夜のはじまりぽすん、ぽすんと繰り返しベッドが軋む感覚にふわりと意識が浮上する。
緩く閉ざした瞼の先から透けてくる光はなく、夜明けはまだ遠いのだと薄ぼんやり思いながら同時に腕を少し上げて布団を開いてやる。
こんな夜更けにわざわざ用事があるのなんてうちの小さなお嬢様くらいしかいないのだ。
確かに昨日布団に入った時にはじっとりとした温かさがあったような気がするがまだ夜中は寒く、こうして布団を開けている今も少し冷たい空気が流れ込んでくる。
いつもならするりと顔を抜けお腹あたりで丸くなる気配が今日はいつまで待っても一向に動く様子がない。
腕をちょっと上げてるだけと言われればそうなのだがまどろみの中でキープするのはなかなか辛いものがあって一回腕を降ろそうか逡巡する。
「はいんないんすかぁ〜?」
日本語が通じている訳もないと分かっていながら声を掛けてしまうのは親バカとしての性みたいなもんで、まだそこにいるであろうぬくもりを撫でる為に手を伸ばす。
が、触れたのはふわふわとしたあたたかくて可愛い毛玉ではなくつるりとした何かで、得体の知れないそれは弾かれるように飛んでいった。
「うぉっ、あ!?」
「!!」
不審者かと一気に意識が覚醒してがばりと布団を捲りあげると目の前には自分の左手を守るように握って立っている茨がいた。
「え、あ、いばら?」
「はい、茨です……誰と間違えてたの知りませんが」
ふい、とそっぽを向く茨の手を取って顔を覗き込む。
そういえば今日メアリはおひいさんのところで、茨とは最近合鍵を交換するという恋人としての一大イベントを終えたところだった。
「鍵、使ってくれたんですか?」
「はい」
「言ってくれれば起きて待ってたのに」
「……何時になるか分からなかったので」
拗ねてる茨の気持ちをほどくように親指ですり、と手を撫でると一瞬だけ目が合って、またそらされる。
そのまま手を引いて重力に逆らわず素直にベッドへと引っ張られてくれる茨を受け止め、膝の上に乗るように誘導する。
背中に手を回して抱きしめると茨もそっと肩に手を回してくれるんだから可愛くてたまらない。
近くなった距離からほのかに石鹸の香りがして、オレのとは違うからきっと事務所で入ってきたんだろうと思う。
茨の胸に埋めていた顔を上げると茨も覗き込むようにこちらを見ていてぱちりと目があった。茨の唇と少しだけ触れ合うとぎゅうっと眉間に皺が集まっていく。
照れ隠しのつもりだろうけど暗闇に慣れてきた目では耳まで赤くなってしまっていることなんて丸わかりで、だけどこれを伝えてしまったらきっと顔すら見せてくれなくなるからまだオレの心の中にだけしまっておく。
「メアリだと思ったんです。ぽんぽんって軽く軋んだから」
「メアリ嬢……?殿下ではなく?」
「えぇ、なんでおひいさんっすか?流石に一緒の布団では寝ませんよ」
ふぅん。と小さく呟いた茨の声を最後に沈黙が訪れて二人分の心臓の音と吐息が絡んでやけ大きく聞こえてくる。
片手をハーフパンツの裾に滑り込ませて尻を撫でつけると指先に湿った空気が纏わり付いた。太ももがぴくりと震えて、とたんに激しくなった鼓動が自分のか茨のか分からないくらい混ざり合う。
そのままゆっくり後ろに倒れ込み、慌てたような声を出す茨の唇を塞いで重なった下半身をぐっと押し付けた。
「はは、オレが起きなかったらどうしてたんすかこれ」
「……知らない。起きたんだからいいでしょう」
確かにそりゃそうだ。起きなかった時のことを考えたってしょうがない。
でもきっと茨は優しいから、オレが起きなかったら静かに布団に潜り込んでくれる。それで、一人で慰めることもなくオレに寄り添ったまま我慢してしまうんだろう。
朝起きて目の前で眠る茨を見たオレは多分可愛いとか嬉しいとか思った後に、ちょっと後悔すると思うから。
明日茨を誘って少し遠出しようと思ってたことも、結果的にそれが難しそうなことも、ごちゃごちゃ考えたって意味なんて無いんだし全部未来のオレにパス。
いい加減誤魔化しがきかない程赤くなった茨を転がしてシーツの海に沈ませ、今はただ、目の前でぐずぐずに熟れて寂しがっている可愛い子をどうやって満たすかだけに集中すればいい。
そんで、今度こそ一緒に布団にくるまって朝日に包まれながら眠るのだ。