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    しんした

    @amz2bk
    主に七灰。
    文字のみです。
    原稿進捗とかただの小ネタ、書き上げられるかわからなさそうなものをあげたりします。

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    しんした

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    8月東京の七灰原稿進捗②です。
    灰原くんを亡くしたあとの七海が、灰原くんが残した言葉を読み返すなかで灰原くんへの想いと向き合うお話。ほぼ七海の独白・回想ですがハピエンです。

    推敲はしていないのでおかしな部分はスルーしていただけると助かります。

    8月七灰原稿進捗②二.あけましておめでとうございます



    ようやく、この日が訪れた。
    明日は卒業式。
    ──呪術師を、辞める日だ。





    何の予定も書いていない壁掛けカレンダーを外した七海は、窓の向こうへ目をやった。
    今日の空は春らしい、うっすらと霞みがかった淡い色をしている。所々朧げな雲が浮かんでいるが、うららかな陽射しを遮ることなく、たくさんの草木が芽吹く地面を照らしていた。
    寮の中庭には桜の木が植わっていて、二階の窓からもよく見える。三月に入ってから暖かな日が続き、桜の木の蕾はここ数日で随分ふっくらとした。今年の開花は予報通り例年よりもかなり早くなるのだろう。
    そんなことを思いながらぼんやり桜の蕾を眺めていると、春の爽やかな風が七海の頬を撫でた。新鮮な空気が鼻腔を抜けて肺を満たす。
    どうやら、気づかぬうちに部屋中かなり埃っぽくなっていたらしい。窓を全開にした七海は、振り返って部屋の中を見渡した。
    四年前の同じ時期。七海がこの部屋へやって来た時の荷物はボストンバック一つに収まる程度だった。
    私服の上下と靴下、下着が数枚ずつ。寝巻き用のジャージが一セット。筆記用具に財布、携帯、ハンカチ。それから、文庫本が数冊。国内に数泊する程度の身軽な荷物ではあったが、寮には備え付けの物が多く、日用品も近くのショッピングセンターで買い揃えることができたから時に不自由しなかった。
    土地が広大なせいか、学生寮も見合った広さがある。ベッドに机、ローテーブルに小さな棚、何なら古めかしいテレビも備え付けられていたが、それでも部屋が手狭に感じることはなかった。流石に学校生活が始まると配布された教科書や資料で机の上や小さな棚はあっという間に埋まっていったが、それでもスペースは十分過ぎるほど有り余っていた。
    しかし、七海は物を増やすつもりはなかった。
    これから自分が身を置くのは、いつ何があるか分からない世界。余計な物を持っていても、何かあった後に他人の手を煩わせることになる。必要最低限の物で生きていく方がいいと、そう思っていたからだ。
    とはいえ、流石に四年も同じ部屋で過ごしていると物は自然と増えていった。
    実家から厳選して持ってきた文庫本は同じ著者の新作を追っているうちに少しずつ棚を占領していき、呪術師としての給料が入るようになると文庫化を待たずにハードカバーの単行本を購入することも多くなって、結局は本棚代わりの小さなラックを購入した。
    寮に食堂はあると入学前に聞いていたが、不規則に入る任務のせいで自炊も必要になり、入学して一ヶ月も経たないうちに調理道具一式も揃える羽目になった。そして、一年の一学期が終わらないうちに予想外にも自炊の面白さに目覚めてしまい、調味料や食材も徐々に種類が増えてしまった。
    他には、田舎といえど東京都内なのだからと、すっかり舐めていた山間部の寒さに早々に完敗して買いに行ったモコモコの膝掛けにスリッパ。先輩たちに半ば強制的に参加させられた海水浴の為わざわざ用意した水着とラッシュガード。流し台の下に陣取っていた明らかに一人用ではない巨大な土鍋は鍋パーティー用にと勝手に置いていかれた物で、備え付けのテレビ台の引き出しの中にはトランプやUNOなどのカードゲームがいつの間にか入っていたし、何故か麻雀の牌も数個紛れ込んでいた。
    だが、それももう全て捨てた。
    明日は卒業式。
    呪術師を、辞める日なのだ。
    カレンダーをゴミ袋へ入れた七海は、ベッドの下へと手を伸ばした。大物は粗方片付けたというのに、まだ一切手をつけていなかったところ。引っ張り出したのは封をしていないダンボールの箱。
    七海はうっすら埃を被ったダンボールを開けた。入っていたのは、ジャージの上着に薄手のブランケット、漫画の単行本が数冊に七海が手に取らないジャンルの文庫本が一冊、他にも携帯の充電器やマグカップ、タオルハンカチなどバラエティに飛んでいる。この中に入っている物は、全て灰原の物だ。
    灰原と過ごした一年と数ヶ月の間で、いつの間にか部屋の中に灰原の私物が増えていった。隣の部屋なのだから持って帰ればいいのに。最初の頃はそう思うことが多かったが、隣の部屋だからこそいちいち取りに行くことや持って帰ることの面倒さを、灰原の部屋へ行く機会が増えるにつれて七海も理解していった。
    自分のテリトリーに自分以外の物がある。しかも個人を色濃く感じさせる物ばかり。それなのに、灰原の私物が自分の部屋にあることを特に気にしたことはなかった。
    二年の夏。灰原の両親が荷物を引き取りに来た時、一緒に返すべきだったと思う。
    正直、あの時はまだ、自分の部屋にある灰原の物の存在についてまで頭が回らなかった。ただそれ以上に、灰原の物があまりにも自然に自分のテリトリーに溶け込んでいて、思い付かなかったと言った方が正しいような気もする。
    自分の部屋の至るところから灰原の私物を見つけるたび、灰原の家族へ返さなければと思い、新品のダンボールの箱へ入れていった。しかし、結局あの夏から二年と半年の間、ダンボールはベッドの下に置いたままだった。
