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    asaki

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    冬至だっていうから……
    お腹が減ったらごめんね

    ##笹仁
    #笹仁
    sasahito

    【笹仁】winter solstice「笹塚、さーさづか!」
     キッチンの方から声をかけられて、そちらを見ると仁科が何か作っているようだった。
     もくもくとした湯気が立ち上り、気が付けばふわりとした出汁の匂いがする。それに応じるように腹がぐうと鳴いた。
    「メシにするけど、おまえも食べる?」
    「食う」
    「準備するから待ってて」
     声をかけてきている時点で、仁科は笹塚に食事をさせる気だったはずだ。そうでなければわざわざしつこく声をかけてこない。
     料理をする仁科も珍しいが、そうやって笹塚に食べさせようとする仁科も珍しかった。
     笹塚は作業していた場所からソファの定位置に座って仁科を待つ。作業する仁科の生活音が耳に届き、サンプリングしたくなる衝動を抑えながら大人しくすることにした。
     ある程度の調理は終わっているのか、器に盛るような音や水の音などが聞こえる。
    (もっと早く気付いてれば最初から録れたな)
     手際がいいとはいいがたいが、丁寧に扱っているのだろうなというのが音から伝わってくる。
    「お待たせ」
     仁科がトレイに載せて食事を運んでくる。
     目の前には大きなどんぶりに盛られたうどん――だと思われるもの。上に大きなあぶらげが載せられており、正直うどんが見えない。なんとなく白い存在があるので、うどんだろう。
     副菜には蓮根と人参のきんぴら。ごま油の香ばしい匂いが食欲をそそる。
     きれいな色をしたかぼちゃを煮たものもある。
    「なんかあった?」
    「なんで?」
    「お前が料理するのも、こんなに品目多いのも珍しいだろ」
     仁科はたまに料理をするが、ああ見えて大雑把な料理が多い。時間をかける料理はそれこそ強い興味を惹かれて〝試してみたい〟という衝動が起きなければ作らないのだ。
    「興味があって作ってみたんだよ。今日会ったクライアントに勧められて」
    「へぇ……」
     仁科の興味をそそる話題を提供したクライアントについては後で確認しておくことにして、今は目の前の料理にありつくのが先決だった。
    「食っていい?」
    「もちろん、どうぞ。おかわりもあるよ」
     そう言われてまずは気になっていたうどんの出汁を啜る。主張しすぎない優しい味だ。続いてあぶらげを一口。これはちょっとだけ甘みを感じる。大きく薄いが弾力も味も申し分ない。
     さすがに仁科もうどんを打つことはしないと思うので、次はレンコンと人参のきんぴらを口に放り込む。薄切りではなく、大きめに切られた蓮根のしゃくしゃくとした触感とぷちっとするごまの歯ざわりが面白い。味は少し濃いので、白米が欲しくなる。
     ごくりと飲み込むとかぼちゃを一口で頬張った。かぼちゃそのものの色が鮮やかな煮物は、甘露煮だったらしくうっすら甘い。噛めば噛むほど甘みが増して後を引き、思わず次の手が出る。
    「お前の口に合ってよかったよ」
     無言で次から次へと咀嚼をし続ける笹塚を見て、仁科は満足そうに笑った。
    「…………」
     ぴたりと箸が止まった笹塚を見て、仁科は「どうかした?」と言ったが笹塚は少し考えて「おかわり」とかぼちゃの載っていた皿を差し出した。
    「はいはい、うどんも伸びる前に食べてくれよ」
     仁科はそう言ってキッチンに向かう。
     もぐもぐと咀嚼しながら、笹塚は何度か目を瞬く――先程の仁科の笑顔はぐっときた。
     うどんが伸びると言いながら、仁科はまだ一切食事に手を付けていない。じっと笹塚の食べる様を頬杖をついて見ていたのだ。本人はただ笑っただけなのかもしれないが、愛おしそうに眦を下げて幸せそうな顔をされれば――こちらは堪らない。
     幸せの形があるとしたこの瞬間だろうか。
     そう認めると笹塚の脳内でぶわりと膨らんだなにかが破裂して、不協和音がうるさく鳴り響く。ただこれらはそれぞれを抽出すると美しい協和音が隠れており、笹塚は音の泉だと思っていた。だが、今は協和音を探し出すよりも仁科の料理を食べて、仁科の嬉しそうな顔を見ていたかった。



