた。
    「すみません…やち…ご依頼ですか?」
     玄関の前の二人は振り返った。長身の方は女性で青いワンピースを着ており、小太りの方は男性で小綺麗なグレーのジャケット姿だ。そして女性の胸には、ガーゼ素材のお包みに包まれた赤ちゃんが抱かれていた。
     夫婦と思われる悪魔の二人を研究所へ案内すると、三世は急いでお茶の準備をしにキッチンへ向かう。一郎は依頼人達の向かいに座ると、二人を無遠慮に観察した。
    「ええと…どちらが悪魔くんでしょう?」
     夫の悪魔の質問に、一郎は短く答えた。
    「一応僕が二代目だ。」
     二代目…と夫婦は顔を見合わせる。
    「成程。聞いていた人物像と違っていたものですから。先代の悪魔くんは今どちらにいらっしゃるのでしょう。」
    「魔界にいる。先代に用事か?」
    「ああ、やはり、今人間界にいないという噂は本当だったんですね。私の知り合いが以前先代の悪魔くんにお世話になり、その話を聞いて伺ったので、依頼を受けてくださるのであれば先代の悪魔くんでなくても構いません。」
    「先ず依頼内容をお聞きしましょう。」
     悩んで結局冷たいはと麦茶を用意して戻って来た三世は、二人の手元にガラス製の湯呑みを置き、一郎の隣に座る。母親が長い指で摘むように湯呑みを取り口に運ぶのを見てホッとする。
     夫は説明の相手を三世に移した。
    「私たちの子に加護を付けていただきたいのです。」
    「この子は生まれながらに体が弱くて、人間界に馴染む体力がなく、時折存在が希薄になってしまうのです。もう少し大きくなって耐性がつくまで、この子が受ける人間界のエネルギーを緩和していただけませんか。」
     そう言うと、母親は長い指でそっとお包みをめくった。ぼんやりと赤ちゃんの形をした、黒い靄のようなものが覗いた。目の色を変えて身を乗り出す一郎の脛を、三世は踵で思いっ切り蹴った。ぐっと呻いて蹲る一郎を放って質問する。
    「ご友人の紹介との事ですが、ご友人も先代に似たような依頼をされたのですか?」
     一郎と三世を交互に見て戸惑いながら、父親はこっくりと頷く。
    「ええそうです。その頃こちらの研究所はまだなかったそうですが…」
    「はい研究所は私達の代から始めたので。悪魔くん、できるか?」
    「問題ない。」
    「とのことなので、お受けいたします。お子さんの状態や守護のご希望等、詳細をお伺いしましょう。」
     夫婦はホッとしたように微笑むと、深々と頭を下げた。
    「ありがとうございます。よろしくお願い致します。」


