エッチしてるときの犬飼って面白いよね。そんなこと言ったら絶対困った顔するよね、慌てるかな、なんて思ったのに、なにがですか、だって。俺が困った顔になっちゃったじゃん。だって今は、
「メシ不味くなるようなこと言ってんじゃねえぞ、紫音」
みんなで夕飯食べてる最中なんだから。なにがですかってなにがだよ、まず否定しなよ、私たちエッチなんてしたことないでしょう! とかさ、いつもみたいに。あ、犬飼の口からエッチって言葉出るの聞いてみたいなあ、普段の言動との違和感、最高に面白いよね。
それから何事もなかったように犬飼は、冷めてて味も薄くて、ウマいかって聞かれたら即否定したくなるような、そんなひじき炒めの大豆を丁寧に箸で掴んで口に入れている。凌牙は何言ってんだコイツって顔を一瞬だけしたけど、くだらねえとでも言いたげな顔にこれまた一瞬で変えて、それから味噌汁を啜った。今日は油揚げの味噌汁。シバケンは豆腐ハンバーグを食べながら、肉じゃねえのかよ、なんて言ってる。てか今日の献立大豆多過ぎない?
そうして俺と犬飼の会話にもならない会話は、夕飯と一緒にそれぞれの胃の中に沈んでいった。
「さっきのあれ、なんですかもう……やめてくださいよ……」
凌牙がライターを探しに行って、シバケンがスマホを充電しに行って、偶然二人きりになった食後の時間、あのとき期待した困った顔で犬飼は言う。小さな声で、二人には聞こえないように注意をはらいながら。
「思ったことを言っただけ」
「だからってみんなの前で言うことじゃ……それに私たち、そんなことしたことないじゃないですか」
「そうだね」
さっき期待したこと今頃になって全部回収してくれたけど、それはともかく俺たちはそう、全然、ぜーんぜん、そんな関係じゃない。誘ってすぐノッてくるようなやつだったら一度くらいはしたかもしれないけど、俺、絶対断られるのわかってて誘うのやだし。無理矢理っぽいのも楽しくない。だから俺たちはただの看守と囚人、それ以上にはなれない。
「どうしてあんなことを? 私を揶揄ってるのはわかりますけど、みなさんびっくりしますよ。誤解しちゃうかもしれません。なのでああいう冗談はやめましょう? ね?」
二人が消えた方向をちらちらと見ながら犬飼はひそひそと会話を続ける。俺まで小声になる必要ってないよねって思ったから俺は普段通りの大きさで。犬飼はしーって言いながら口の前に人差し指を立ててたけど、余計怪しいでしょそんなの。
軽い冗談のつもりだったのに今さらごちゃごちゃ言われてめんどくさくなってきたし、俺も煙草吸いたいなって思ったけど、一つだけ気になることがあったから、とりあえずポケットに手を突っ込んでライターを取り出して、蓋をかちゃかちゃ開けたり閉じたしながら聞いてきみた。めんどくさそうな雰囲気伝わるといいんだけど。
「あのさあ、なにが、なにがですか、なの? 犬飼。何が気になったの?」
「え?」
「犬飼が言ったんだよ、なにがですか、って」
「あぁ……あれは……」
「うん」
何か面白いこと言ってくれるといいんだけど。くだらない小言にここまで付き合ったんだからさ。まあ、犬飼には無理だろうけどね。
「甲斐田くんが想像する私は、一体どんな風なんだろうって思ったんですよ」
「は?」
ライターの蓋はちょうど開いたままで止まった。俺の頭が、俺の指に対して閉じろと言う命令をすることができなかったからだ。
「想像したんでしょう? 私とエッチするところ」
「え……」
口もまともに動いてくれない。その場に固まったってこういう状態のこと言うんだろうなきっと。犬飼の口からエッチって言葉が出たこと、揶揄いたいし、面白いなって思いたいのに。だめだった。何がだめなのかわかんないけど。えって言うのが限界。
「どっちですか? 私が甲斐田くんを? それとも甲斐田くんが私を? 何がどう面白かったんです? 教えてくださいよ」
「冗談じゃん、そこまで考えてないし」
俺はどうにかライターを弄る動作を再開させながら何でもないことだって感じで答えた。何でない事だしね、実際。
何かをひっくり返しているような派手な音が遠くに響いてる。凌牙かな、ライター見つからないのかな。俺も探すの手伝ってあげようか、そんなことを考えていたら犬飼は、本当にそうでしょうか? なんてなおもしつこく食い下がって来る。えっ? なに? 機嫌でも悪いの? 俺そんなに怒らせた? いつものことじゃん? 頭の中覗かれてるみたいで、きつい。
「あーはいはい、みんなの前で言ったのは悪かったよ、そんなにいじめないでよ。犬飼意外と言葉責めとか好きな方?」
「どうでしょう? 教えてくれたら、本当の事、教えてあげてもいいですよ。それか……」
──甲斐田くんが自分で確かめてみたらいいんじゃないですか?
俺の肩に手を掛けて、一瞬背伸びして、俺の耳元に囁いたそれに驚いてどういう意味って聞きかけた、その瞬間だった。
「ライターが見つからねえ」
イライラを全身からオーラみたいに出した凌牙が向こうから歩いてきて、誰に言うでもなくそう言った。俺は右手で弄んでいたそれを凌牙に見せて、俺の使う? って言った。貸すからそれ持って早くどっか行って、お願い。俺、どうしても犬飼に今すぐ聞かなきゃいけないことがある。
「悪ぃ。借りる」
ライターを受け取ってすぐにその場をあとにした凌牙の背中に、しばらくこっち来ないでって念を送って、それからここからは見えないシバケンにも同じように送って、それから犬飼に向き合う。
「……ねえ、犬飼、ねえ」
「あはは! 冗談ですよ。そんな顔しないでください。でも、戸惑ってる甲斐田くん、面白かったなあ!」
「最、悪……」
いたずらが成功したって感じの顔してた。そんな顔できたんだって言いたかったけど言えなかった。もしかしてこれって俺の負け? 悔しいなあ。急に歳上の余裕みたいなの見せつけられて普通にびっくりしちゃったじゃん。ずるい。だけどさ、答え合わせエッチするまではこのバトル、終わんないんだよね。だから、だからさ、勝敗は今夜まで保留ってことでどうかな。