我慢「なぁ、ラーハルト、シよ?」
ヒュンケルがしなだれながらオレの耳元で囁く。
平時であれば一もなく二もなく誘いに乗るのだが如何せん場所が場所だ。
しかしこの場所、こんな状況でないと、このようなことは滅多にコイツは言わないだろう。
「周りの魔物の群れが見えんのか」
そう、今はとある洞窟を散策している中で、厄介な魔物の大群に囲まれている所だ。
どうにか絞り出した言葉も意に介しておらず、誘うようにその腕をオレの首に回してくる。いや、実際に誘われているのだが。
「ラーハルトしか見えない」
そりゃこれだけ抱きつけばオレしか見えないだろうな。
抗い難い温もりにも関わらず頭痛がしてきた。何故ヒュンケルがこんな事になったのか痛む頭で思い返す。
魔物の誰かがマヌーサをかけてきたのは覚えている、しかしその後の怒涛の状態異常攻撃がどんな作用をしたのか、全く理解が及ばない。
様々な状態異常の悪魔合体で悪魔が生まれてしまった。
「ラーハルト、抱いてくれ。 我慢出来ない」
聞いたことも無いような甘えた声を出しながら首筋を舐めるのをやめろ。理性が崩されそうになるが寸での所で食い止める。
ヒュンケルが鎧を剥がそうと手を動かしているが、鎧化していて良かった。強固な鎧は魔の手からオレを守ってくれている、決して残念ではない、決して。
魔物一匹一匹は大したことがないので向かってくる獲物は槍でどうにか捌くことが出来るが、今懐にいる一番の敵がどうしようも無い。
正気でないとはいえ恋人を無下にすることも出来ず、仕方なくその身体を肩に担いだ。
まずは目の前の魔物達を倒すべく槍を振るうが、数が多い。
「……ラーハルト、降ろしてくれ」
背後からいやに低いヒュンケルの声が響く。
やっと正気に戻ったか。
担いでいたヒュンケルを降ろすと、恋人は怖いほど静かだった。
「ヒュンケル……?」
「グランドクルス!!」
不意にヒュンケルが剣を掲げると閃光が走る。
とてつもない衝撃と共に静寂が戻れば、辺りの魔物は残らず吹き飛んでいた。
「これで邪魔者はいなくなったな」
全然戻ってなかった!
一瞬の隙をつかれて押し倒される、鎧を着ていなかったからダメージを受けそうな地面はゴツゴツして硬い。
「さぁ、ラーハルト、セックスしようじゃないか」
オレに馬乗りになり不敵に笑う姿はいっそ悪役地味ている、さすが元不死騎団長。どこか合っていない焦点がやけに扇情的だ。
なにをどうやったらこんな淫魔が出来るんだ、オレはコイツの状態異常耐性の低さを恨みながら道具袋からゆめみの花を取り出し使った。
しかしヒュンケルは眠らなかった!
「なんでこれは効かないんだ!」
「ラーハルトとシたいからだ」
そんな可愛い顔でむくれられても状況が悪すぎる。
「オレとてお前を抱きたいが今は」
「同意なら問題ないな」
オレの言葉はヒュンケルに遮られ、キスという形で遮断された。
喋りかけの口には容赦なく舌が差し込まれ、巧みに快感を引き出される。
羞恥を捨てたその動きはいつもは見せない大胆さで蠱惑的に蠢く。
気持ち良い。
密着された身体を隔てる鎧がもどかしい。
もう魔物はいないのだから良いかと最後の理性が崩れようとした時、突然ヒュンケルの動きが止まった。
ゆっくりと唇が離され、ヒュンケルはオレの上から退く。
所在無さげに蹲る直前に見えた顔は真っ赤だ。
「正気に戻ったか」
「……すまん」
虫の鳴くような声で謝るヒュンケルは顔をあげようとしない。
「大事には至らなかったのだ、気にするな」
命に関わる危機はなかったのだからそこまで落ち込むようなことでは無いのだが。
そっと頭から頬を撫でるように手を滑らせれば、ようやく顔をあげたヒュンケルと目が合う。
その瞳には、消しきれなかった焔が燻っていた。欲に潤んだ眼差しはしっかりとオレを捉えている。
「……家に戻るまで我慢しろ」
ヒュンケルが小さく頷くのを確認する間も惜しく、その手を取り洞窟の出口に向かって走る。
散々我慢させられた分覚えていろよ!