    今更これを送られても困らせるだけかもしれない。息子や兄を亡くした悲しみを思い起こしてしまうだけかもしれない。
    そんな、自分勝手な理屈を並べながらダンボールの箱に入った灰原の私物を丁寧に入れ直し、もう誰にも見られないようガムテープを念入りに貼って封をした。
    灰原がここにいた証が、部屋から消える。だが、自分も明日ここから去る。灰原と出会った高専から──呪術師から、逃げるのだ。全てを捨てていくべきだろう。
    そう思い、台所の片隅へダンボールを置いた。
    あらかた片付いた部屋の中で、備え付けの机を整理していた七海はとあるものを見つけた。机に付属するチェストの、一番上の浅い引き出し。そこに仕舞っていたのは、高専に入学した時に配られた重要書類を挟んだファイルくらいだった。学生とはいえ呪術師として活動するには高専と契約を結ぶことになり、その時書いた契約書や任務に際する危険同意書の写し、所謂遺書に近いものも入学時に書かされる。別に自分が死ねばこじ開けられるのだろうが、念の為と鍵付きの引き出しに仕舞っておいたのだ。
    その書類を入れていたファイルの間から出てきたのは、ちょうど三つ折りにした書類が入りそうな何の飾り気もない茶封筒。書類を送る時ように置いていた物かと思ったが、既に何か入っているようで封筒は少し膨らんでいた。
    じわりと、頭の片隅へ押しやっていた記憶が蘇る。封筒の中へ手を入れた七海は、適当に指先に触れた物を一つ取り出した。出てきたのは一枚のハガキ。
    『七海建人様』
    表書きにはそれしか書いていない。筆跡はもちろん、灰原のもの。
    裏面を見ると、ポップなフォントの『あけましておめでとうございます』と可愛らしい亥のイラストが印字されていて、空いたスペースには表書き同様に灰原の文字が並んでいる。
    これは、二〇〇七年の正月。灰原から直接手渡された年賀状だ。
    「あ!七海おかえりー!」
    年末年始の帰省から戻った時、部屋の前で灰原と出会した。灰原も同じ日に戻るとは聞いていたが、どうやら三十分ほど前に帰ってきたばかりだった。せっかくなら東京駅で落ちあってもよかったかもしれないなと、都心から高専最寄り駅までの長くて退屈な道のりのことが頭に浮かんだように思う。
    ちょうどいいからと、両親から持たされた荷物でパンパンになった鞄からお土産のお菓子を灰原へ手渡した。すると、嬉しそうに瞳を輝かせていた灰原は、自分も渡すものがあるからと慌てて部屋へ戻っていった。
    「おまたせ!これ僕の地元の名産!ご飯のお供に最高だから!あとこれも!」
    すぐに戻ってきた灰原が差し出したのは、何かの味噌が入った瓶と海苔がたくさん入ったふりかけのパック。それから、一枚のハガキ。
    「あけましておめでとう!今年もよろしくね!」
    裏面を見る前に告げられた言葉で、このハガキが何なのか理解できた。
    「妹が印刷した残りがあったからさー、せっかくだし七海に渡そうかなって思って!」
    実は元旦に、何なら年が明けてすぐ、灰原から同じ内容のメールが届いていた。それなのに。
    わざわざ書いたのかと聞くと灰原はいつものように笑っていた。しかし、両手にお土産を抱えながら年賀状の裏面を見ようとすると「わー!まって!」と慌て始めたので、少し驚いた記憶が残っている。
    「なんか流石に、目の前で読まれるのは恥ずかしいからさぁ」
    あの時の灰原は、珍しくもじもじとしていた。結局、「じゃあ僕先輩たちにもお土産渡してくるからっ!」とバタバタ走っていく灰原の背中を見送ってから、ゆっくりと年賀状へと目をやった。
    『あけましておめでとうございます』
    小学生の妹が選んだとわかる、ポップなフォントの年賀の挨拶。全体的にカラフルなハガキの下半分にはデフォルメされた亥と縁起物のイラストで丸く囲まれたスペースがあり、見慣れた灰原の字がみっしりと並んでいる。
    どうやら、配分を間違えたのだろう。文字はだんだんと小さくなっていき、最後の方はイラストの枠からはみ出しかけていた。
    『去年は七海にお世話になりっぱなしで本当にありがとうございました。たぶん今年もそうだと思うけど!』
    力強くて、トメハネがはっきりとして、少し大雑把な字。灰原の性格をよく表していると、今読み返しても心底思う。
    『去年高専入って七海と会えてほんとによかったです。
    妹以外に呪霊のこととか術式のこととか話せる人いなかったし、やっぱり妹にも言えないこともあったから、七海と一緒にいるようになってから今までよりいろんなことが楽になったなーって思ってます!』
    『いつも僕のこと助けてくれて、ほんとにありがとう!』
    灰原は感情が表に出やすくて、自分の思ったこときちんと言葉にする人間だった。とはいえ、こんなふうにお礼を言われたことはなかった。あの時、自分の存在が灰原にとって支えになっていたのだと、心底嬉しいと思った。血の分けた妹よりも、自分は灰原の心の内側を知ることが許されているのだと、そんなおこがましいことも思った。
    『今年も二人で頑張っていこうね!目指せ一級!!』
    枠外に書かれた最後の一行。年賀状にはよくある、その年の抱負。
    卒業を間近に控えた今年の一月。七海は一級への昇格を断った。卒業後は呪術師として活動しない自分が、今さら一級へなったとしても何の意味もないと思ったからだ。
    灰原の私物を詰めた段ボールは、もう念入りにガムテープで口を閉じてしまった。もう一度あれを開けるのか。それとも、他の物と一緒に透明なゴミ袋へ入れるのか。
    少し迷ってから、七海は年賀状を元の茶封筒へ戻した。どうやら封筒の中には他にも何か入っているようだったが、あえて見ないようにした。
    まだ片付けなければいけないところはある。これをどうするのかは、あとで考えたらいい。
    そう自分へ言い聞かせるよう、七海はもう必要のない書類の束をゴミ袋へと入れていった。



