一緒に帰ろう今週は、とにかく仕事が多忙を極めた。
特に月末である今日はただでさえ仕事が多いのに、ろくに仕事をしない営業とパワハラ気味の他部署先輩に挟まれてそのフォローをしていたら、タフなシマボシといえどメンタルはあっという間にすり潰された。
定時を三時間程過ぎ、何とか帰宅出来る目処が立った所でシマボシはスマホを確認する。
二時間程前に、ウォロから連絡が来ていた。画面を開くと、美味しそうなスープの画像が現れる。
『今晩はミネストローネですよ』
ハートマークが連なるスタンプと一緒にメニューが記されていた。
「……」
しんと冷え切った一人きりのオフィス、疲労困憊した心身にそれはじんわりと染み渡る。
『疲れた』
今日は精神的に相当参っているらしい。いつもは絶対に書かない弱音を、ポロリと送ってしまった。
ブル…ッ
数秒と経たずに既読が付き、そしてスマホがメッセージの到着を伝えるべく震える──震え続ける。
『大丈夫ですか⁉』
『今どこ⁉』
『職場ですね、迎えに行きます』
『仕事終わるまで入口で待ってるんで』
『もしジブンが着くより前に仕事終わったら、一階の自販機で温かいもの飲んで待ってて下さい』
メッセージの合間に泣きそうな顔やら、任せろといったスタンプも送られ、あっという間に画面をスクロールしていった。
何だか大事になってしまい、慌てて『迎えに来なくても大丈夫だ』と送ったものの『もう家を出たんで、待ってて下さい!絶対!』と返信が来る。
「悪い事をしてしまった…」
せめて彼を待たせないように。
シマボシはウォロの到着時間を予測し、それに間に合うように残りの仕事を片付け始めた。
「シマボシさん!」
ウォロがオフィスビルのエントランスホールに入ってきたのと、シマボシが戸締まりをしてエレベーターを降りたのは同時だった。
「……すまな」
ウォロがぎゅっと抱き締めてきたので、シマボシの言葉は最後まで続かなかった。
「お疲れさまです、シマボシさん」
「……うむ」
じんわりと伝わる温もりに、カチカチに凍りついたシマボシの心身が溶けていく。
「はい。頑張ったシマボシさんに、ご褒美ですよ」
ウォロはカバンからチョコレートを一粒取り出すと、シマボシの唇にそっと乗せた。
彼女はぱくりとそれを口に入れ、ゆっくりと味わう。
「……美味しい」
「でしょでしょ⁉」
シマボシの沈んでいた瞳に光が灯るのを確認したウォロは、ご機嫌な声をあげる。
「職場でもコレ評価高いんです。絶対にシマボシさんが好きだと思って買っちゃいました」
「……ありがとう」
「!」
シマボシから微笑みながら礼を言われ、ウォロは喜びを全面に押し出した笑顔でシマボシを抱き締めた。
「肩バッキバキに凝ってますねー。今日はすごく大変だったのでは?」
「ああ」
「お風呂あがりに、しっかりマッサージしてあげますね」
「頼む」
ウォロは身体を離すと、右手を彼女に差し出した。
「じゃあ、帰りましょ。ミネストローネが待ってますよ」
「すごく美味しそうだったから楽しみだ」
「…!」
シマボシがその手を取ると、ウォロの顔が真っ赤になる。
差し出しておいてなんだが、恥ずかしがり屋な彼女は外で手を繋いでくれるなんて、滅多にない。
今日も見なかった事にされるだろうと思っていたので、嬉しい誤算だ。
「今日は特に自信作なので!期待してて下さいね!」
ウォロはシマボシが我にかえって手を離さないように、ぎゅっと力強く握った。