宣戦布告 すっかりあいつの出前に慣れてしまっているが、たまには自分から出向こう。そう思い〈楽園〉へと向かっていた道中、海と陸の境であるコンクリートの上に、目当ての人物の姿を見つけた。
「かず……」
声を掛けようとして口を閉じる。なんだか様子がおかしい。僕は何かに急かされるように走り出した。
「総士、どうしたんだ?」
僕の気配に気づいた一騎は、海へと向けていた瞳に僕を映すと驚いたように二、三度瞬きをした。良かった、いつも通りだ。
「……昼食を食べに行こうとしていたところで、お前を見かけたから」
「わざわざ上がってこなくても……呼べば良かっただろ?」
呆れたように笑う一騎はやはり普段通りの様子だ。僕の思い過ごしだろうか。研究が思うように進まない焦りから神経質になっているのかもしれない。
「あ、そういえば明日の夜は空いてるか?」
「夏祭りだろう? 勿論空けている」
「よかった」
微笑んだ一騎の手がゆっくりと伸びてきて、僕の頬にそっと触れた。
「あと何回行けるか分からないからさ」
「――――」
穏やかな声で紡がれた言葉に呼吸が止まる。頬に添えられた手は慈しむように僕を撫でるのに、こいつの目に映っているのはいずれ来る終わりの瞬間なのだ。
何か、言わなくては。だが何を? 何も進展がない以上、どれ程言葉を尽くしたところで慰めにすらならない。むしろ一騎を傷つけるだけだ。
それでも、言わなければ。思っているだけではだめなのだと、数年前に痛いほど思い知ったではないか。
心を決め口を開いた刹那、一騎のそれに塞がれた。予想外のことに思考が停止する。触れるだけのキスはすぐに終わり、なんて事のないような顔で笑った一騎が空を見上げながら髪を掻き上げた。
「暑いな、総士」
不自然な話題転換。それが何を意味するか、僕が分からないはずがないのに。下手な気遣いをするなんてらしくないじゃないか。
そんな風に一人で抱え込むな。恐怖も、苦痛も、僕に背負わせろ。
そう、言ってやることも出来るのだが。一騎なりの気遣いを無碍にするのも心苦しい。ならば、今僕に出来ることはひとつだけだ。
「一騎」
振り向いた一騎の頬に手を添え、こちらからキスをする。至近距離にある琥珀の瞳が大きく見開かれるのを見て、少しだけ心に余裕が戻ってきた。
「行くぞ、一騎」
「~~~っ! そういうとこだぞお前…!」
真っ赤な顔の一騎の手を引いて歩き出す。隣から聞こえてくる騒がしい声が心地良い。
それでいい。諦観など、お前には似合わない。
「先に仕掛けてきたのはお前だろう」
「そ…っ!」
押し黙った一騎が繋いだ手に力を込めて来たので、負けないように更に力を込める。
誰にも奪わせたりはしない。たとえ相手が、運命だとしても。
僕が――――捻じ伏せて見せる。