「ありがとうございました!」
にこっと微笑んで商品をもって出て行くお客様に頭を下げる。今のが最後の来客だったからもういいか、と表情筋をふ、と緩める。キッチンで作業していた人がくるりと振り返った。
「お疲れ鉢屋」
「お疲れ様です尾浜先輩。その機械に残ったホイップ食べるのバレたら怒られますよ」
「いーのいーの、どうせバレやしないよ」
「そんなもんですかね」
機械のホイップを掬って食す尾浜先輩の身体をぐい、と退けて手を洗う。こんな時間に二人きりなのはある意味ラッキーだが店じまいの作業はだるい。
「鉢屋って今何年だっけ」
「高2です」
「若いね~」
「先輩が年食ってるだけでしょ」
「つめたーい」
そう、本当に年食ってるだけ。同い年とか、もう少し年が近ければな、と何度思ったことか。
「先輩今おいくつでしたっけ」
「鉢屋が敬語使うのなんかキモいね」
「はっ倒しますよ」
「ごめん、流石に冗談。もう今年卒業だよ」
「……そうでしたっけ」
「そうそう、しゅーしょくしゅーしょく。だからここのバイトもあと2か月くらいで終わりかな~」
「就職……」
もうそんな時期なのか、と思うと同時にまだ1年しか一緒にいないのに、とも思う。この人に恋をしたのはどのタイミングだったか。
確か、去年入ってすぐの頃だった気がする。基本的になんでもこなせる俺の性質と無愛想な性格と顔上なかなかバイト友達が出来ず別のバイト先を探すべきか?と悩んでいた俺に唯一優しかったのが尾浜先輩だった。「お前器用だねー」なんて言って尻を叩いてきた時は本当にはっ倒したくなったことを覚えている。だが、すぐそれは尾浜先輩なりの気遣いだったと知ることになる。そのあと話しかけられた他の先輩に、「お前顔が硬かったんだよ、今はだいぶ解れたけど」と言われて初めてそのことに気付き、そこから確か少しずつ気になったんだか。まだ若いのによくバイトリーダーやってるな、と感心したのも思い出した。
「……先輩がいなくなったら皆の士気が下がりそうですね」
「上がるさ、次のバイトリーダーは俺だ私だって言い出すだろ」
「先輩以上の人がいるならいいんですけど」
「誉め言葉として受け取るね?」
「誉め言葉以外のなんだって言うんですか」
この人ほどここのバイトが似合う人はいないだろうに。もうあと数カ月でいなくなってしまうのか、と思うとなんだか胸が苦しかった。
「…少なくとも俺は寂しいっすよ」
「…え、お前俺がいなくなると寂しいの?」
「俺のことなんだと思ってんすか」
全く失礼する、とぷりぷりしながら早く店じまいしちゃいましょう、と声をかけ二人で一気に片付ける。この時間がバイト一番の楽しみだったのにそれがなくなってしまうのは心苦しかった。
「じゃあお疲れ様です、鍵お願いします」
気付けば時間は日付を超える前くらいになっていた。この人を一人で帰らせるのはかなり怖いが、まぁいつものことだから大丈夫だろう、と思い駅の方へ向かおうとする。
「鉢屋」
「なんすか…って、え、それ、」
尾浜先輩が手にしていたのは何かの鍵だ。家ではなさそうだし店のものではない、となると考えられるのは。
「尾浜先輩免許試験受かったんすか」
「そ!乗せてってやるよ、ついてこ~い」
「……返事してないんすけどね」
意気揚々と店の駐車場へ向かう尾浜先輩を追いかける。軽の車に乗り込み、家の場所を伝える。
「じゃあ尾浜タクシー出発しまーす」
「安全運転でお願いします…」
なんてラッキーなんだ、と思った。他に誰か乗せたのかもしれないが、折角なのでちゃっかりして助手席に乗せてもらった。俺も助手席に尾浜先輩を乗せたかったな、と考える。そして、既に気まずい空気の今聞いてもいいのでは、と思った。
「尾浜先輩って恋人いるんですか」
「え~、どう思う?」
「みんなから聞いてるのは当たり前にいる、切れたことがない、って」
「やっぱり?そう思われるよね」
「で、実際どうなんすか」
暫く静まり返る。車内の空気が重くなった気がした。嫌なら嫌で言わなくても、と言おうとしたタイミングで尾浜先輩は口を開いた。
「…恋人はいないかな。好きな奴ならいるけど」
「…………そうっすか」
そうかな、と思ってはいたがやはり本人の口から聞くと一気に苦しくなる。先輩にこの顔が見られないように、と窓の外を眺める。夜道に反射してどうしても写ってしまう尾浜先輩の顔は少し赤らんでいるようにも見えて、余計に苦しくなった。
「じゃあありがとうございました」
「はーい、また次の時ね。明後日だっけ」
「明々後日っす」
「明々後日ね、土日挟むのか。じゃあまた」
「はい、あざした」
ぺこ、と頭を下げ家に入る。ベッドに転がり風呂入るのめんどいな、と思いつつ尾浜先輩にありがとうございました、と送ろうと思っていた矢先にLINEが入る。
『明日二人とも休みじゃんか。どっか行かない?』
『なんか、もう鉢屋に会いたくなっちゃった』
即既読を付けるなんてキモかったか?と思いつつ、『いいっすよ、俺も会いたいです』と返事を送った。自分で自分の顔が赤い気がするが気の所為だろう、と言い聞かせて。
二人が互いを名前で呼び合うようになるまで、あと少し。