すべて夢の中 私とあの人の出会いは、互いの親同士が決めたお見合いでの席だった。事前に聞いていた経歴も見せてもらった写真もあまりにも好みではなかったから、私はあの人とのお見合いに乗り気ではなかった。
けれど、実際に会って話してみれば気遣い上手のあの人は優しくて思いやりがあって、話も面白くて私を楽しませてくれるような人だった。それは婚約をしてからも変わらずで、私は近い将来に来るであろうあの人との結婚生活に胸を躍らせていたのだ。
あの人と夫婦になれたのなら、やりたいことがたくさんある。様々なことを共に経験して、二人一緒に夫婦として成長していけたならどんなに幸せなことだろうか――――そう思っていた矢先のことだった。
こちらが遺留品となります、と案内をされた場所には〝身元のわからない私物〟が数多く並べられていた。ひと月前に起きた大型船の転覆事故、それの被害者達の私物だ。……ひと月経った今でも、生存者は確認されていない。
貿易会社に勤めるあの人は、よく仕事の関係で外の国へ行っていた。今回も二ヶ月間取り引きをしている国に滞在するということで、ひと月半前に私は船に乗ったあの人を送り出したばかりだった。航海期間は約半月、その間に起こったこの転覆事故に、船に乗っていたあの人も巻き込まれたのだ。
「(あの人のは……)」
私と〝同じ理由〟でここを訪れている人々の群れを掻き分けるように歩き、隙間からあの人の私物はないか確認をする。あってほしいと思う気持ちと、ここにはあってほしくはないと願う気持ちがせめぎ合う。ここにもし、あの人の物があったとしたら……あの人が死んだという事実を突きつけられるようで、私は正気を保てられないだろう。覚悟はしていた。海を渡る仕事だからいつかはくるかもしれないと……覚悟はしていたのだけれど、
「…………っ」
――――ふと、視界に入った物を間近で見たとき私は息を詰めた。これを私物と言っていいものかわからないが、確かにこれは〝あの人の物〟だと私はひと目で確信したのだ。
前に立つ人の間から腕を伸ばしてそれを手に取る。一度海水に濡れた紙切れには馴染んだ文字が浮かんでいた。とても不明瞭な文字。けれど、この文字はあの人が書いたものだ。
紙切れを胸に抱き人混みから抜ける。遺留品が置かれた広場から出た私は足早に家路についた。広場から自宅までたいした距離でもないのに、帰宅してからも私は息を上げたまま座卓にかけた。
気づけば握りしめていた紙切れはぐしゃぐしゃで、一生懸命にシワを伸ばしても歪な形のままだった。あの人がたったひとつ残してくれた物なのに、私はそれすらも大切にできやしない。
滲んだ文字を取りこぼさないようにひとつ一つ声を出して読み上げていたのは無意識下だった。けれど、それも最後の方ではまったく言葉にはならなくて嗚咽ばかりが出てしまう。
「…………あぁ、っ」
私はもう一度あの人の字が記されたものを抱きしめた。肩が強張り息苦しくて、溢れ出る涙は私の衣服や畳にシミをつくっていく。
ーー中略ーー
「……なんかむさ苦しいね?」
「私以外でここにいるのは部屋に入れる条件を満たした奴らだけだ。……だが全員解呪に失敗したがな」
「少しでも機嫌を損ねたらビンタされて追い出されるんだっけ」
「ああ、気を付けろよ」
「気をつけるもなにも速攻で祓えばいい話だろ。僕には関係ない」
「聞け、五条」