     食事を終えるとすぐに先程の協和音抽出作業に入る。
     パズルのようにカチカチと嚙み合うのが楽しく、時折意外性のある音同士が組み合わさるとまた別のインスピレーションが湧く。今すぐ形になる音ではないが、ストックとして並べておく。いつか笹塚の助けになるフレーズたちだ。
     どんな時に浮かんだものかをフォルダタイトルに入れておきたいのだが、今回は何がいいだろうか。
    (仁科、はダメだな)
     すでに仁科の名前を冠したタイトルがあるのだが、仁科が一体何をしてその音が湧き出たのかがいまいち分かりにくいのだ。フレーズを聞けばなんとなくは分かるが、もっと明確に記憶に繋がる名称が好ましい。
    「笹塚、冷める前に風呂入って」
     完全に集中力が切れて悩んでいるところで声をかけられた。いつの間にか部屋は薄暗い。
     視線を仁科に向けると、風呂上がりのようで頬が上気して血色が良かった。
    「分かった」
     笹塚があっさり返事をするので仁科は驚いたようだったが「ちょうど集中切れてた?」というので「そんなもん」と返しておく。億劫になる前に腰を上げて風呂に向かおうと仁科の横を通ると、いつもと違う柑橘の香りがした。
    「いつもと違う」
    「あぁ、それはクライアントが、」
     またクライアントの話である。今日会ったクライアントの話題が出たのは二回目だ。
     笹塚は右手で仁科の左肩を掴むと、衝動に任せて唇を奪った。驚く仁科をよそにむりやり唇をこじ開けて舌をねじ込んで、幸せの中に生じたもやもやしたものをぶつける。
     仁科はよろめきそうになるのを笹塚の胸元あたりを掴むことでかろうじて回避しているようだった。
    「ハ、ど、した……?」
     突然の一方的なキスだったが、仁科は笹塚を慮る。
     クライアントと接することは仁科にとってなんともないことなのだろうが、笹塚にとっては仁科が行動を起こすほどに興味を引かせたソイツが気に食わない。
     自らの濡れた唇をぺろりと舐めて、笹塚は「何の話したんだ」と尋ねた。
    「なに、って……え? まさか」
    「仁科」
    「お前、嫉妬でもした?」
    「いいから、」
     笹塚の意図を探るようにしていた仁科の瞳が、徐々にキラキラと輝きだす。キスの余韻で潤んでいるせいか、薄暗い部屋のわずかな光をぎゅっと凝縮したようにきらめく。
     仁科の言葉を遮ってはみるものの、実はその通りなので強く否定するのははばかられる。
    「笹塚の心配するようなことはないよ。今日のクライアントは既婚女性で、両親くらいの年齢の方だ」
    「……」
     仁科はあっけらかんとしているが、それくらいの年齢のクライアントといるところを目撃されて校内で噂になっていることを自覚すべきである。目撃時に女性が既婚女性かどうか分からないし、お互いによくないと思うのだが――本人たちにやましいことがないので、なかなか注意も難しい。
     笹塚がそうやって考えを巡らせている間にも、仁科は「そこで柚子をお裾分けしてもらって」と話を続けている。
    「柚子?」
    「その様子じゃお前も気付いてないな。今日は冬至なんだって。それでまぁ、冬至らしいことをしてみたってわけ」
    「じゃぁ、柚子湯の匂いか」
     仁科の纏う柑橘の香りは柚子らしい。
    「料理も、まぁ験担ぎにはなるけど。〝ん〟が付く食べ物を食べると運が付くんだってさ」
    「なるほど、――じゃあ夜が長いな」
    「一般的にはそういうイメージの方が強いか」
     笹塚の言葉の意図を分かっていない仁科は「早く入ってこい」と笹塚を促す。
     どうにも笹塚の恋人は鈍い。暗に誘ってみたが、想定内の返しに笹塚はくつくつと笑いが漏れた。
    「なんだよ」
     急に笑い出した笹塚を怪訝な様子で見てくるので、ぐっと引き寄せてその右耳に唇を寄せて囁く。
    「暗い間なら、お前を独り占めしていいんだろ?」
     カッと頬を染めて笹塚の胸元をぐっと押して距離を取る仁科を手放し「あとでな」と告げて風呂に向かった。
     以前、明るい時間に事に及んだ際に『時間を考えろ』『せめて夜にしろ』と叱咤されたことがある。
     寝ずの作業を数日繰り返した笹塚はようやく作業完了を迎え、東から昇る朝日を浴びてなにかが活性化し、まだ眠っている仁科の匂いに誘われて襲ったというのが顛末である。さすがにアジトとはいえ良くなかったと笹塚には珍しく、反省している。ただ普段見られない仁科が見られたので、笹塚としてはやぶさかでないのが本当のところだ。

     

     まだ朝焼けも恥じらう時間、渋る仁科を連れて今度は二人で柚子湯に浸かり今年最後の当時の夜を味わう。うつらうつらする仁科をベッドに放り込み、笹塚はそのまま作業机に向かうと、昨日放り出したままのフォルダに〝winter solstice〟という名称を付けたのだった。
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