          ✡✡✡


     大皿に山盛りに盛りつけられた唐揚げを数個自分の取り皿に移し、その一つに齧り付く。カリッといい音がして、中から肉汁が溢れてきた。
    「パパの唐揚げ食べると、他の食べらんなくなっちゃうんだよね。」
    「ありがとう三世。作ったかいがあるよ。」
    「それにしてもこれは作り過ぎじゃない?」
    「ちょっと張り切り過ぎちゃって…」
    「いくらでも入るから大丈夫よー」
     にこにこしてエツ子も唐揚げを頬張る。
     最近ウエストの様子がおかしいと騒いでいたはずだが、それは宜しいのですか、と訊かないのがメフィスト家男性陣の美点だ。
    「普段、悪魔の依頼なんてあるの?」
    「依頼人に悪魔が付き添ってるようなパターンはあったけど、悪魔だけってのは初めてかも。真吾伯父さん、そんなこともしてたの?」
    「実はパパも知らなかったよ。真吾君、見えない学校で暮らし始めてからも、ちょいちょい人間界に来ていたんだよね。人間界で暮らす悪魔の困り事を聞いていたのかも知れない。」
    「伯父さん忙しい人だなぁ…」
     つまり研究所は伯父の仕事の一部を引き受けた形になるわけだが、毎日暇にしているのが申し訳ない。
    「始めての依頼内容だから、どういう風に対応したのか、伯父さんに教えてもらおうと思って。」
     二世はうーんと言って腕を組んだ。何か問題でもあるのかと三世は不安になる。
    「いや、別に、何も問題はないんだけど、ただなんていうか、儀式なんだよね。」
    「どういう事?」
    「日本人で云うところのお宮参りとか、初節句とか、七五三とか、そういう感じ。ちゃんとした場を用意して、一郎君が司祭になって祝いをするんだ。」
     三世はげっと声を上げる。あいつにそんな大役務まるのか。
    「張り切りそうだなぁ、真吾君。」
    「え、そっち?」
    「一郎君と喧嘩にならなきゃいいけど。」
     確かに、一郎はそういうルールや作法でギチギチに縛られる事は大嫌いだろう。息子の晴れ舞台にキラキラと目を輝かせてやたらと世話を焼く伯父と、それに辟易して逃げ出す相棒の光景が目に浮かんだ。
     急に心配になってきた。
     エツ子は二本目のビールの蓋を開けると、グラスに注ぐ。
    「エッちゃん、今日はそこまでだよ!」
    「はいはーい分かってますぅ。一郎君なら大丈夫よ、あの子なんだかんだでちゃんとやる子じゃない。」
     母は従兄弟を高く買っているところがある。その根拠は何なのか。
    「三世はどれもやってあげられなかったから残念よね。」
    「え、そうなの?」
    「ハーフでも小さくて耐性がないだろう?障りがあるといけないからお参りはしなかったんだ。」
     確かに悪魔に聖書を読み上げるようなものだ。神社や寺等の聖域に入ってもなんともないから意識してこなかったが、もしかしたら今も祝詞なんて聞いたら実はまずいのかもしれない。三世はドキドキしてきた。
    「あれ、でも写真あるよね。お宮参りも七五三も。」
    「お写真だけ撮ったのよ。パパが何もしないわけないでしょー可愛い息子の大イベントだもの。」
    「着物を着せてあげたかったんだ。三世はイケメンさんだから何でも似合っちゃうよね。」
    「パパが着せたかっただけでしょ!神社で祈祷して貰う代わりに、真吾伯父さんが儀式をやってくれたのよ。七五三の時もやったんだけど、覚えてないかー。」
     三世は味噌汁に伸ばした手を止める。
     嘘だろ、覚えていないなんて有り得ない。
     フリーズした息子に気付かず、エツ子はグラスを片手に頬杖を突くと目を閉じた。
    「初めて見た時の衝撃覚えてるわ。あれは何度見ても感動する光景よね。すっごく綺麗だった。魔法陣?がフワーって床に浮かび上がってキラキラして。あんた全然泣かないの。真ん中でキョトンとして光に包まれてた。お兄ちゃんの説明聞いてもよくわかんなかったけど、すっごいお守り付けてくれたらしいわよ。」
    「へぇ…」
     三世は顔が緩むのを我慢しようとするが上手くいかない。嬉しそうな息子を見て親二人は顔を見合わせて笑った。
    「お兄ちゃんが悪魔くんでよかったって、心から思ったわよ。」
    「真吾君は凄い悪魔くんなんだよ、エッちゃん!」
    「はいはい、分かってますよー」
    「軽いんだよなー」
     慣れた遣り取りに呆れながら、三世はサラダのミニトマトを口に放り込んだ。
     夕食後すぐに入った風呂から上がると、キッチンで父親がシンクを手入れしていた。三世はテーブルで寝ている母親を、お風呂だよと言って揺すって起こす。
     牛乳を片手に、雑多な物が詰め込まれた本棚からA4サイズのアルバムを何冊か取り出した。表紙にはいつ撮った写真が入っているのかメモが書かれている。三世は座卓テーブルに牛乳のコップを置くと座布団の上に胡座をかき、早速アルバムを開いた。
     七五三パーティーと書かれたアルバムをまず見てみる。家族で撮り合った自然体の写真が並ぶ中、真吾が写った写真を見付けた。さすがにいつものTシャツではなく正装姿だ。三世はその姿を見てあっと声を上げそうになった。夢で見たのかと思っていたが、あの伯父の記憶はこれだったのか。タイ代わりの紺色のリボンがよく似合っている。
     食事会だろうか、祖父母が揃っている。知らない人の顔が多くあり、三世は首を傾げた。真吾はと云えば隅の方でにこにこしている写真ばかりだ。今と全く変わらない姿に少し切なくなる。
     もっとしっかり撮れている写真はないのか。他のアルバムも手に取りペラペラとページを捲る。写真に写る人達の顔ぶれが同じで、親族でない人達まで祝いの度に集まってくれたのかと心が温かくなった。
     三世は一枚の写真を見付けてふと手を止めた。その写真を暫く見詰めると、スイっと引き抜き、ポケットに仕舞う。
     顔が火照る。
    「写真あった?」
     二世から急に声をかけられて、三世は尻で十センチほど跳んだ。二世はエプロンを外しながら、写真を抜いたのがバレてないかドキドキしている息子に近寄って来る。三世は平静を装って父にアルバムを見せた。
    「知らない人がたくさんいたけど。」
     受け取ったアルバムを眺め、二世は懐かしそうに目を細めた。
    「三世が小さい頃にすごくお世話になった人達だよ。みんな三世の成長を喜んでくれてね、お祝いに集まってくれたんだ。」
    「あ、この人は覚えてる。おじいちゃん先生。」
     赤い顔をして母方の祖父と話をしている白髪の男性は、幼い頃よく通った町医者だ。今はもう閉院してしまっている。息子の言葉に二世は嬉しそうに二度頷いた。


