【飯P】毒りんごの木立で よく繁った枝葉の間に、瑞々しいりんごがいくつも生っている。翠葉を透かして見る秋空は涼やかで、流れる雲もひつじの群れのようだ。
思わず、美味しそう、と溢した僕の視線に気付くと、ピッコロさんも目線を上げた。僕にくれるつもりなのか、りんごの中からよく熟れていそうな一つを捥ぎ取って眺めている。
「……荒野でピッコロさんがくれたのは、毒りんごでしたよね」
「なんだ、藪から棒に」
果樹園ではなく、山中の一帯に自生しているものだから、片手に載せて余裕がある程度の小さなりんごだ。
「毒とは失礼なことだな、手助けしてやったというのに」
「いいえ、あれは毒でした。あの時から僕は、りんごをくれた人に恋い焦がれて、今も患っているんですから」
ピッコロさんは鼻白むのを隠しもせず、りんごを手にしたまま再び歩き始めてしまった。少しくらい、ロマンチックな会話に付き合ってくれたって良いじゃないか。僕は追い縋るように強引に腕を絡ませたが、歩みを止めることはできない。この先にある滝へ、修業の休憩がてら水を飲みに行くのだ。
「ねぇねぇ、毒りんごで死んでしまった人を蘇らせたのが何だったか、知ってますよね?」
「知らん」
「嘘ばっかり。僕に毒を盛ったんだから、解毒剤だって、ピッコロさんが持ってるはずでしょう?」
ほとんど引きずられていた僕に一瞬だけ目線を寄越して、やっとピッコロさんは足を止めてくれた。
「本当に失礼なやつだな……ではこのりんごも、毒かもしれないから要らないな? 捥ぎ取ったものを捨てるのは、心苦しいが」
「いえ、頂きます。でもその前に、以前もらったりんごの解毒をしてもらわないと困るな。あのりんごの毒のせいで、夜も眠れないから」
漸く立ち止まってくれたのが嬉しくて、僕は思わず笑顔になる。ピッコロさんは手にしたりんごを弄びながら、腕に絡んでいた僕を突き放し鼻で笑った。
「解毒がしたければ、そっちから来い」
りんごの木立は晩秋の陽を受けて眩しく、その一本へ無造作に凭れたピッコロさんはなんとも不敵で挑発的だ。右手のりんごが、磨いたようにつややかにひかっている。
一度は振り払われた手で、またピッコロさんの腕を掴む。修業の直後だから、少しだけ熱い。挑みかかるような目は、僕がここまで歩み寄っても全く怯むことはない。ほんの少しだけ地面を蹴って……掠めとるようなキスをした。
ゆっくりと目の前に降りた僕に、ピッコロさんが先程のりんごを渡してくれる。小さくはあるが、持ってみると予想よりずっと重い。
「満足したか? そのりんごは、毒ではない」
「本当かなぁ……僕また、解毒剤を求めるかもよ」
りんごを一口かじって嘯くと、今度はピッコロさんが僕の腕を掴んだ。強く引き寄せられて、身を屈めたピッコロさんとごく近くでまなざしが交わる。慌てて噛んだりんごの匂いが、鼻へ抜けていく。
「お前に毒を盛るのに、りんごに仕込むような回りくどいことをすると思うか? もっと確実で、逃げられない方法があるだろう」
腕を掴まれたまま、もう片方の手が背中に添えられる。なるほど、これは確かに逃げられない……何だか悔しくて、僕の方からピッコロさんのうなじへ手を回し、唇を合わせた。軽く舌を差し入れると、抵抗することなく応えてくれる。多分、ピッコロさんにも、りんごの味が分かるだろう。野山に生るりんごはあまり甘くなくて、花の匂いがそのまま舌を滑るような味だ。どちらのものとも知れぬ吐息が、静かな木漏れ日に濡れていた。
どのくらいまで、許してくれるだろうか? うなじにあった手のひらを下ろし、背中へゆっくりと這わせる。かすかにりんごの味のするキスは、どちらも主導権を握ろうとしていて忙しい。腰に辿り着いた手で、道着の裾を引っ張り出そうとしたまさにその瞬間、僕の身体は両手で押し戻された。
今の今まで呼吸を乱していたかに思えたピッコロさんは、嘘のように涼しい顔で微笑んでいる。肩透かしを食らった僕は、思わず不満が顔に出てしまった。
「なんだ、その顔は」
「……だって……でも、この方法だと、ピッコロさんも毒を飲んじゃいますよね」
悔し紛れの僕の言葉に、それでもピッコロさんは微笑を崩さない。
「そういうものだろう、人に毒を盛るということは……お前の言う通りならば、荒野でりんごを与えた時から、おれも毒に患わされているのかもしれんな」
りんごの木から身体を起こし、ピッコロさんは再び、滝へ向けて歩き始める。僕はその背中を見ながら、ピッコロさんの言葉を反芻した。
手の中には、ピッコロさんが渡してくれたりんごがある。やはりこれは、僕にとっては毒りんごに他ならない……。
そう理解しながらも、僕はまたりんごに歯を立て、前を歩くピッコロさんを追った。