フリスクの生涯は100年の時を経て幕を閉じた。大往生だった。親善大使の仕事を行いニンゲンとモンスターの架け橋となった彼女は多くの人々から愛され、その死を悲しむ者も多かった。
そんな彼女が目を覚ますと、そこはまるで天国と言われるような爽やかな空間が広がっていた。私は死んだのだと、どこか冷静に彼女はそう理解した。ふと視線を感じ辺りを見渡すと、こちらに微笑みかけてくる老人がいた。初めて見たにも関わらず、彼女はその老人が神だということを直ちに理解した。
『フリスク、おいで』
老人は脳内に直接語りかけてくる。彼女は言われるがまま、ふらふらと老人の元へ歩いていった。老人は優しい笑みを浮かべたまま、寄ってきた彼女へ語りかける。
『きっと分かっていると思うけど、君は死んでしまったんだ』
「…そうだと思っていました」
『ここは死んでしまった人が天国に行く前に訪れる場所でね、常世と言うんだけど、ここですぐに天国に行くか7日間だけ幽霊として現世に行くか選択することが出来るんだ。何か未練があればこの機会にでも晴らしておくといい』
まるで夢のような話だ。生前、お伽噺のように聞いていたものが目の前で起こるとは。しかしこの状況を自然と受け入れている自分もいる。皆の様子が見れるのであれば天国に行く前に見に行くのもいいのではないか、と。例えこれが夢だったとしても折角の機会だ。老人からの問いかけに彼女は7日間現世に行く、と宣言した。
『君ならそう言うと思っていたよ。それじゃあ、今すぐにでも現世に送ろう』
「ありがとうございます」
『7日間を過ぎて戻ってこれなければ悪霊になってしまうから気を付けるように。いいね?』
「気を付けます」
死後、彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。必ず7日間でここに戻ってこよう。そう決意した刹那、彼女の体は常世から跡形もなく消え去っていた。
*
1日目
気が付くと、彼女は見慣れた街に立っていた。しかし体に重力を感じない。手元を見ると皺だらけになっていた手はなく、まるで地下を冒険していた頃の若々しさを感じるほど肌にハリがある。幽霊になると死んだ直後の姿として戻ってくると思っていたが、どうやらそうではないらしい。不思議に思いつつ彼女はどこに行こうかと悩み始める。
現世に行くと言ったものの、未練という未練はないつもりだ。死ぬ直前まで大好きな人に囲まれていたし、未練がないように生きていたのだから。…いや、一つだけ気になることがある。それは骨兄弟の兄、サンズのことだ。地下の旅をしていた時からずっと仲良くしており、成人した後は恋仲、そして夫婦という関係にもなっていた。そんな彼は自分が皺だらけの姿になっても変わらずずっと愛してくれていた。死ぬ直前まで傍にいてくれて、笑顔を見せてくれていた彼は、自分が死んでしまったことで悲しみに打ちひしがれていないだろうか。彼は存外寂しがり屋なのだ。心配させまいと気丈に振舞っていてくれたのだろうが、この世から自分という存在がいなくなってしまった今、彼のことが心配なのだ。
体は自然と彼と__自分の家に、向かっていた。結婚してから二人で暮らすために買った一軒家は郊外にあり、人気が少ない。一人暮らしをするには少々広すぎるだろうし、静かすぎる。自宅に辿り着くまでに案外時間がかかってしまい、到着した頃には日が傾いていた。窓からは電灯の明かりが漏れている。
幽霊だからどこからでも入れるのだが、折角ならと玄関から足を踏みいれる。
「ただいま」
もう誰にも聞こえるはずもないのに無意識に零れる言葉。長年の習慣というものは幽霊になっても引き継がれるようだ。もう彼の声でおかえり、と呼ばれることは叶わないのか。そう思った途端に自身の中で悲しいという感情が溢れだす。まだ生きていたかったという叶いもしない願望がむくむくと膨らんでいった。
「…誰かいるのか?」
「……っ、サンズ?」
まるでこちらの存在に気付いているかのように、徐に彼が部屋の奥から顔を覗かせる。じっと視線が交わるような感覚に彼は自分の姿が見えているのかという疑問と焦りが生まれる。別に見られて悪い理由などはないはずなのに、いたずらを見つかったときのような緊張感に苛まれその場から動けない。しかし彼はこちらの姿が見えないのか、眼窩の奥の白い光は訝しむように玄関をきょろきょろと見渡した末、何事もなかったかのように奥の部屋へと戻っていった。フリスクはほっと胸を撫でおろし、家の中に足を踏み入れた。
「兄ちゃん、誰かいたの?」
「いや、気のせいだ。誰もいなかったよ」
部屋の奥に行くと弟のパピルスが訪れていたのか、テーブルの上にはパスタが並べられていた。丁度夕飯の時間だったのだろう。パピルスは普段レストランの仕事で多忙なためこの家に来ることは年々少なくなっていたが、今日は珍しく兄の元を訪れていたようだ。彼もまた兄の様子が心配だったのだろう。
「もしかしたらフリスクが帰ってきた気配を感じ取ったのかもしれないぞ!」
「ニンゲンの魂はしばらくの間残るらしいからな、案外そうなのかもしれない」
彼らの鋭い会話にフリスクは思わず後ずさる。こちらの姿を視認できないにしても、そこまで鋭い発言をされてしまえばたじろぐのも無理はないだろう。しかし彼らはこちらの姿が見えないため、変わらず二人での会話を続けている。
「それにしても兄ちゃん、フリスクが死んじゃってからまた怠け者になっちゃったかと思ってたけど、そんなこともなかったね」
「まあな、明日はフリの葬儀だし…立ち止まってる暇はないだろ?」
「それはそうだけど…寂しいんじゃないの?」
フリスクも疑問に思っていたことをパピルスが代弁するように問いかける。しかしサンズの表情は変わらずいつもの笑顔を貼り付けている。昔からの感情が読めない表情、これは本心を隠しているときの表情だ。
「モンスターとニンゲンの寿命が違うのは鼻から覚悟してたことさ。オイラが悲しんでばかりいたらフリも悲しむだろ?前を向いていかなきゃな」
「でも…」
「兄ちゃんは大丈夫だよ、パピルス」
笑顔が張り付いたままのその顔からは無理をしているというのがひしひしと伝わってくる。それはパピルスも感じたようで疑うように兄の表情を見つめていたが、この状態の彼は何も答えてくれないのを彼も知っているため折れるべきだと判断したのだろう、これ以上問いかけることは諦めたようだ。再び日常的な会話に花を咲かせている。
その日、パピルスは泊まっていった。サンズは昔のように絵本の読み聞かせをパピルスにしてから床に就いた。その様子をフリスクは静かに見守り、彼の心地よい低い声に耳を傾けていた。
1日目、彼の本心は見えなかった。