          ✡✡✡


     息子に呼び出されて嬉しかったのか、頰を上気させて真吾が研究所に入って来た。
     三世が入れたお茶を飲みながら事情を聞くと、真吾は関連する魔術書をいくつか一郎に伝える。一郎は無言で頷くと部屋の中をウロウロし始めた。
    「忘れないで頼ってきてくれるのは嬉しい事だね。」
    「でも伯父さんの様にきちんと様式を整えてできるか心配なんですよ…」
    「大丈夫。細かいところまでちゃんと教えるよ。だから、一郎はもちろんだけど、三世君も儀式の流れは理解していて欲しい。」
     数冊本を抱えてテーブルに戻ってきた一郎にお礼をいうと、真吾はページをめくり付箋を挟んでいく。
    「いくつかの魔術を重ねて使うことになると思う。でも守護魔術は相殺や相乗効果があっても暴発する事は先ず無いから、そこら辺は安心していい。僕が以前使用した事がある物に付箋を付けたから、参考にするといいよ。」
    「分かった。」
    「不安があったらいつでも相談しておいで。」
     付箋が挟まれた場所を一郎はひとつひとつ確かめていく。いつになく真面目な様子に、三世はこれならばなんとかなるかもと安心した。後は自分がきっちり進行を勤めればいい。
     お茶を飲み終えると、真吾はポンと手を打って満面の笑みを浮かべた。
    「さて一郎、服を作りに行こう。」
     はぁ?と一郎が目を上げる。
    「君、その格好でやる気かい?」
    「服なんてなんだっていいだろう。」
     その服でやる気だったようだ。三世は再び心配になってきた。真吾は眉を寄せると首を傾ける。
    「一郎、これから君がやろうとしている白魔術は、特殊な物だと云う事を分かっていると思う。長期間持続させる魔術で、ご両親の魔術に対する信頼の度合いが効力に大きく影響する。悪魔に頼らない白魔術は、強力な概念の共有が要で、そのための様式だ。術者はまず信用たり得なければならない。衣装も大切な道具の一つなんだよ。」
     それに、と真吾は続ける。
    「大切な赤ちゃんを託されるのだから、誠実でないとね、一郎。」
    「…レンタルでいい。」
    「この先もきっと依頼はあるだろうから、一着は持っていた方がいいよ。」
     反論の余地がない一郎はチッと舌打ちし、クソ親父と悪態をつく。うんうんと嬉しそうに頷くと真吾は早速立ち上がった。