    たった一人の卒業式はいつものホームルームより早く終わった。
    卒業証書を受け取り、担任へ形だけの謝辞を述べ、七海は一人で教室をあとにした。退寮は別に明日でもいいと言われていたが、別に長居する理由もなく、午後には寮を出る予定だった。
    昨日のうちに片付けは終えてあり、カーテンとシーツを外すだけ。部屋に残るのは、備え付けの机とベッド、そして小さな棚だけだ。
    四年前と同じ状態になった部屋の中を、ゆっくりと見渡す。視線を一周させた七海は、ほんの少しの間立ち尽くしてから、四年前と同じボストンバッグを手にして、静かに扉を閉めた。
    高専の最寄り駅は終点の一つ手前で、乗り込んだ車内はいつもと同じようにガラガラだった。
    二人掛けのシートの窓側へ座った七海は、走り出した車窓へぼんやりと目をやった。穏やかな空の青と芽吹き始めた草木の柔らかな緑。それから、ぽつぽつと咲いている桜の淡い紅色。穏やかな春の野山が、車窓を彩っている。
    新しい下宿先は進学先の大学近くで、こんな景色はもう目にすることはないだろう。そう思うと、すっかり見飽きていたはずの山並みが何だか儚く目に映った。
    都心に近づくにつれて車内は少しずつ混んできた。複数の路線が重なる駅へ着いた時、七海は隣の席に置いていた鞄を膝の上へ乗せた。
    ずしりと、ボストンバッグには思っていたよりも重みがある。その原因は、捨てていこうとしたら学長である夜蛾から、念のため緊急用に持っていけ、と突き返された呪具だ。こんな大きさの呪具を持ち歩くわけもないのだから、緊急もクソもないだろう。自分は、呪術師を辞めるというのに──。
    昨日。結局、茶封筒をボストンバッグの中へ入れた。
    自分は呪術師を辞める。灰原と出会った場所から逃げる。
    それなのに、灰原がくれたものを捨てることはできなかった。灰原が綴った心の内側を、未来への希望を、自分への感謝を。もう必要ないと、切り捨てることなんてできなかったのだ。
    ふと、記憶が蘇る。
    「えー!?」
    灰原から年賀状を貰った数日後。年賀状はもう販売が終了していたからと、代わりに寒中見舞いのハガキを灰原へ渡した時のこと。
    「ありがとー!ていうか、わざわざ買ってきたの!?」
    それだけの為に郵便局へ行ったわけじゃないと説明したが、灰原は「でも、こうやって書いてくれてんじゃん!」と嬉々として裏面を読もうとし始めたので、慌てて静止する羽目になった。
    「あははっ。ごめんごめん!まさか返事くると思ってなかったから嬉しくって!」
    たいしたことは書いていない。だが、流石に目の前で読まれるのは恥ずかしい。『灰原雄様』と書かれたを宛名面をニコニコ眺める灰原を前にして、年賀状を渡した時の灰原もこんな気持ちだったのだろうと実感した。
    寒中見舞いに自分がどんなことを書いたのか、はっきりとは思い出せない。しかし、灰原のように、あそこまで素直に自分の心の内側を言葉にすることはあの頃の自分はできなかったと思う。
    あの寒中見舞いを読んだ灰原が、一体どんなことを思ったのかは何もわからない。今どこにあるのかも、知る由もない。
    「じゃあ、部屋でゆっくり読むね!」
    ただ、そう言って嬉しそうに笑った灰原の姿は、鮮明に脳裏へと蘇ってくる。
    どうして今さら、こんなことを思い出すのだろう。
    車窓の向こうの景色が、少しずつ知らない街へと変わっていく。それを眺めながら、七海は膝に置いたボストンバッグをぐっ、と腕の中へ引き寄せた。




