千年紀のはじまりに 最初に出会ったのがいつだったのか、僕はまだ覚えている。千年の長い間、一つの記憶も取りこぼすことなく僕は『レオナルド』の傍にあり続けていた。
初めて出会い恋をして、永遠を誓ったあの日からもう千年が過ぎた。その間に、何人の『レオナルド』の誕生を見届け、成長を見守り、その死を迎えたことだろう。……ああ、前回で二十五人目だった。忘れてはいない。
『レオナルド』は一度死を迎え、忘却の川を渡るたびにその代償として記憶を一つなくしてきた。
最初の死の後、僕と初めて会った場所を忘れた。
二番目の死の後、僕が贈った花の色を忘れた。
三番目の死の後、二人で月を見上げたあの丘の景色を忘れた。
四番目の死の後……
……二十五回目の終わりを迎える臨終の床で、『レオナルド』は僕に手を握られながら力なく微笑った。
もう、次は探さないでください、と。
今生で彼はとうとう、僕の名前しか覚えていなかった。姿形すら忘れて、千年の月日に擦り切れて『レオナルド』の中の僕との恋の欠片はこんなにも小さくなってしまっていた。
「次に、貴方に会った時。名前すら呼べなくて、貴方を哀しませたくないから」
だから、終わりにしましょう。
『レオナルド』の言葉を僕は否定もせず、頷きもせず、ただ、黙って彼の魂が終わる時を見届けた。
二十六人目の『レオナルド』を見つけ出すことのないまま、新しい千年紀がはじまった。
前の千年の間、僕が探しに行くのと『レオナルド』が見つけるのとどちらが多かっただろうか。
僕のほうが多かったような気もするが『レオナルド』は自分のほうが先に見つけていたと譲らなかった。
二十五人目が逝ってから、もう二十年近い月日が流れた。千年に比べれば瞬きの間だ。
世界の様は随分と変わった。僕は彼がいない退屈な日々を適当に紛らわして過ごしている。
……二十六人目の『レオナルド』を見たのは、僕のそんな暇つぶしのゲームのさなかだった。
千年の月日、いつも姿形は様々だった。黒髪がいた、金髪がいた、赤毛がいた。男もいた、女のときもあった。幼いうちに手中におさめたこともあるし、めぐり合わせが悪く老爺になってからようやく出会えたこともある。あの時は人生一度分無駄にした。
今生の『レオナルド』……レオナルドは、随分とひどいくせ毛の少年だった。どんな姿かたちをしていても見まごうことのない魂の輝きを内に持つ、僕のレオナルド。
僕は、今度こそ先に見つけた僕は。――動かなかった。
二十五人目の最後の願いが僕の足を縛り付けていた。
あのレオナルドの中に僕が愛したレオナルドはもう一欠片も残っていないのだろう。迎えに来たよといったところで、手を広げて抱きついてくる『レオナルド』はいない。
僕の名を呼ぶ彼はいない。
最初から、僕を愛してくれている『レオナルド』はもういない。
それなら、と僕は立ち止まった。
二十五人目の『レオナルド』の願いのまま、会いに行くことはやめておこうと。
あの子の願いを僕の怯懦の言い訳にした。
それなのに。
モルツォグァッツァの仄暗い廊下で僕を見上げるレオナルドを見て、僕は思ってしまった。
(別に最初からまたはじめたって構わないんじゃないか?)
……ってね。
千年紀は始まって数年過ぎてしまったが、新しい千年をはじめても構わないだろう?
なぁ、レオナルド?