          ✡✡✡


     研究所のテーブルや床の上には、衣装や靴やアクセサリーが収まっていた箱が重なり、姿見の前で一郎は盛大な仏頂面で棒立ちしている。
     衣装が出来上がったので早速試着しているのだ。
     ミッドナイトブルーのタキシードにマントを羽織る。マントはタキシードと同じ生地を使用し、裏地は黒、縁を銀糸の刺繍で飾っている。魔石を添えたマント留めはホワイトゴールドで、真吾のマント留めと同じ魔眼のデザインだ。
     メフィスト二世の手によって完成した息子の姿に、真吾は満足そうに何度も頷く。
    「悩んだけどやっぱりこの色にして正解だったね。よく似合ってる。やっぱりマント作ってよかったじゃないか。」
    「ほら、背筋伸ばして。一郎君タキシード似合うね。カラーは苦しくないかい?」
     二世は一郎の蝶ネクタイを直しながら、その出来栄えに得意げに笑う。一郎はボソボソと苦しくはないと答えた。すっかり元気を失っている。
    「一郎、お写真撮ろうね。」
    「嫌だ」
    「いや撮るよ。エッちゃんも見たいって言ったし。動画も撮ろう、クルってしてもらって。」
    「嫌だ」
     三世は、普段のズボラな格好から一変して、どこぞの国のプリンスですかと聞きたくなるくらいの一郎の変貌ぶりに、ひたすら感心していた。馬子にも衣装とはよく言ったものだ。
    「当日までに散髪もしておこうね。しなかったらオールバックだからね。」
     二世は本当にやるだろう。一郎は頷くしかない。
    「伯父さん、こんな短期間でよく用意できましたね…」
    「いやまぁそれはね。フフフ。テーラーも凄く楽しそうに相談に乗ってくれて。ね、一郎。」
     どんな店に行ったのか察して、三世は苦笑いした。実は一等地に店を構える悪魔は少なくない。だが安全の為に大概が紹介による会員制の筈だ。
     一郎はしげしげと眺める三世をギロリと睨むが、全然怖くない。
    「悪魔くん、マジで似合ってるよ、さすがは悪魔くんと言ったところか。これなら信頼出来そう。いい仕事しそう。」
    「言いたい放題だなメフィスト。」
    「何だよ褒めてんのに。」
    「はい、二人とも並んでー。」
     いつの間にかスマホのカメラを構えている二世にたじろぐ一郎をニヤニヤ見上げながら、三世は得意のポージングをする。まさかの連写で、我が父ながら若干引く。
     もういいだろうと一郎はマントを脱ぎ始め、三世は床に引き摺らないように裾を持ってやる。
     その様子を眺めながら、もうずっと笑顔が止まらない真吾が余計な事を言い始めた。
    「テーラーに生地やデザインを相談しながら、一郎をお婿に出す時もこんな感じなのかなぁと思って、なんだか感慨深かったよ。」
     反抗期一郎がピクリと反応した。隣からピリピリするオーラを感じ、三世は胸の内であーあと呟いた。真吾に負けぬ親バカ二世はとんでもないよと笑う。
    「やだなあ真吾君、そんなのまだまだ先の話だよ。」
    「三世君はもう立派な大人だもの、いつあらたまって切り出されるか分からないよ。メフィスト二世も早い内から覚悟しておいた方がいいよ。」
     正装の息子と甥が並んだ姿を見て、真吾はフフッと笑う。
    「こうして見ると、なんだか結婚式みたいだね。」
     瞬間、言葉にならない苛々が黒い気の塊となり一郎から一気に発出した。
     三世も真吾の言葉の衝撃に五秒くらい心臓が止まり涙目で抗議する。
    「やめてくださいよ伯父さん!」
    「冗談でもやめろクソ親父!」
    「急に何言い出すんだよ真吾君…」
    「まあ確かに、結婚式にしてはちょっと華やかさが足りないかな。」
     いやそうじゃなくて。
     真吾はウフフと悪びれもせず笑っている。深い意味はないのは分かっているが、本人は無邪気に面白い事を言ったと思っているから質が悪い。
     三世はご機嫌が急降下した一郎の隣から離れる。これ以上の弄りには耐えられそうにない。
     二世は空気を変えようと、床の上に置いた紙袋からアクセサリーケースを取り出した。
    「これは一郎君に渡しておこう。」
     一郎は二世が差し出したケースを素直に受け取ると中を確認する。間の悪いことに指輪だ。
     甥から不穏な念波を感じた二世は慌てて説明する。
    「儀式に使う魔石だよ。守護魔術を取り込ませて渡す為の物だ。赤ちゃんが受け止めきれない分を引き受ける意味もある。」
     シンプルな銀の細工に透明の石が嵌め込まれている。指輪にチェーンが添えられているのは、未だ幼く装着出来ないからだろう。一郎はパタンとケースを閉じ、分かったと応えた。
     すすっと真吾が一郎の隣に立つと、すかさず二世がシャッターを切る。盗み撮りみたいなことはやめろと一郎に叱られ、真吾は口を尖らせた。
     並んで撮るのを断固拒否する一郎と真吾の小競り合いを微笑ましく眺めながら、三世はマントをハンガーに掛けた。
     マントを仕立てるのに揉めたのかな、とちらっと考える。一郎のマントに対する思いは深いだろうから、作るのを嫌がったのならその気持ちが分かる気がした。
     願い叶わずションボリとしつつもどこか嬉しそうな伯父に三世は訊く。
    「伯父さんも持ってるんですよねフォーマルウェア。写真で見ました。」
     真吾はあーと言いながら思い出し、恥ずかしそうに困った顔をする。
    「子供用だけどね…勿論あるよ。」
    「正装の伯父さんと写真撮りたいです。」
     見ると三世は少し緊張した様子だ。おやと思いながらも、真吾はうんと答える。
    「機会があったら撮ろうね。」
     三世は頰を緩めると、嬉しそうにヘヘっと笑った。
     真吾の側を離れ、タキシードを脱ぐ一郎の手伝いに行く三世の背中を、どうして急に僕の正装なんて、と不思議に思いながら見送る。三世の言葉の意味に思い至ると、真吾は俯いて耳を赤く染めた。


