no title 今日はめでたい日だ。なぜなら、某大型番組に祓ったれ本舗──通称祓本──の五条悟と夏油傑の二人の出演が決まったからだ。すでにお笑い業界では名を知られているお二人だがそれでも世間の人々にはまだ認知されていない。だからこそ、この番組への出演は祓本の魅力を伝えるのに大きなチャンスでお二人の夢を叶える第一歩ともいえる。お二人も出たいと言っていた番組であるし、出演が決まったと知れば私より大喜びするだろう……早く伝えたい。
しかし、お二人にそれぞれ電話をかけても鳴るのはコール音のみで出る気配がない。五条さんにはよくある事だが夏油さんが出ないのはおかしい。何かあったのでは……と私は夏油さんのマンションへ赴いていた。マネージャーである私は緊急用にと合鍵を渡されているから難なくオートロックを解除しエントランスを抜ける。そして、焦りや心配からかはやる気持ちのまま玄関の鍵を差し込んだところで違和感を覚える。
鍵が、開いている。あの用心深い夏油さんが……? やはり何かあったのか……! そう思い咄嗟に扉を開けて中に向かって声をかけようとした途端、目に飛び込んできた光景に私は続く言葉を失った。
「は、……伊地知?」
腰にタオルだけを巻いた、ほぼ裸体の五条さんが廊下に立っていたのだ。頭からは白いモヤのようなものが立っている。お風呂に入っていたみたいだ。どうして五条さんが夏油さんのマンションに? 何度も鳴らした電話に気付かなかったのはお風呂に入っていたからですか?──そう訊ねようとした私の耳に入ってきたのは、知らない女性の声だった。
「ねぇー、まだー?」
キンッ、と。一瞬にして場が凍ったのがわかった。いや、私がそう感じただけだろう。五条さんはわかっていないかもしれない。現に、この人はケロッとした顔をしている。それは、私がここにいることを不思議に思っている顔だった。
「なんで伊地知がここいんの?」
──いちゃダメでしたか? そう言えたらいいのに私の口は閉じられたままだった。あまりの衝撃に口を開くことができなかったのだ。視線を下ろす。玄関スペースには予想していた通り五条さんの靴と、きっとしなやかな脚をお持ちだろうなとわかるヒールの高い靴が並んでいた。
身のうちから湧く怒りからか、わなわなと口元が震える。荒ぶる激情を表すように強くつよく手を握り拳を作る。殴りたい。殴れたらいいのに。しかし、殴ることができない私は代わりに言葉で五条さんを殴りつけたのだった。
「この……ッ、ヤリチンッ! 最低ですッ! 見損ないました! 地獄にっ……落ちてしまえッ!!」
まさか、めでたい日に恋人の浮気現場を目撃するとは、私はなんて不幸なのだろうか。
◇ ◇ ◇
思えば、私は昔から不幸体質だった。小学生時代は外を歩けば高い確率で頭に鳥のフンを落とされていたし、雨の日に傘を差して歩けば鳥のフンを落とされることはなかったが必ず落ちているチューイングガムを踏んでいた。中学時代に入ってからはこの三白眼のせいもあってかよく不良に絡まれていた。お金をせびられることはなかったがパシリ的な扱いをされていたことはよく覚えている。しかし、それも中学卒業と同時に上京をしたことから不良達から物理的に距離を置くことができ、パシリから解放されたのだ。鳥のフンとガムの不幸は中学卒業後も続いてはいたが。
上京をした理由は幼い頃から抱いていた夢を叶える為だ。お笑い芸人になりたい、とずっと思っていた。両親の反対を押し切ってお笑い芸人養成所へ入った私は、さあ頑張って夢を叶えるぞ! と意気込んでいたのも最初のうちでその養成所には私よりも才気溢れる者達が多くいた。
特に、私より先に養成所に通っていた二期上の五条さんと夏油さんの才能は並外れていて他の才能ある者達でさえ彼らを超えようと思えないほど、別格だった。私も含めあの養成所に通っていた者達は自分と彼らでは、そもそも土俵が違うのだと早々に悟っていたのだ。土俵が違えば競うことなどできない。観客席で精彩を放つ芸を眺めながら憧憬することしかできないのだ。
ーー中略ーー
五条さんから芸人をやめろと言われ夢が崩れ去った後、それでも私は養成所へ通い続けた。夢は崩れたが一度決めたことはやり通したいという我儘なプライドから私は通い続けた。卒業をしたら両親を安心させる為に定職に就こう。そう思い続けて数年後、卒業を迎えた私はOBとして養成所に来ていた五条さんにまたもや話しかけられた。奇しくも「芸人やめちまえ」と言われた同じ場所で、だ。私に何の用だろうか……また何か言われるのだろうか、と五条さんからの言葉に怯えて身構えた私だったが掛けられた言葉は予想の斜め上であった。
「オマエさ、俺達のマネージャーになれよ」
「……は?」
突拍子もない言われに唖然とした私だったが五条さんからの「なるよな?」という言葉と有無を言わせない雰囲気の圧に負けて首肯した。卒業後すぐに五条さんと五条さんの親友である夏油傑の二人がコンビとして活動している祓ったれ本舗、通称祓本のマネージャーをすることになった。
「(祓本のマネージャーをしたい人なんてたくさんいるだろうに、なぜ私なんかに……)」
そんな疑問を、マネージャーになってから少しして私は五条さんに訊いた。そしたら、こんな答えが返ってきた。
「いやなんとなく。自販機寄ったらオマエがいたから」
そんな理由で!? 私はコンビを組んだ経験がないからツッコミとボケはできないけれどそんなことは関係なしにツッコミたくなるくらいには、その理由に衝撃を受けた。五条さんのなんとなくに私は人生の分岐点である職を選ばされたのだ。
この人、ちゃらんぽらんで結構厄介な人なのでは……? そう予感した私は、まさかそれが見事に的中するとは思わなかったのだ。
まず、五条さんはスケジュール通りに行動をしてくれない。遅刻をすることはないが管理をしている側からすると毎回冷や汗ものである。