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    桃本まゆこ

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    桃本まゆこ

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    温泉旅館に行く沢深その② 前後編で終わるかなと思ったら終わらなかったので、このあと③も書こうと思っています!②にはR18シーンがないのでパスなしにしていますが、問題があったら修正します。※深の元恋人の話題が出てきます。苦手な人は注意

    #沢深
    depthsOfAMountainStream

    温泉旅館に行く沢深② ごくありふれた、自然な流れで俺と深津さんは再会した。忙しくてしばらく日本に帰っていない時期もあったけど先輩たちの連絡先はそれぞれ知っていたし、別に縁が切れたわけでも音信不通ってわけでもなくて、会おうと思えばいつでも会えると気楽に思っていた。
     成人してしばらくした頃にイチノさんから山王のOB会の知らせがあった。その年の帰国のタイミングがたまたま一致して、俺は久しぶりに皆の集まりに顔を出すことにした。それがすべての始まりだった。
     深津さんは大学まででバスケを辞めていた。そのとき現役でバスケを続けていたのは河田さんと松本さんの二人だけで、河田さんが国内のプロリーグ、松本さんが実業団選手。他の先輩たちはみんな就職していて、社会人になったという事自体がなんだか新鮮だった。
     その夜、幹事のイチノさんに伝えられたのは俺が泊まるホテルから近いイタリアンの店だった。週末だから人が多く混んでいたけど、それぞれの席が独立していて客同士の顔が見えづらく、照明も暗めで落ち着いた雰囲気の店だった。きっと芸能人なんかがお忍びで来る場所なんだろう。有名人ぶるつもりはないけど、最近は日本に帰ると色んなところで声を掛けられて外出も外食もあまり出来ないって話を先にしていたから、気を遣ってもらったことが分かって嬉しかった。
    「沢北、久しぶり」
    「松本さんお久しぶりです! わ~河田さん変わってねぇ~! まだ坊主だ!」
    「そりゃお前もだろうが」
     あの頃と変わらない砕けた空気が懐かしくて楽しくて、久し振りに日本に帰って来てよかったなって心から思った。深津さんが来たのは、みんなが集合して思い出話に花が咲き始めた頃だった。
    「悪い、遅くなった」
     日曜だというのに仕事があったという深津さんはスーツ姿で現れた。バスケを辞めても身体は鍛えているようで、厚みのある胸板にダークグレーのスーツがぴったりと似合っている。髪も伸びていて、記憶の中とはすっかり変わった深津さんがそこにいた。
    「深津さん、お久しぶりです。スーツかっこいいっすね」
     それはお世辞でもなんでもなく素直な言葉だった。あの頃の深津さんは部活がない日でもいつもジャージかスウェットを着ていて、覚えている限りずっと坊主頭で、自分の見た目には一切頓着しないように思えた。俺だって深津さんだってもういい年なのだから変わるのは当然なのに、数年ぶりに会う深津さんはものすごく都会的な大人の男に見えた。
    「髪の毛あるし、深津さんがおしゃれになっちゃった……」
    「別におしゃれでもなんでもない。ただのしがないサラリーマンだピョン。それに髪は昔からあったピョン」
    「ピョン! 懐かしい! え、深津さん今もピョンピョン言ってるんですか?」
    「言うわけないピョン」
    「言ってんじゃん!」
     ぎょっとして尋ねると、横で聞いていたイチノさんが珍しくあっはっは!と声を上げて笑った。
    「俺らも久しぶりに聞いたよね、ピョン」
    「今夜だけ復活ピョン。久しぶりに会う沢北選手にサービスだピョン」
    「はは! 嬉しいっす」
     会は盛り上がった。俺は次の日もオフだったから調子に乗って二次会までついて行って、だんだん夜も更けてぱらぱらと帰り出す人達が出てきた。
    「深津、今日は帰り遅くて平気なの」
     まだ座敷に座って飲み続けている深津さんにイチノさんが声をかけた。深津さんは酒には強いみたいで、さっきのイタリアンであんなにワインを飲んだのに二軒目では日本酒を飲んでいた。
    「大丈夫ピョン。……別れたから」
    「え!」
     驚いているイチノさんの横で俺は首を傾げた。別れたっていうのはつまり、普通に考えたら恋人関係のことだろう。意外な気もするけど、今の深津さんなら恋人の一人や二人いたって何もおかしくないだろうなと思った。
    「深津さんの彼女、束縛系だったんすか?」
     テーブルの上に残っていた枝豆に手を伸ばしながら何の気なしにそう聞くと、深津さんはお猪口の酒を舐めるように飲み干してから口を開いた。
    「いや、彼氏」
    「……」
     一瞬ぽかんとしてしまい、黙ってしまった俺の横でイチノさんが「別れたならよかったね」と答えた。恋人と破局して「良かった」とは随分な言い様だけど、なんでも深津さんの元彼は束縛が強く、揉め事になると暴力に訴えることもあったらしい。イチノさんや河田さんや昔馴染みのみんなは概ねそれを知っていて、深津さんの身を案じていたとその場で聞いた。俺はびっくりして何も言葉が出なかった。
    「いくら普段はいい人って言っても、深津が目の周り真っ青にしてアザ作ってたときは俺らだって心配したぞ」
     苦虫を噛み潰したような顔で松本さんが言った。昔から真面目で優しい人だったから、恋人に手を上げるなんて松本さんには信じられないんだろうなと思う。
    「やられたら俺もやり返すピョン。別にやられっぱなしじゃないピョン」
     飄々と答えてはいるけど深津さんも結構酔っているようで、さっきまでは変わらなかった顔色がほんのり赤くなっている。重たい二重瞼の目元はいつもよりとろんとして、手酌で酒を注いでいる横顔はなんだか知らない人みたいだった。
    「深津さん、男もいけるんですか」
     そのとき俺の口から飛び出た言葉は、今考えても最低に空気が読めていなかったと思う。イチノさんは表情を変えないまま固まっていたし、向かいでジョッキを煽っていた河田さんの目は一瞬にして鋭くなった。みんな深津さんの恋人が男だってことを知っていて、俺だけが知らなかった。
     深津さんはいつものポーカーフェイスが嘘のように分かりやすく驚いた顔をして俺を見ると、少しの沈黙のあとでそっと目をそらした。
    「……男も、じゃなくて、俺は男しかダメだ。ひいたか? 嫌な気分にさせたなら悪かった」
    「いや、それは、全然。そんなこと思ってないです」
     急に心臓がドキドキした。俺がゲイを自覚したのはアメリカに行ってからだ。俺だって先輩たちにはそんなことを言っていなかったのだからお互い様なのだけど、本当に何も知らないままで過ごしていたんだと思った。
     高校時代、女の子から告白されたり騒がれたりすることも多かったけど、俺は一切興味が持てなかった。バスケが第一だから恋愛に興味がないんだろうとずっと思っていたけど、そもそも俺は女性に興味がないんだということに気付いたのは、海外で学生生活を送るようになってからだった。
     俺の返事に何を思ったのか分からないが、会話を切り上げてまた静かに酒を飲み始めた深津さんの横顔を俺はじっと眺めた。
     この人、俺のことも恋愛対象になるのかな。そう思ったら伏せた瞼も厚い唇も、すべてが急に色っぽく見えた。自分でも調子のいいこと言ってるってわかってるけど、その時は確かにそう思ってしまった。
    「早く帰らなくていいなら飲み直しませんか」
     そろそろ二次会もお開きと言う頃、俺はわざと明るい調子でそう言った。
    「俺あんまり日本帰ってこれないし、もっと先輩たちと一緒にいたいです!」
     仕方ないなぁ、と言う顔で三次会まで残ってくれたのは河田さん、イチノさん、深津さんの三人だった。次の店で深津さんの隣に座ったとき、正直俺はちょっと欲情していた。膝と膝がぶつかっても深津さんは避けようとしない。ちらっとこちらに視線を寄越して、また素知らぬ顔で前を向いてしまう。この人、いつの間にこんなにかっこよくなったんだろうと思った。