          ✡✡✡


     部屋の床を白いシートで敷き詰め、香炉に火を入れる。香が部屋全体に行き渡る間に、三世は予め準備していた魔法陣を書いた布を敷き、素焼きの皿と燭台を置いていく。一郎はハーブや呪具を皿の上に載せていくと、最後の確認を始める。
     時間を掛けて確認を終えると、一郎はよしと小さく呟くき、三世に目で合図する。
     三世に促され、母親はレースのベビードレスを着せた赤ちゃんにキスをすると、魔法円の中心に置かれたクッションにそっと寝かせた。
     一郎はチェーンを通した指輪を赤ちゃんの首に掛け、お腹の上に乗せる。しきりに手足を動かす可愛い仕種は、人間の赤ちゃんと何も変わらない。
     一郎が四方の蝋燭に火を点けて回り始めたので、三世は部屋のカーテンを閉じる。薄暗い中衣擦れの音だけがする部屋に蝋燭の火が揺れた。
     両親が固唾を呑んで見守る中、一郎は静かに詠唱を始めた。白い布に書かれた魔法円がひとつひとつ輝き出し、空間に光の粒が舞い始める。徐々に勢いを増し吹き上がる魔力が一郎の髪を躍らせる。
     美しい光景に呼吸を忘れた。三世は大掛かりな白魔術を見たのは初めてだった。魔法陣から溢れ部屋を満たす光は眩しい程なのに柔らかい。艷やかなマントに身を包む一郎が聖者のようで、これが悪魔くんか、と呟いた。
     赤ちゃんは怖くはないのか、ぐずりもせず大人しくしている。かつての自分もこうだったのだろうか。
     三つの魔法円の光が中心の円を覆うように集束する。赤ちゃんに吸い込まれるように光の帯が折り重なり、やがてゆっくりと消えて行く。
     空間が安定すると、最後の詠唱を歌うように唱え、一郎は腕を下ろして振り返った。小さく頷く。
     手を握りあって見守っていた両親はハッとして一郎に頭を下げると、すぐに赤ちゃんのもとへ駆け寄った。
     母親に抱きしめられた赤ちゃんは、もうぼんやりした靄ではなく、ぷっくりした拳をしゃぶって遊びながら、長い睫毛の灰色の瞳をキョトンとさせていた。華奢な胸で指輪が虹色に煌めく。
     三世は、あんなに可愛い子だったんだなとホッとして、少し涙ぐみながら道具の回収を始めた。
     無事役目を果たし緊張を解いた一郎は、疲れ切って部屋の隅の椅子に腰掛けると、喜び合う親子をずっと見守っていた。


