恋が実る味「普通のチョコが好き。簡単に食べられるようなやつ」
学生時代のことだ。バレンタインの数日前に三年生の教室に行き、勇気を持ってチョコレートの好みを訊ねた私に、五条さん――当時は先輩――はそう簡素に答えた。
「えっと……五条先輩の言う普通のチョコとは?」
「ん〜、コンビニとかに売ってるようなやつかな。そういうやつなら何でもいい」
机の上に長い両足を組んでのせて椅子に腰掛けている五条先輩は、手に持っていた飴玉の袋を開けて中身を取り出した後、文字通りに口の中へ放り込んだ。コロコロと飴玉を転がす音が微かに聞こえてきたと同時にギィギィと軋んだ音も耳に届く。五条先輩が椅子の後ろ脚を支点にして、揺籠のように揺れているから鳴っている音だと、目の前にある銀髪の毛先がふわふわと揺れていることで気付く。
「わかりました。市販の物なら何でも、ですね」
ふわふわと揺れる五条先輩の髪から、手に持っているメモ用紙へ視線を移して忘れないうちに……と、『五条先輩 市販チョコ』と書き記す。と、ふっと突然手元に影が差して、私は何も考えずに顔を上げてしまっていた。
「そこに書いてあるヤツ全員に、チョコあげんの?」
「っ……は、はい。いつもお世話になっているので、贈りたいなと思って……」
いつの間にか立ち上がっていた五条先輩が目の前にいて、私を見下ろしている。正確には私ではなくて、私が持っているメモ用紙を見ているのだけれど、覗き込むように少し屈んでいるからか妙に顔が近い。常時かけている色濃いサングラスで普段は見えない瞳の色が、わかってしまうくらいの近さだ。
――あ、白い睫毛もふわふわだ……。メモ用紙を見る五条先輩が瞬きする度に長い睫毛がふわふわと揺れる。その滅多に見れない光景に思わず見入っていると、スッと視線をこちらに向けてきた五条先輩と綺麗に目が合ってしまった。
「エライねぇ。頑張ってんじゃん、一年生」
視線を逸らすタイミングを見失っていた私は、柔く笑みをこぼす姿の五条先輩を目の当たりにした。途端、私の心臓が早鐘を打ち始める。呪術とは関係ないけれど、滅多に褒めることがない五条先輩がせっかく褒めてくれたのだから、何か言わなければ……、ありがとうございます、とか……? ちょっと違う気がする……。そんな思考に気が持っていかれていて上手く言葉を返すことができずにいたら、上半身を伸ばした五条先輩が、私の肩を軽く叩いてきた。
「じゃ、よろしく。チョコ楽しみにしてるわ。俺これから任務だから、もう行くね」
「あ、はい! 教えていただきありがとうございますっ。いってらっしゃい」
後ろ手にひらひらと手を振りながら教室を出て行く五条先輩を見送って、私はもう一度メモ用紙を見る。普通のチョコが好き、ということは、手作りの物は苦手なのかもしれない。
「コンビニにあるようなチョコか……」
ペンのノック部分を顎先に当てて考える。店舗によっては品数が多いから、選び抜くには結構悩みそうだ。けれど、都合がいいとも私は思った。市販のものであれば分かりづらいかもしれない。
――――これは、特別な想いを込めたものなのだと。