     あとからイチノさんには「お前、あんとき俺らは完全にオマケだっただろ」と詰られた。
    「もっと先輩たちと一緒にいたいとか言ってさ、深津だけいればいいって顔に書いてあったよ」
     だから俺らも残ったんだけどね、とイチノさんは続けた。
    「アメリカでブイブイ言わせてる後輩が生意気なことしないか見張らなきゃ」
    「ブイブイって、そんな遊び人みたいに言わないでくださいよ」
     俺がアメリカに戻る前の晩、お礼の電話をかけた俺にイチノさんは笑って答えた。
    「あいつさ、恋愛下手なんだよ」
     ぽつりと告げられた言葉に俺は小さく目を瞠った。
    「普段はもっと冷静なのに、恋愛ごとになるとすげーポンコツで危なっかしくて。お前が中途半端なことして深津が傷つくようなことがあったら嫌だから。……たぶん、河田も同じ気持ちだったと思うよ」
     イチノさんの声は穏やかで優しくて、その時俺は「ずるいな」と思ってしまった。日本を離れたのは俺なのに、自分で選んで進んできたのに、この人たちは深津さんと一緒に俺の知らない時間を過ごしてる。身勝手だってわかってるけど少しだけ切なくなった。
     深津さんの勤務先は聞けば誰もが知っているような大企業で、日本国内ではバスケチームのメインスポンサーにもなっている会社だった。山王出身で大学バスケでも有名な選手だった深津さんのネームバリューは今でも強くて、会社の中でもメディアの取材を受けたりするような、表に立つ仕事をしているらしい。
     フルネームを検索したら出身地も生年月日も学生時代の写真も、それから現在の姿まで全部出てくるような人が「しがないサラリーマン」なわけがない。俺はそれを後で知ったけど、このとき深津さんは俺が何も知らないと思ってはぐらかしていたんだろう。