          ✡✡✡
     
       
     ベッドの上に寝転がり、父親から狂ったように送られて来た大量の画像に一通り目を通していく。
     依頼を無事終えられた直後は何となく見る気が起きなくて放っていた。
     いつの間にこんなに撮ったのだろうと呆れるどころか逆に感心する。一郎が主役の日だったはずだが、何故か三世の写真がやたらとある。引くのを超えて最早悟りの境地だ。
     一郎と二人で並んで撮った画像に、伯父さんにもあげたよというコメントが付いている。そう云えば結局、悪魔くん親子写真は撮れなかったのだった。写真くらい撮ってやればいいのに、そう云うところがガキなんだ。
     でも、と三世は腹這いになる。
     儀式の時の一郎は流石だった。初めてとは思えないくらい落ち着いていて、とても心強かった。真摯な姿に心打たれた。母親が言った通り、やる時はしっかりやる奴だった。
     三世は起き上がり、棚の引き出しに大切に仕舞った写真を取り、またベッドに戻る。
     写真には母と祖父の談笑する姿が大きく写っている。その後ろにその姿はあった。
     伯父が赤ちゃんを抱いている。部屋の隅、光を避けたところに座った優しい横顔。赤ちゃんに注がれた眼差しは慈しみが溢れている。
     見付けた時はただ嬉しかった。だがもう今はそれだけじゃない。
     一心に赤ちゃんを想い無私に捧げられた真心。ただただ平穏であれというひたむきな願い。守護魔術に込められた想いをもう知っている。
     三世の目尻に涙が滲む。
     三世はやがて瞼が落ちるまで、ずっと写真を見詰めていた。


          ✡✡✡


     見えない学校の書斎にココアの香りが漂う。
     一郎から報告を受けると、真吾は嬉しそうに頷いた。
    「お疲れ様。初めてだったのによく勤めたね。悪魔くんの役割は人間に害を為そうとする悪魔を退ける事ばかりではないんだ。」
    「あれで良かったのかは分からない。」
    「大丈夫さ。きっと僕が初めてやった時の方が覚束なかったよ。」
    「それは相談する相手がいなかったからだろう。」
     珍しく気遣っているのか、わざと不貞腐れた顔をしてそんな事を言う一郎に、真吾は微笑む。
    「ねぇ一郎、三世くんが居てくれて心強かっただろう。」
     一郎はじっと真吾の目を見ると、少しためらって、コクンと頷いた。今日はずいぶん素直だ。
    「それが友達だよ。」
     友達、と呟く一郎に、真吾はそうだよと目を伏せて頷いた。
     書斎机の上には、現像されたばかりの写真が飾られている。そこに写る二人の青年は真逆の表情だがそれでも親しげで、穏やかな空気がそっと切り取られていた。



                二〇二四年六月二十一日 かがみのせなか
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