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    しんした

    PROGRESS8月東京の七灰原稿進捗③です。
    灰原くんを亡くしたあとの七海が、灰原くんが残した言葉を読み返すなかで灰原くんへの想いと向き合うお話。ほぼ七海の独白・回想ですがハピエンです。

    七海の独白ターン最終話の半分くらいを抜粋しました。
    次の章で再会するので早くいちゃいちゃさせたいです。

    ※推敲はしていないのでおかしな部分はスルーしていただけると助かります。
    8月七灰原稿進捗③四.拝啓



    二つ折りにした便箋を名前しか書いていない封筒へ入れる。
    きっちりと糊付けで封をしたら、同じ封筒だけが入った引き出しへと仕舞う。
    机の浅い引き出しの中には、出す宛てのない手紙が増えていくばかりだ。
    それでも。
    私は、筆を執ってしまうのだ。





    帳が上がると、七海の頭上に青空が広がった。
    砂埃を払うように呪具を軽く振る。そこそこの呪霊だったが、想定していたよりも早く祓えたようだ。古びた雑居ビルの階段を降りると補助監督は少し驚いた表情で出迎えてくれたが、七海は「お待たせしました」といつも通りに声をかけた。
    呪術師へ出戻って一年。
    あのパン屋を出て五条へ連絡を取ってからの日々はとにかく慌ただしかった。卒業ぶりに顔を合わせた五条に「いつかこうなると思ってたよ」と笑われながら、呪術師へ復帰する手続きを済ませた。勤め先へ退職届を出した時は上司から随分と引き留められたが、もう決めたことなのでと押し通した。(入ったばかりの新人には悪いとは思ったが、かなり細かく引き継ぎをしておいたので大目に見てもらいたい)
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    しんした

    PROGRESS8月東京の七灰原稿進捗①です。
    灰原くんを亡くしたあとの七海が、灰原くんが残した言葉を読み返すなかで灰原くんへの想いと向き合うお話。ほぼ七海の独白・回想ですがハピエンです。
    でも七海がひとりなので書いていて辛いので進捗upしました。

    推敲はしていないのでおかしな部分はスルーしていただけると助かります。
    8月七灰原稿進捗①一.Re:Re:Re:Re:無題



    二年の夏。
    残暑の厳しい、いつもと変わらない何でもない八月のある日。
    灰原が、死んだ。





    開けっ放しだった窓から吹き込む風の肌寒さに、七海は手元の文庫本から顔を上げた。
    今日は午後から自習だった。自習といっても課題は出るのだが、期限までに提出すればどこで何をしていてもいいと言われたので、さっさとプリントを片付けて寮の自室へ戻っていた。
    文庫本に栞を挟んだ七海は椅子から立ち上がって、ふわりとカーテンがなびく窓際へと足を向けた。
    どうやら、しばらく積んだままでいた本の世界にすっかり浸っていたらしく、カーテンの向こうの空は随分と陽が傾いていた。昼間の日向にいるとまだ少し汗ばむ時もあるが、季節は着々と歩みを進めていたらしい。太陽という熱源を失いつつある秋の夕暮れ時の空気が、ワイシャツの薄い生地を通り抜けて身体を冷やしていく。
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