断章あるいは染められぬ黒 いつもの喧騒に満ちた十三王の間。扉を潜った偏執王は、この数日見かけなかった堕落王の姿に「あらぁ?」と声を上げた。
つまらなそうな顔をしている男の隣に腰を掛け、テーブルに肘をついてその鉄色の仮面を覗き込む。
「お人形ちゃんと遊んでたんじゃないの〜?」
「時間切れで向こうの粘り勝ち」
手のひらを上にかざして、堕落王は肩をすくめた。
「三日間は充分に楽しませてもらったけどね」
「なにやったのー?」
「そりゃ」
白い布で包まれた指を一本ずつ折って数える。
「切って燃やして抉って開いて潰して、と一通り」
気に入りの『おもちゃ』をいくら誘惑してもなかなか堕落してくれない。だから向こうの望む情報を対価に、死という終わりがない苦痛と快楽を与えて侵し染め上げようとした。なのに、あの子供は耐えきってしまった。
「意外と根性があるよね。まあそこがいいんだけど」
攫い、捕らえ、洗脳して本物の人形にしてしまうことはたやすい。そんな簡単な方法ではつまらない。
あの子供が自ら頭を垂れ屈する姿を見ることこそが望みだ。今回はわりとうまくいったのだが、向こうの都合に合わせて『三日間』と期限を切ったために逃げ切られてしまった。
無期限なら百年も殺して蘇生し続ければきっと折れたことだろうけれど。
椅子をグラつかせながら堕落王は次なる遊びに考えを巡らせる。一通りの嫌がらせはやり尽くしてしまったような気がする。
「あのガキさー、引っ張り込みたいんならお望みの義眼の返還方法教えてあげれば一発じゃないの〜?」
「ダメだよ。そんなことしたらあの眼がなくなっちゃうじゃないか。それじゃつまらないんだよね。……あーあ、次はなにしようかな」
口をへの字にして考え込む堕落王の姿に首を傾げた偏執王は、「じゃぁさ〜」と声を上げた。
「押してだめなら引いてみるとか〜」
数日後。
「アリギュラちゃん、君の言った方法をやってみたんだけど」
「どうだったー?」
「一抱えの薔薇の花束を渡してみたらそれこそ蛇蝎か生ごみでも見るみたいな目で見られたよ」
「嫌がらせにはなったんじゃなーい?」
「かもね」
だけど、と堕落王は顎に手を当てて考え込み花束を渡されたときの少年のことを思い出す。
13王に対し、「こいつ正気か」とでも言いたげに顔を歪め見下すあの視線は。
「……ちょっとよかったかも」
少年にはさらなる迷惑な日々が続く。