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    佐伯雛子

    @hokutoiroiro
    成人済み字書き。蛍🔥とゲ謎にお熱。無断転載、引用、盗作ダメ絶対。

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    佐伯雛子

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    なんの山もオチもない現パロ坂伴ssです。
    また加筆修正して、支部にでも投稿します。

    #蛍火艶夜
    #坂伴

    金曜日の誘惑【現パロ坂伴ss】換気扇の下、煙草を吸いつつ面倒くさいながらも料理をしていたその時。つけっぱなしにしていたテレビ番組から聞き慣れない単語が流れてきた。一抹の好奇心に駆られ、カウンター越しに覗き見る。司会者達の説明に耳を傾け、言葉の意味を理解すると肺を満たしたそれを換気扇に向かってゆっくりと吐き出した。
    「……へぇ」
    帰ってきたら、試してみるか。
    吸いかけの煙草を軽く咥え直し、鼻で軽く笑うとホーロー鍋の中に視線を落とした。
    適当に切った野菜達がいい具合に煮えている。そろそろ頃合いだろう。あとは市販のルーと、調味料棚にずらりと並んだスパイスやハーブに蜂蜜。それから冷蔵庫に入っている赤味噌、ココアパウダーなどを適当に入れてことこと煮れば今日の晩飯ーー金曜日のカレー(本当は昼に食べる)ーーの完成である。炊飯器の雑穀米ももう直炊けるし、トッピング用の温泉卵も冷蔵庫にスタンバイ済みだ。
    「あぁー……なんでこんなことしてんだか」
    誰もいない、広すぎるダイニングキッチンに独り言が虚しく響いて消える。伴は独り言ちると、終わりかけの煙草の灰をそばに置いていたガラスの灰皿に落とした。どこぞの有名ブランドのお高い灰皿には“Please smoke in moderation. K to Hayato”と刻まれている。その文字をかき消すように灰を落とし、最後の一口に吸い付いた。
    「ば〜ん! 帰ったぞ!!」
    その時、噂をすればなんとやらである。
    伴は思っていたよりも早くに帰ってきた同居人の声が玄関から聞こえたのを確認し、肺まで満たしたそれを名残を惜しむように換気扇に向かって静かに吐き出した。どうせ手を洗ってからこちらにやって来る。反応するのはそこからでいい。吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、伴はメーカー違いの二種類のルーの箱に指をかけた。ぱこっと蓋を開けるほぼ同時に「おっ、いい匂いがするな」と声がかけられる。
    「……おかえんなさい」
    開け放った扉から現れた男ーー坂ノ上はネクタイを緩めながら、ダイニングテーブルのそばに鞄を落とし、伴の背後に歩み寄ってきた。
    「ただいま。美味そうだ」
    「まだ味付け前っすけど」
    坂ノ上の両手が腰に回ってくる。
    伴は「邪魔」を言うのも面倒臭いと箱からルーの入った容器を取り出し、真ん中に入った切り取り線に沿って半分に割った。
    「いい具合に煮えてる」
    「“金曜はカレーが食いたい”って最初に言ったのはあんたですからね。文句は受け付けませんよ」
    伴は半箱分のルーを二つ、鍋に落とした。
    続いて、調味料棚から適当にスパイスやハーブの瓶を取り出してそれを適当に鍋に入れていく。ガラムマサラ、レッドペッパー、カイエンペッパー、カルダモン、オールスパイス。何がどうなのか、一体自分は何を入れているのか。未だによく分かっていないが、少しずつ足していくと味や香りに深みが出るような気がするのだ。
    「何故文句を言う必要がある」
    「今日のは見切り品のやっすいひき肉カレーでもですから」
    「ひき肉好きだぞ? それにお前が作るものは何でも美味い」