     その年の二度目の帰国で、実家への帰省を口実に深津さんに連絡した。
    「会いたいです」
    「ああ、またみんなで集まるか?」
    「そうじゃなくて……。みんなでじゃなくて、ふたりで会いたいです。深津さんと」
     俺の言葉に深津さんが何を感じたのかはやっぱりわからなくて、でも電話の向こうで少しだけ息を飲む気配がした。動揺を隠し切れないくらいには深津さんも緊張しているのだろうと思った。嫌だと言われたら潔く諦めようと思っていたけど、深津さんは俺の誘いに頷いてくれた。
     俺が泊まるホテルに深津さんを呼んで、初めて二人で酒を飲んで、その夜初めてキスをした。
     そもそも俺と深津さんが二人きりで、プライベートで会うこと自体が初めてだった。高校時代も何かといつもみんなで一緒にいたし、あの短い学生時代に二人で出掛けるなんて機会もなかった。
     外に出ると騒がれるから待ち合わせはホテルの上階のラウンジにした。高校の先輩を呼び出すには照れくさいシチュエーションだったけど、大人になった深津さんにはこういう落ち着いた場所がよく似合った。
    「すみません、わざわざ来てもらって」
    「NBA選手様はすごいとこに泊まってるんだな」
    「からかわないでくださいよ」
     壁一面のガラスの向こうには瞬くような夜景が見える。深津さんは東京タワーを見下ろして、高校の修学旅行の話をした。こんな日が来るなんて高校生の頃には想像もしなかった。
     テーブルに置かれた蝋燭の火がゆらゆら揺れる。度数の高いウイスキーに口を付ける深津さんはやっぱり綺麗で、俺は思わずその横顔に手を伸ばした。指先が頬に触れても深津さんは逃げなかった。
    「俺が知らないうちに、いつのまにこんなに綺麗になったんですか」
    「……言う相手を間違えてるんじゃないのか、そういうのは」
     ぎこちない敬語で話す俺たちがただの昔馴染みではないことなど簡単に見抜いて、バーテンダーはさりげなくその場を離れた。ふっくらした唇を親指でなぞる。グラスの氷の冷たさが移ったのか、それとも俺の手が熱かったのか、そこはひやりと冷えて柔らかかった。
     もう片方の手で深津さんの手を取ると、そっと握り返された。心臓が飛び出しそうなくらい緊張した。ゆっくりと顔を近付けると深津さんは困ったように眉を寄せた。
    「……嫌ですか?」
     俺がそう聞くと深津さんはハッと視線を持ち上げて、それから静かに目を閉じた。唇と唇が近付いて、飲みかけのグラスと、窓の外の夜景と、震えるような息遣いだけがあった。そんなキスだった。

     そこから始まった関係に、俺はまだ名前を付けられずにいる。
     俺じゃない他の男と深津さんがキスしたりセックスしたりするなんて本当は嫌だ。だけどそばにいてあげられない俺に深津さんを縛り付ける権利はあるのか、いつもそこで俺は怖気づいてしまう。この十年、俺は自分のことしか考えてこなかった。ただ自分のバスケだけを追い求めてきた。そこに何の後悔もないし、これからもその気持ちは変わらない。けれど大切にしたい人ができた時、お互いに失うものがあることが分かるくらいには、俺は大人になった。
     あれ以来、俺と深津さんは帰国のたびに二人きりで会うようになった。深津さんだってものすごく忙しいのに、いつも俺のスケジュールに合わせて迎えに来てくれる。
     会えば俺たちは抱き合って、キスもするしセックスもする。一緒に過ごす時間は溺れるくらい心地良くて、ずっとこうしていたいって思う。他の人に取られたくない。俺のそばにいてほしい。
     アメリカに戻って自分の家で目が覚めた朝、俺は無意識のうちに深津さんの姿を探していて、ベッドの中にその体温がないことに気付いて馬鹿みたいに泣いた。ここに深津さんがいてくれたらいいのにって、そう思うと胸が苦しくて、久しぶりに枯れるほど涙が出た。
     バスケを辞めた深津さんが新しい場所で活躍していることを知っている。大勢の人に望まれて、重要なポジションで立派な仕事をしていることも知っている。深津さん自身が切り拓いてきた、誇りのある道だってことを、痛いくらいに分かっている。
     自分の夢もキャリアも諦められなくて、自分は何も失いたくないのに、俺はただ自分のわがままのために大切な人が何もかも捨ててついて来てくれることを望んでいる。
     いつから俺はこんなに強欲で、そして臆病になったのだろう。
     何も言わず空港で出迎えてくれる深津さんを見るたびに安堵して、恋人ができたからお前とはもう会えないと言われる日が来ることをずっと恐れている。自分のエゴを全部ぶつけて、嫌われるのが怖い。
     深津さん、もしも俺があなたを連れて帰りたいって言ったら、どんな顔しますか。
     そんなことを言う勇気もないくせに、俺はこの中途半端な関係にまだ縋っている。

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