    「俺の作ったもん喜んで食う変態はあんたぐらいっすけどね。それにカレーは適当に何でもぶち込めばいいんで小学生でも作れますよ」
    「適当でも美味いものを作ってしまえるのが伴の凄いところだな。料理のセンスがある」
    「いや、センスもなにもベースが市販のルーなら間違いはないでしょ。って……ちょっと、火」
    「ん〜」
    伴が制止の声を上げる前に坂ノ上の貪欲な手がジャージの隙間から中に着ていた薄いティーシャツへ侵入してきた。何も言わずともその手には確かな意図がある。臍から腹筋の凹凸をつつっと指先が這い上がってくると、伴は悪寒にも似た何かを感じた。しかしここで反応をしては相手の思うツボである。
    「……やらしい触り方せんでください。ここじゃしませんよ」
    「じゃあ、あとで?」
    「あとでだ? あんた、“今日”は風呂入って飯食って爆睡コースじゃないんすか? “昨日”はそうだったじゃないですか」
    伴は蜂蜜をひと回し垂らすと、上半身を弄っていた坂ノ上の手を引き摺り出した。軽く手首を捻ると同時に坂ノ上の背後に回り込み、掴んだ手首を逆の方向に捻り続ける。簡単な護身術の一つであるが、この男には効果があることを伴はよく理解していた。
    「あだだだだっ! 技をかけるな、技を! 火! ほら、危ないだろ!」
    伴は軽く鼻で笑った。
    坂ノ上の手首から手を離すと、冷蔵庫から赤味噌やココアパウダーなどを取り出す。水切りラックに刺さっていたカレースプーンを取り、中身を掬っては落とすを何度か繰り返した。
    「昨日のあれはその……。あ、なんだそれを怒ってるのか?」
    「別に怒っちゃいませんよ。ただ、俺がケツん中洗ってる間にベッドで爆睡するくらいなら最初から黙って寝ときゃいいとは思っただけです」
    「めちゃくちゃ怒ってるじゃないか。機嫌直してくれよ。今夜挽回するから。……あ、生姜入れたか?」
    「入れましたけど、いや今日は無理っすよ」
    「なんでだ!? お客様が来たのか!?」
    「“お客様”? …………ぶっ。何を言い出すのかと思えばお客様て。今時“生理”のことお客様なんて濁すの年寄りとあんたぐらいでしょ」
    「そ、そんなことは。……で、なんで今日はダメなんだ」
    伴は不服そうにそう言う坂ノ上をよそに汚れたスプーンを洗い桶に落とした。鍋に突っ込んでいたお玉を手に、中身をゆっくり混ぜ始める。それを坂ノ上は隣で恨めしそうにこちらを見ていた。
    「今日の晩飯がカレーだからです」
    「……それだけか?」
    「それだけって……あんたこれが初めてじゃないんですから、そろそろ覚えてくださいよ。刺激物食った後ヤるのはヤバいんですって」
    「それは聞いたことあるが、今日のは蜂蜜が入ってたし。大丈夫じゃないか?」
    ーー実はこの人、馬鹿なのか?
    伴は坂ノ上庚二という男のことが他人ながらも心配になった。高学歴高収入の立場ある男がこんなお馬鹿な発言をしてしまうのか。
    「……。あんた、まじで政治家になんなくて良かったっすね。外面とお家柄と高学歴ってとこだけは合格でしょうが」
    「それはめちゃくちゃ褒めてるのか、ボロカスに貶してるのかっていうと貶してるよな? 伴?」
    「どっちでも。話を戻しますが、そもそも金曜の夜はヤる日じゃないでしょう。明日の夜でしょうが次ヤルのは」
    「明日まで待てん」
    「我儘か。……じゃあ、毎週金曜日はカレーの日ってのやめましょ。俺カレーってそんなに好きじゃないんで」
    「えっ!? そうなのか!?」
    「まぁ……」
    「好きじゃなかったのか、カレー」
    「はい」
    「好きじゃないのに今日まで毎週作ってくれてたのか!?」
    「普通の飯作るよりかは楽なんで。……ほら出来ましたよ。先に飯食います? 風呂も沸いてますよ。ナントカの塩入れてゆっくり入ってきたらどうです?」
    伴はお玉を鍋に引っ掛けると火を止めた。鍋に蓋をし、新しい煙草を一本取り出して口に咥える。
    「俺はもう一服するんで。どっちでもお好きに」
    「いや、それより大事なことがある」
    「ん?」
    「伴、一緒に風呂に入ろう」
    「…………ぜーーってぇ、やだ」
    咥えた煙草をぴょこぴょこと上げ下げさせながら、伴は灰皿片手にキッチンを出た。
    「じゃ、じゃあ! 俺と今からメイクラブしてくれ」
    「そこはセックスでいいでしょ。 メイクラブて……ははっ、死語死語」
    その後を坂ノ上はついていく。リビングの向こう、ベランダに出ると街は優しい橙色に紺青が霞んでいた。
    「全力拒否するなよ。傷つくぞ」
    「カレー食う前に一発スッキリサッパリさせたいってんでしょ? んなもん嫌ですよ。あんたのそういうとこジコチューですよね」
    「自己中心的か、俺?」
    「カレー食った後のケツに突っ込んだチンポが大炎上してもいいぐらいには」
    室外機の上に灰皿を置き、手摺りに背を預けると伴はその顔に婀娜っぽい微笑みを湛えた。
    「ジコチューっすよ。あんたも」
    眦を下げ、両の口角をやんわり持ち上げる。ジャージのポケットに仕舞い込んでいたライターを取り出した。先端に火を点け、軽く息を吸いこむ。咥えたそれに火が点いたことを確認すると、咥えていた吸い口をわざとらしく袖口で拭って眼前の坂ノ上に差し出した。
    「でもまぁ、これに正解したら“ご褒美”あげてもいいっすよ」
    「…………」
    「カレーは少し寝かせた方が味が染みますしね」
    さぁーーどうする。
    伴は自分の手から煙草を受け取った坂ノ上が次にどう行動するかと少しながら好奇心を募らせていた。教養ある“大人の男”であればこの意味に気付くかもしれない。だが、坂ノ上は全く煙草を吸わない。非喫煙者である。ならばどう出るか。
    「はぁーー。……お前ってやつは」
    「なんです」
    坂ノ上が一歩前に出た。
    ずいと距離を縮めるとおもむろに受け取った煙草を口に咥えたのである。煙草なんてすきじゃないのに。
    「……」
    ゆっくり口腔内に主流煙を吸い込み、軽く口を窄めて伴の顔にふーっと煙を吹きかけると、坂ノ上はしてやったりといった笑みを浮かべた。伴が反射的に目を瞑ると唇に柔い感触が触れた。何とも言えない気持ちだった。悪くはなかった。このキスは煙草と同じくらい妙な中毒性があるのだ。
    「答えは“吸い付け煙草”、だろう?」
    「……ちっ、ドヤ顔で人の顔に煙吐かんでください。腹立つ」
    「なんだ、吸い付け煙草なんて粋な誘い方は知っててこれの意味を知らんのか?」
    「知るわけないでしょ」
    「“今夜お前を抱く”、だ」
    坂ノ上はその顔に満面の笑みを浮かべ、吸いかけの煙草を伴の唇に近付けた。語尾にハートマークが付いていた気もするが、深くは考えないでおこう。考えるだけあほらしい。これからの展開は分かりきっているじゃないか。
    「約束は守ってもらわんとな」
    「俺腹減ったんですけど」
    「運動してから食べた方が美味いさ。実は気になっていた“オモチャ”が今日届いてな〜」
    「却下。なる早でパコって終わりコースで」
    「じゃあ間をとって、九時前終了予定で善処しよう」
    「……長すぎません?」
    「長くない長くない。明日は一日お前の奴隷になってやるから。な?」
    出来立てのカレー、風呂上がりの楽しみに取っておいたお高いアイス、昨日観ていた映画の続き。全てが遠のいていった。
    「じゃあ、キッチンの換気扇と冷蔵庫の掃除付き合ってください。あと、でっかいスーパーに行きたいんで車貸してください」
    「お安い御用だ」
    「でっかいピザとクラムチャウダーも食いたいっす。季節のスムージーも」
    ほとんど吸っていない煙草を灰皿に押し付けながら、俺達はベランダを後にした。風呂場で何をしたのか、寝室で何が起こったのかはまた別の話である。
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